初詣
見た瞬間、なんて食いやすそうな女だろうって思ったんです。
え?場所ですか。おまわりさんも知ってるでしょ、俺が捕まったあの繁華街ですよ。正月の人ごみの中で、ひとりっきりで不安そうにきょろきょろしてて、ああ、こりゃいい鴨がいた、って思ったんです。
やめてくださいよ、ナンパするのにおまわりさんの許可はいらないでしょ。まあ、それでですね、迷子ですかー?って声をかけて…振り向いた顔がですね、その…クリーンヒットだったんですよ。俺の好みのど真ん中。黒い…いや、青かな?とにかく暗い柔らかそうな髪に、宝石みたいな碧の目、白い肌は見るからにすべすべとしてて、頬なんかまさに薔薇色ってかんじ。奇跡かと思ったくらいですよ。
いや、だから、女の子に声かけるのは、犯罪じゃないでしょうが。俺は何も悪いことしてないって。
は?痴漢?なんだよそれ!知らねえよ!
あの子には何にもしてねえって。だって、俺が話しかけても困ったように視線をさまよわすだけで、一言もしゃべらなかったし…いや、そこがいかにもウブな感じで可愛いなーとか思ったんだけどさ。そう、そんときだよ、後ろからすごい力で肩をつかまれて…。
ああ!こいつだよ、こいつ、この写真の茶髪の男!こいつが俺を突き飛ばして、タコ殴りにしたんだ。
おまわりさんたちも、見りゃ分かるでしょーが。どう見たって、被害者は俺じゃない。見てよこのアザ。これだけじゃないよ、足の小指なんて、骨折したんだから!
できるはずがないって?どうしてだよ!だって現に俺はこいつに…体格?そりゃあ、あっちのほうがかなり背は低かったけど…いやでも、実際に鬼みたいな力で投げ飛ばされたんだから!
ねえ、おまわりさん、信じてくれよ!頼むよ!
あいつ、痴漢してたんです。アスランのことじろじろ嘗め回すように見て…ねえ、おまわりさん、刑務所送りにしてやってください、あんなやつ。
え、そんなふうにいってるんですか?そんな…僕に彼を投げ飛ばすような力なんてないのに。アスランから引き離すために、突き飛ばすのが精一杯でした。そうしたら、裏路地に連れて行かれて…怖かった。おまわりさん、怖かったんです。幸い無傷で済みましたが、ひとつひとつの拳や蹴りをよけるのに必死で、あいつの動きなんて分かりませんでした。でも、なんか、躓いたのか、急に転んで。そうです、それで怪我をしたみたいで。
だって、僕には無理です。自分でいっても自己嫌悪に陥りそうですが、僕、背も低いし、細いし、力もないし。あいつ、大きかったでしょう。見上げないといけなくて…でも、アスランを助けるためだから。
目撃者がいたらよかったのに。そうしたら、こんなややこしいことにならなかったはずなのに。
ええ?アスランは、痴漢されてないっていってるんですか?そんなはずありません!そんな…アスランは優しいから…。
ねえ、おまわりさん、信じてください。
すみません、元日だというのに、ご迷惑をおかけして。
え、男か、ですって?なぜそのようなことを?私は男ですよ。
ああ、はい、あのときのことですね。ええと…今日は、キラと、カガリと、ラクス――ええ、そうです、私の友人です。彼らと四人で、元日の初売りに出かけていて…そうしたら、彼らとはぐれてしまって。そこに、あの男性が声をかけてくださったんです。
痴漢?いえ、そんな…ただ、声をかけられただけで。連れはいないのか、とか、いい店を知っているから紹介する、とか。親切なかたですよね。でも、キラたちを探さないといけないし、断ろうと思ったんです。ただ、どういって断ればいいのか分からなくて。そこに、私を探しに来たキラが現れたんです。
ええ、そうです。キラったら、急にその男性を突き飛ばして。何してるの、だったかな、詰問口調で怒鳴り出して…。何度かの言い合いのあと、路地のほうへ二人で行ってしまって。私には、ついてくるなといいました。二人ともがそういうものですから、その場で待っていたんです。
そうしたら、救急車が来て…驚きました。あの男性が、怪我をしたらしいですね。キラが血相を変えて私の元に来て、男性が転んだ拍子にしたたかに頭を打ったんだと教えてくれました。
骨折?そんなにひどいんですか。お気の毒に…。
え、キラが、ですか?そんな…キラがあの男性に暴力を振るったなんて…そんなわけは…あ…ええと…。
あ、はい。以上で終わりなんですか。こちらこそ、ありがとうございました。あの男性にも、ご愁傷さまですとお伝えください。本当に、正月だというのに、ありがとうございました。
それでは、失礼します。
真相は藪の中。
警察へ初詣でした。あけましておめでとうございます(2006-01-06)。