日焼け

人工の太陽しか見たことがなかった。

だから、禍々しいまでのその輝きが、彼を呑み込みそうで怖かった。

「焼かれそうな太陽だな」

背後から声を掛けられて、アスランはびくりと肩を震わせた。

ここは船の甲板の上。だが、船といっても、いつも彼が乗船しているヴェサリウスのような宇宙船ではなく、水上を行くためのものだ。

まさかと思いつつも振り返ると、今しがた考えていたその人物が不機嫌そうな顔で立っていた。

「イザーク…」

自分の呆然とした声が、嫌に滑稽に響く。

彼は皮肉げに眉を上げると、いつものようにその口許に嘲笑を刷いた。

「なんだ、ぼーっとして。隊長殿は夏バテか?」

「別に」

いつも通りのからかいの言葉。いつも通りの気のない返事。

反応の薄いアスランに舌打ちして、イザークは海に視線を移した。しかし、すぐに顔を歪め、目を逸らす。

「どうした?」

「眩しい」

イザークの吐き捨てるような言葉に海に目をやれば、なるほど、波に照り返す光が網膜を焼く。だが、そう気にするほどでもない。

「イザークは繊細なんだな」

「なんだと?」

からかいの言葉と聞き、彼の柳眉が跳ね上がった。

それを見てアスランは、「そんな意図はなかったのに」と、ひっそりと溜息を吐き出す。

「俺たちは地球の太陽に慣れていないし、仕方がないな」

取り成すように、そう付け加えた。いつもならニコルが仲裁に入ってくれるが、生憎今はこの場にいない。喧嘩をするわけにはいかなかった。だから、常になくイザークに譲ってやる。

とは言っても、どう話を繋げれば良いのかもあまり分からない。

「コーディネーターは、宇宙に適応したのではなく、地球に適応できなくなった種とも言えるのかも知れないな」

結局は、ただ自分の思ったことを口にしただけ。それは本当に、ただふと思ったことだった。深い意味はない。口にしなければ、きっと意識する間もなく消えていくようなこと。

「人工の、害のない日差しの中で育った俺たちは、とっくに、地球では生きて行けない体になっているのかも知れない。紫外線にも弱いだろうし…」

「ディアッカはどうする。あいつは、見た目はネグロイドに近いぞ」

間髪いれずに返ってきたイザークの反論に、アスランは、思わず眉をひそめる。いつものことではあるが、イザークのこの一々突っかかってくる癖は、どうにかならないものか。一つため息を吐いて、いまだ立ったままでいる彼のほうに向き直った。

潔く切りそろえられた銀髪を見ながら、その眩しさに一瞬目を細める。そして、彼と同じように明るい髪をした同僚を瞼の下に思い浮かべた。

「さあ、それは…どうなんだろうな。やっぱり日差しに強いのかな」

コーカソイドの特徴の強いイザークやアスラン、ニコルと違って、ディアッカの肌は褐色だった。一般にコーカソイドよりもネグロイドのほうが紫外線に強い。そのことから考えると、彼はもしかしたら、この日差しを浴びても平気でいられるのかも知れない。

だが、それはただの推論に過ぎない。

「分からないのか」

問われた言葉に、アスランは無言だった。イザークに弱みを見せたくなかったのかも知れない。だが皮肉なことに、その沈黙は、彼の言葉を肯定しているも同じだった。

「分からないんだな」

「分からないから何だって言うんだ」

含みのあるイザークの口調に、アスランは思わず声を荒げた。だが、すぐに自分の声の大きさに気づき、口をつぐんでしまう。

沈黙が落ちる。その雰囲気に、先に音を上げたのは、意外にもアスランのほうだった。

「…そんなことより、日焼け止めは塗ったのか?」

いきなり話題を替えるわけにも行かず、そのまま日焼けに関係する話を振る。それを聞くと、イザークは片眉を上げて、不機嫌を露にした。

「俺の肌がヤワだとでも?」

睨み付けて虚勢を張ってはいるが、実際にはイザークの肌は、いつもよりも若干赤みが掛かって見える。これは、シャワーでも浴びようものなら大事になるかも知れない。

コーカソイドにしては日焼けしていない自分の肌と見比べて、アスランは息を吐き出した。

「見たところは、な。白いから」

「お前だって白い」

向きになったかのように柳眉を上げるイザーク。対してアスランは冷静だった。

「ディアッカと比べれば、だろ。俺よりもニコルや、特にイザークのほうが、もっと白いから」

そう言って、瞳を伏せて苦笑した。

本人は気付いていないのだろう。それは、どこか儚げで。

「…お前のほうが白い」

切なげに瞳を揺らして、イザークはアスランの苦笑を見た。だが、それも一瞬のこと。すぐに顔を逸らし、挨拶もないままに踵を返す。

取り残されたアスランが、何か声を掛けてきた。

イザークは立ち止まらぬまま、肩越しに一度彼を見る。

甲板の上に立ち尽くす彼は、暗がりから見るからだろうか、光に溶けて消えてしまいそうだった。

人工の太陽しか見たことがなかった。

だから、禍々しいまでのその輝きが、彼を呑み込みそうで怖かった。

ユキさまリクエストの、シリアスなイザアスでした。

また、必要以上にイザークが乙女でアスイザくさくてアレですが、精一杯頑張ったつもりです。

コーカソイドは白色人種、ネグロイドは黒色人種と考えて支障ないそうです。ちなみに、黄色人種はモンゴロイドですね。知ってるよそんなこと、って人はすみません。


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