ありがとう
心からの感謝を込めて。
「ねえ、アスラン」
「何だ?」
「海に行こうよ」
もう冬も近いのに、とか、こんな時間なのに、とか、そんなことは言わなかった。アスランはただ悲しそうに笑って、僕を助手席に座らせた。
「砂浜に降りられるかな」
「どうだろうな。まあ、最悪、柵を越えてこっそり入れば良いさ」
アスランらしくないセリフに、何だか胸が痛くなる。委員長然とした君には似合わないよ、そんな悪戯っ子みたいなセリフ。
でも、それを言わせているのは、僕。
「着いたぞ」
「人、いないね」
「季節も季節だし、時間も時間だしな」
やっぱり駐車場も閉まっていて、仕方なく路上に車を止めた。車から降りて見渡せば、潮風が肌に痛い。海だ。
僕の我侭で、こんなところまで来て。
「行くか」
「うん」
腕を伸ばして、アスランの手を掴んだ。アスランは微笑んで、握り返してくれる。
柵はなかったけれど、看板に入るなって書いてあった。でも、二人で笑いあって、そんなものは無視だ。
「いつだったか」
砂浜に座って、互いだけを見ている。
「二人で海に行ったな。月の、人工の海」
あのときも僕の我侭だった。子供だった僕らは、車になんて乗れるはずもなくて、随分苦労してたどり着いたのを覚えている。
「夕日だったね」
「ああ、綺麗だったな」
「ううん、綺麗だった」
小首を傾げて、アスランが不思議そうな顔をする。
「君が綺麗だった」
今度は困った顔。
君の困った顔が好きだ。君を困らせるのが好きだ。我侭を言って、困らせて、それでも僕のためならと君が浮かべるその困った顔。
苦笑に緩む君の頬に、唇を寄せる。いやに神妙な気持ちになって、それがひどく心地良かった。
「キラ」
「ありがとう」
君が僕を友人としか見ていないことは知っている。それでも僕を見捨てられないことも。
僕はその気持ちを利用してる。
君が何かを言う前に、その先を奪ってしまおう。口を塞ぎ、耳を塞ぎ、目を塞ぎ。君の全てを奪ってしまえば、僕以外になくなるでしょう。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
僕だけのために。
波が、足元を濡らした。
Pigeon 系キラ。短い。暗い。