被害者
「こう、久々に上手くいった気がしたんだよね」
強引に隣に座っただとか、相手の女の子も満更じゃない感じだっただとか、男は身振り手振りを交えながら、感情豊かに語った。
「儚げで、手を差し伸べたくなるって感じ?ちょっと相談に乗ってみたりとかしてさ」
町で見かけた美しい女性だったらしい。少し、以前言い寄っていた女性に似ていたのだと、彼は懐かしげな瞳をした。しかし、それもすぐに、沈んだため息に塗り替えられる。
「でも、考えてみれば、あの時すでに嵌ってたんだよな」
郊外の一軒家に、呆れきったため息が充満した。
「で、アスラン。何なんですか、それは」
「何って…見れば分かるだろう、シン」
居間の片隅で、かたや床に座り、かたやそれを見下ろして、二人は向かい合っていた。アスランの目の前には、彼がひとり余裕を持って入ることのできそうな大きさのダンボールが鎮座している。
見れば分かる、といわれ、シンはいまだダンボールに入れられたままのそれに目をやった。上部が開けられているので、中身をうかがうことができる。主に金属とプラスチックでつくられたそれは、確かにシンにも馴染み深いものだったが、個人の家に置くには、どう考えても大きすぎた。更なる説明を求めてアスランを見ると、困ったような微笑が返ってきた。
「ディアッカに泣きつかれたんだ、力になってくれって」
「エルスマン副隊長が?」
ほとんど資料の中でしか知らないジュール隊の副隊長の名を聞き、シンは首をかしげて動きを止めた。考えてみれば、アスランとイザーク、そしてディアッカは、同じクルーゼ隊の出身だ。今でも行き来があっても不思議ではない。しかし、映像で見たことのあるディアッカの少々軽薄な雰囲気が、どうしても目の前の青年と結びつかなかった。こういっては何だが、あまり仲が良いようには見えない。
シンの戸惑いをよそに、アスランの思考は次の話へ飛んでいた。
「あいつ、女性を食事に誘ったらしいんだ」
食事に誘うというと聞こえはいいが、きっと単なるナンパに違いないと、シンは思った。アスランの口から出ると、ついつい騙されてしまいそうになるが、実際の主語は、彼自身ではなくディアッカだ。食事に誘うという、上品な印象ではない。
唐突に話が飛ぶアスランにようやく慣れてきたシンは、彼にしては珍しく、気長に続きを促した。
「それで、どうしたんです」
「そう、そうしたら、身の上話をされたらしくて…随分苦労している人だったらしい」
何だか雲行きが怪しくなってきた。
「もしかして、それで…」
「そうなんだ、ディアッカも情に厚い奴だから、彼女が売ってる商品を十セット買ったって」
シンは、気が遠くなるのを感じた。
「それは、騙されてるんですよ!」
「だまされ…ええ?」
「そうですよ!絶対そうです」
口角を飛ばして力説するシンに、アスランは戸惑った視線を向けた。
「だって、ディアッカがいうには、彼女、誰にも相談できなかったって、泣きながら…」
「よくある手ですって、それは!」
「そんな…じゃあ、ディアッカは騙されたのか」
「いやむしろあんたが騙されたんですって」
話の流れからして、ディアッカ自身は、十中八九、分かっていて買ったに違いない。騙されていると分かっていながら金を出すなどということは、薄給のシンからしてみれば、羨ましい限りである。いや、しかし、それをアスランに売りつけていることからして、ディアッカの懐も温かいとはいいがたいのか。
被害者であるアスランを見れば、彼は、騙されたという言葉がよほどこたえたのだろう、いつになく肩を落とし、呆然とその場に座っていた。傷ついたその姿は、シンの瞳に儚げに映った。段々と、自分が守ってやらねばという気になってくる。
そう、世間知らずの彼を、自分が守ってやればいいのだ。
「でも、まあ、謎の壺とか買わされなくてよかったですよ」
「そうだよな、それに、上手くすれば筋肉隆々に…」
「なるわけないでしょうが」
シンは、重いため息をひとつ吐き、ダンボールの中身――トレーニングマシンを視界の隅へとそっと追いやった。
スガシカオの「GO!GO!」を聞いていたら、まるでこの人アスランみたいだな、などと思ってしまいました。ということで、騙されるアスランの話です。こうしてシンは、泥沼に嵌っていくのだった…(2005-12-26)。