World > Africa > Sierra Leone

Artist

S. E. ROGIE

Title

THE PALM WINE SOUNDS OF S.E.ROGIE


sound of rogie
Japanese Title パームワイン・ミュージック
Date 1989
Label WORKERS PLAYTIME PLAY CD 9(UK) / オルター・ポップ AFPCD04(JP)
CD Release 1989
Rating ★★★★☆
Availability ◆◆◆


Review

 わたしのむかしの職場に加藤くんというバイトがいた。かれは以前ちょっと名の売れたロック・バンドのヴォーカルで、大のストーンズ・ファンだった。そんなかれにあるとき、わたしは所有するお気に入りのアルバムを何枚かカセット・テープにダビングしてあげたことがある。キューバ音楽もユッスーもサリフもリンガラも全部ダメだったかれが、唯一気に入って愛聴してくれたのが本盤だ。
 
 パームワイン・ミュージックは、早くから航海術に長けていたリベリアのクル人たちによって、20世紀初頭にはじめられたアフリカでもっとも早いポピュラー音楽とされている。もともと港町のバーで船乗りや港湾労働者たちがヤシ酒(パームワイン)をかっ喰らいながら、ギターを手に日々の出来事や経験を歌にしたのが最初とされ、ビンをナイフなどで叩いてパーカッション代わりにしていたという。パームワイン・ミュージックは、ガーナへ伝わり、ギター・バンド・ハイライフのもとにもなった。
 
 わたしは長いあいだ、ロジーの音楽こそパームワイン・ミュージックの典型だとばかり思っていたが、往時の雰囲気を比較的忠実に再現したとされるガーナのコー・ニモの『ガーナの秘宝〜リアル・パームワイン・ミュージック』(ADASA ADCD102(UK)/オルター・ポップ AFPCD 202(JP))を聴いてみると、もっとリズムが前のめり気味で泥臭く、ロジーの音楽とはかけ離れたものであることに驚いた。
 
 60年代、シエラ・レオーネ周辺の西アフリカ諸国で本格的に音楽活動をはじめたロジーは、72年に渡米し、そこでアフリカ文化を教える教育プログラマーとして活動するかたわら地道に演奏活動を続けた。アメリカに16年間滞在したのち、62歳のときにイギリスへ渡ると、ミュージシャンであり、音楽批評家としても知られるデイヴィッド・トゥープの後押しを受けてはなった会心作が本盤である。
 
 アコースティック・ギターに簡単なパーカッションが加わった程度のシンプルな編成だが、そよ風のようにさわやかなギターはどこまでも心地よく、やさしく語りかけるロジーの素朴で枯れた歌声を聴いているとしあわせな気分になってくる。30、40年代から歌い継がれてきた古い歌も何曲かとりあげていて、人びとの生活や世相、教訓、愛の大切さなどを歌にしている。
 
 ロジーの音楽が「本来の」パームワイン・ミュージックと触感がちがうのは、欧米での長い生活で培われた経験がものをいっているのだとそのときは思っていた。なぜ、加藤くんがああまでロジーの音楽に魅せられたといえば、それはパームワイン・ミュージックの名を借りた欧米風音楽だったからというわけである。
 
 ところが、最近、ロジーの知られざる60年代のアフリカ録音を集めた"PALM WINE GUITAR MUSIC"(COOKING VINYL COOKCD 010)がリリースされ、わたしが抱いていた考えが誤っていたことを知った。そこでは大部分が英語で歌われ、エレキ・ギターを用いてみたり、ツイスト風やカントリー風の曲にチャレンジするなどのモダニストぶりを示しているものの、音楽の雰囲気は約30年後に吹き込まれた本盤と大きな差は感じられなかった。つまり、アフリカにいたときからすでにロジーはモダンなパームワイン・ミュージックをやっていたということだ。
 
