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Artist

YOUSSOU N'DOUR

Title

SET


set
Japanese Title

SET

Date 1990
Label VIRGIN AMERICA 2-91426(US)
CD Release 1990
Rating ★★★★★
Availability ◆◆◆◆◆


Review

 1990年にリリースされた本盤は、ワールド・ミュージックのひとつの完成型をなすのみならず、90年代のポピュラー・ミュージック・シーンを代表する名盤だと思う。言い方を換えれば、このアルバムの登場によって、「ワールド・ミュージック」は「ワールド・ミュージック」としての役割を終えたとさえ感じる。

 ピーター・ゲイブリエルの肝いりでヴァージンと契約し、本格的に世界進出へ乗り出したユッスー・ンドゥールは、1989年に"THE LION"、翌年には"SET"を発表。いずれのアルバムも評論家やマニアからは高い評価を受け、現地セネガルでも大ヒット。だが、世界的なセールスは期待されたほど上がらなかったという。

 2年の沈黙後、スパイク・リーが設立したレーベルから"EYES OPEN"を発表。よりポップに、よりシンプルになったぶんだけ、全体に緊張感が薄れて、やや散漫になった印象はぬぐえなかったものの、水準以上の出来だった。しかし、これまたセールス的には失敗。

 たび重なる失敗ののち、94年にリリースされた"THE GUIDE(WOMMAT)"は、正直なところ「ユッスーどうした!?」と拍子抜けするほどフツーのポップスだったが、同盤よりシングル・カットされたネナ・チェリーとのデュエット曲'7 SECONDS'は、世界で100万枚のセールスを記録する大ヒット。このアルバムを機にわたしのユッスーへの興味は急速に醒めていったが、わたしのような“マニア”を斬り捨てることで、ユッスーはようやくにして真の意味での世界的なポップ・スターになったのかもしれない。

 85年(CD化は87年)にリリースされた"NELSON MANDELA" (POLYDOR 631 294-2(DE))も日の出の勢いが感じられて大好きな1枚だが、ユッスーの音楽的なピークは、一般にいわれるように、やはり"SET"だと思う。
 1曲あたりが3分から4分前後の、アフリカ音楽としては極端に短い曲ばかりが並ぶが、曲から曲への流れがすばらしいため、全13曲トータル50分を澱みなく一気に聴かせてしまう。もちろんどの曲をとっても個性的でおそろしく水準が高い。じつは本盤は前作"THE LION"同様、直前に現地発売された数本のカセットをもとに世界市場むけに再構成されたものではあるのだが、ザ・ビートルズの『サージェント・ペパーズ』のように、トータル・アルバムとして統一感がある。

 ユッスーとかれが率いるシュペール・エトワール・ドゥ・ダカールの音楽は、一般にンバラ・ポップ(またはモダーン・ンバラ)といわれている。
 ンバラは、おもにセネガルの都市部に暮らし、全人口の4割以上をしめるウォルフ人の文化で、その起源は、セネガルの国技である相撲の伴奏打楽器サバールから来ている。キューバ音楽の影響がつよかったそれまでのセネガル・ポップ・シーンは、70年代半ばに、ユッスーらセネガル独立(1960年)前後に生まれた若い世代の台頭によって、アフリカの伝統をつよく意識した新しいタイプの都市音楽を生んだ。それがンバラ・ポップである。
 切れ味の鋭いギター・カッティングに、複雑なポリリズムを刻む複数のサバールと、タマといわれるセネガルのトーキング・ドラムが加わるのが一般的で、軽快でスピーディかつスリリングなビートが特徴である。

 ユッスーのヴォーカルは、グリオの伝統にのっとった頭から突き抜けるような張りのある高音で、節まわしにイスラムの影響もみられる。同じグリオの影響でもマンディング出身のサリフ・ケイタのように、ピンと張りつめたヴォーカルではなく、タマのリズムのように柔軟で抑揚の効いたヴォーカルである。

 アルバム・タイトルにもなっている1曲目の'SET'とは、ウォルフ語で'CLEAN'の意味。心を清めるのと同時に、生活環境も清潔に保とうという歌だが、この歌はセネガルで大ヒットし、若者たちがすすんで街をきれいにする「セット・セタル運動」につながったという。このように、独立後、都市化の進行によって共同体的な規範を失った若者たちに、新しいライフ・スタイルを呼びかけるユッスーの歌は、どれも希望と輝きに満ちている。

 また、イギリス人マイケル・ブルックをプロデューサーに迎え、ベース、ギター、キーボードを受け持つハビブ・ファイとの緊密な連携によって生まれた本盤には、従来のンバラ・ポップ的な展開に加え、たとえば、'XALE'ではクラシカルな弦楽奏のみをバックに歌い、'AY CHONO LA'ではアコースティック・ギターを、'FAKASTALU''HEY YOU!'ではヨーロッパ的なアコーディオンをフィーチャーするなど、新しい工夫が随所にみられる。ノリノリのダンス音楽に終始するのではなく、なによりもユッスーの歌に焦点を当てたメッセージ・アルバムといえるだろう。


(2.10.02)



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by Tatsushi Tsukahara