タオル

もしも事前に知っていたなら、もっとマシなものを用意した。

そう自分に言い訳しながら、カガリは一人艦橋に佇んでいた。戦闘が遠のいているせいか、人影は少ない。その薄暗い艦橋で、彼女は胸元に抱いたタオルに顔を埋めていた。

深く息を吐きながら、心の中で用意してきた言葉を反芻するが、上手く思考がまとまらなかった。いや、むしろ考えれば考えるほど、分からなくなる。暴れる心臓をタオルごと押さえつけながら、彼女は、火照る顔をさらに埋めていった。

まずは、エターナルにいる理由を話さねばならない。いや、おめでとうと言うほうが先だろうか。それから、プレゼントを渡して、ろくなものを用意できなかったことを詫びて。

タオルに顔を伏せながらつらつらと思考の海に漂っていると、前方から小さな足音が聞こえてきた。軍隊にいるもの独特の規則正しいそれが耳に入るなり、カガリは弾かれたように顔を上げた。

「アスラン!」

自分で思っていたよりも、しっかりとした声だった。もっと裏返った可笑しなものになっていると思っていたからだ。

前方から現れたアスランも、カガリの落ち着かない様子には気づかなかった。久しぶりに見るオレンジ色のパーカー姿の彼は、彼女の登場にただ純粋に驚いていた。

「カガリ、どうしたんだ」

そう言いながら、彼は、少し慌てたように駆けて来た。近づいてみると、その頬や服の袖が、油に汚れていることが分かる。

いざ彼を前にしてみると、先ほどまで考えていたはずの言葉が、綺麗さっぱり抜け落ちてしまった。何を言えば良い。何から話せば。必死に考えるが、その焦りがせっかく上手くつくったはずの笑顔を引きつらせた。

「いや、その…あ、アスラン、汗掻いてないか?」

「汗?…ああ、そうか、整備が終わったばかりだから。臭うか?」

くん、と自分の袖に鼻を近づけながら、アスランはカガリを見上げた。その瞳に見つめられただけで、ようやく掴んだ会話の糸口までも、どこかへ飛んで行ってしまった。

「こ、ここ、これ!使ってくれ!」

おもむろに胸元のタオルを押し付け、固く目を瞑った。目を開けていれば、アスランの表情が映る。もしも落胆されたならと思うと、それが怖かった。

アスランは最初、突然のカガリの行動に目を丸くしていたが、訳は分からぬものの、結局はありがたく好意を頂くことにした。

「ありがとう」

微笑んで、アスランはそのタオルを受け取った。顔を赤く染めて見つめてくるカガリを不思議に思いながらも、彼はそのタオルで頬と首筋を拭った。

その様子を見守りながら、カガリは自分の体温が急激に上がっていることを感じていた。あのタオルには、つい先ほどまで自分が顔を寄せていた。ちょうどアスランが使っているあたりに唇が当たっていたはずだ。それを思うと、赤くならずにはいられなかった。心臓はばくばくと音を立てている。耳が熱い。

時がたつほどに顔を染めていくカガリをさすがに不審に思い、アスランは小首を傾げた。しかし、声を掛けようとして口を開けた途端、首に掛けたはずのタオルがするりと抜けた。そのままタオルは、アスランの肩を背後へとすべり、それを追った彼の目線の先、誰かの手の中に納まった。

「キラ!」

思いも寄らない人物の登場に、アスランの声が上がった。カガリはその登場をどこかで予見していたので驚きこそなかったものの、先ほどまで幸福に赤らんでいたはずの顔色が、明らかに青ざめた。頭の隅で考えまいとしてきたこと、バレンタインの悪夢が再来する。

「返せよ、それはカガリのだぞ」

「へえー、でも、ここに刺繍がしてあるけど?」

たしなめるようにアスランがキラをねめつけるが、キラのほうは痛くも痒くもない様子で、無邪気にタオルの端をアスランへと向けた。そこには、確かに「A.Z.」という刺繍が施されている。「少しいびつなかたちをしてるね、手刺繍じゃないの?」などとキラは続けた。

「悪かったな!いびつで!」

「カガリ…?」

咄嗟に叫び返してしまったカガリだが、問うようなアスランの視線にぶつかると、続く言葉を失ってしまった。

「いや、その、それは…」

素直に「おめでとう」と言えば良いのだが、キラの前でそれをするのははばかられる。

どうすれば良いのか冷や汗を掻きながら逡巡するカガリの目の前で、キラがアスランへと腕を伸ばした。

「キラ!」

タオルが音も立てずに滑り落ちる。それが床に届くその前に、キラの唇が、アスランの頬を掠めた。

「消・毒」

にんまりと笑いながら、さらに首筋に唇を寄せる。突然のことに反応できないでいるアスランとは異なり、カガリはその意味するところに気付いた。

タオルが、当たっていた場所だ。

全て見ていたのだ、この兄弟は。自分がアスランを待ってタオルに顔を埋めているところも、アスランに渡したそのときも、彼がこれを使った瞬間も。そして、これが誕生日プレゼントだというその事実さえも。

知られていたという衝撃に、カガリの顔が泣きそうに歪む。だが次の瞬間には、憤怒に塗りたくられた。

それを察したキラが、事態に気付かずにいるアスランを幸いと、その身体を抱きかかえたまま身を翻した。武者震いよろしく肩を震わせるカガリを置き去りに、さっさとその場から離れてしまう。

「待て、この野郎ーっ!」

辺りには、カガリの叫び声だけがこだました。

お誕生日企画、遅れてしまった第1弾、カガアスです。でも、キラアス前提だったり。カガアス←キラのこの構図が非常に好き。ラクスも参戦しているとさらに好き。


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