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姐(ねえ)さんの慟哭を初めて聞いた。
僕と師匠がメルフ火山に着いた時には、姐さんは漆黒の騎士との死闘を終えた後だった。アスモゥ王子は、姐さんの腕の中で息を引き取り、傍に干からびた亡骸があった。姐さんは数々の死線を越えてきた。でも、今まで一度として泣き叫ぶ姿を見たことがなかった。姐さんの闘いは終わったと思った。だけど、師匠のひと言で我に帰った姐さんを見た時、まだ終わっていないのだと感じた。
フェニックスが眠りにつき、メルフ火山は噴火した。
溶岩が流れ出し、木々を燃やした。地震が続き、噴煙が空を覆い、一帯に立ちこめた。
この天変地異に際して、大きな混乱は生じなかった。何と、オスギール家のルノディル王子が噴火を予知し、付近の村々に避難を呼びかけていたという。イストギールの第二王子ルノディルは、人前に姿を現すことがほとんどなく、オスギールの領内から出たことがなかったそうだ。ロシモゥ王の暗殺を受けて、北のレゴラ伯爵の領地で世話になっていたそうだ。
そんな王子様は、僕たちがメルフ火山に向かった後に、レゴラ伯爵に護られてイストギール城に入城し、国の危機を訴えた。イストギール城下町の市門は解放され、続々と避難してきた村人を受け入れた。王子自らが指揮をとり、誘導していた。僕と同じ年頃で、今まで屋敷から出たことのなかった王子の心が動いた理由は何だったのだろうか。
「待たせたね」
姐さんはまた一人でどこかに行っていた。でも、どこに行っていたかは、何となく分かった。
「姐さん、未知さんを追うんですね」
「あの子は、危なっかしいからね」
未知さんがイストギールに来ていたことは、メルフ火山に着いてから知った。モーリュカという傷だらけの犬の獣人が教えてくれたんだ。未知さんは、火山から出てくると、待ち構えていた聖教会の遣いと一緒に、聖都エルガンヴァーナに行った。いや、行ったというよりも、有無を言わさず連行されたんだ。仲間と引き離され、たった一人で。魔王に加担した罪でエルスン神父が連行されるのは当然だけれど、なぜ未知さんが連れて行かれるのかは分からなかった。
「スピリジ。師匠を頼むよ」
「うん、任せておいて」
「おっほん、わしはまだ面倒を見てもらうには早いぞ」
と言いながらも、師匠は僕の肩を小突いた。僕はまだまだ半人前だ。姐さんのような一人前には程遠い。
「師匠、スピリジ。また会える日まで」
姐さんの後ろ姿には、もう迷いはなかった。
(第9章・終)
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