 じつは、このモダナイズされたパームワイン・ミュージックはロジーのオリジナルではなく、50年代にシエラ・レオーネで活躍した伝説のシンガー・ソング・ライター、エベネーザ・カレンダが完成させたもの。エベネーザは、アコースティック・ギターのほかに、チューバ、ブラジルのカバッキーニョのような音色の小型ギター、コンガ、マラカス、トライアングルなどを加えて、カリプソ、ブラジル音楽、ジャズ、カントリーなどのさまざまな音楽要素を融合させて、当時としては驚くほど洗練されたパームワイン・ミュージックを演奏していた。ロジーの音楽はエベネーザの音楽をより現代風に焼き直したにすぎないといってもいいぐらい。
 
 92年にオリジナル・ミュージックからリリースされた"AFRICAN ELEGANT"(ORIGINAL MUSIC OMCD015(US))は、エベネザの極めて貴重な音源を中心に50年代のシエラ・レオーネのポピュラー音楽が概観できるすばらしい内容のアルバム。ロジーもカヴァーしたエベネザのオリジナル曲もいくつか収録。かつてオルター・ポップから国内配給もされたと記憶しているが、わたしは輸入原盤で持っている。レーベルが活動を停止しため入手困難になったことがつくづく惜しまれる。
 
 パームワインは、海洋性の音楽であったことから、つねに外部から文化刺激を受けやすく、その都度、より普遍性の高い、開かれた方向に変化していくタイプの音楽といえるかもしれない。コー・ニモが再現したパームワインは、最初期のパームワインに近いともとれるし、海洋音楽がガーナに伝わって、内陸化し特殊化していった姿ととれないでもない。このようにみると、コー・ニモの音楽よりはエレガントに変化していったエベネザやロジーの音楽のほうが、本来的な意味でのパームワイン・ミュージックであったといえないだろうか。
 
 余談であるが、ロジーを見出したデイヴィッド・トゥープは、近年、切れ味の鋭い音楽評論が脚光を浴びて、ティン・パンのアルバムにもゲスト参加していたのは記憶に新しいところだが、わたしにとっては、スティーブ・ベレスフォード、テリー・デイ、ピーター・カザックと即興集団オルタレーションズを結成したり、ブライアン・イーノのレーベル、オブスキュアからクジラの声をモチーフにした作品を発表したり、ベネズエラやパプア・ニューギニアの奥地の未開部族の村に滞在して現地録音したアルバムをみずからたちあげたレーベルQYARTZからリリースしたりと、イギリスでもっとも先鋭的なミュージシャンのひとりであった。コーネリアス・カーデューにはじまるイギリス前衛音楽シーンに身を置いていた人物の手によって、このように素朴で温かい音楽が世に送り出されたのは、不思議に思えるが、なんかわかるような気もする。
 
 本盤の成功を受けて、ロジーは91年に"THE NEW SOUNDS OF S.E.ROGIE"(WORKERS PLAYTIME PLAY CD18)を発表する。わたしは輸入盤が入荷してすぐに購入したが、正直いって前作ほどの衝撃はなかった。エレキ・ギター、ベース、サックス、トランペットなどが加わったギター・バンド編成で、タイトルにあらわれているように、ロジーは、パームワイン・ミュージックを基点とした「ワールド・ミュージック」を試みている。
 
 ワールド・ミュージックをあえてカッコでくくったのには理由がある。前作では結果としてワールド・ミュージックになったのにたいし、本作ははじめからワールド・ミュージックというジャンルを意識してつくられたように感じられるのだ。けっして悪い出来とはいわないが、あまりにサラリとした淡泊な味わいで、どうしても食い足りなさが残ってしまう。それでも、エベネーザ・カレンダ最大のヒット曲で、ガーナ・ハイライフのE.T.メンサーがリメイクしてこれまた大ヒットした'FIRE FIRE FIRE' のカヴァーなど聴きどころもいくつかある。
 
 老いてますます盛んにみえたロジーだったが、94年に新作"DEAD MEN DON'T SMOKE MARIJUANA" (REAL WORLD 46 (UK)) をリリースした直後、現役のまま68歳で世を去った。


(11.9.02)



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by Tatsushi Tsukahara