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Artist

JACOB DO BANDOLIM

Title

DOCE DE COCO


doce de coco
Japanese Title 国内未発売
Date 1947 - 1953
Label PARIS JAZZ CORNER 982 944-9(FR)
CD Release 2005
Rating ★★★★☆
Availability ◆◆◆


Review

 2005年のベスト・アルバム候補にあげていた戦後のショーロを代表するバンドリンの天才奏者の初期作品集。
 
 バンドリンは裏板がフラットな4コース8弦のマンドリン。ファドで使われるギターラ(ポルトガル・ギター)に形が似ている。マンドリンのようにトレモロをあまり多用せず、単音でのメロディーを奏でることが多い。
 1918年、ポルトガル系とポーランド系の両親のあいだにリオで生まれたジャコーは、子どものころからバンドリンに親しみ、30年代にはアマチュアながらコンサートやラジオに出演するようになる。初レコーディングは42年だが、本人名義では47年がデビュー。コンチネンタルと契約し49年までにSP4枚8曲を残している。
 本盤には、これらのうち、デビュー曲'TREME-TREME' をはじめとする4曲を収録。入手直後はこれらレア音源が聞けたことを喜んだが、コンチネンタル時代の全8曲はすでに持っていたCD『ショーロの殿堂』に収録されていたことが判明。とんだヌカ喜びだった。

 『ショーロの殿堂』(REVIVENDO RVCD-145(BR)/オフィス・サンビーニャTS-25019(JP))は、ジャコーのほか、かれとほぼ同世代の女性歌手アデミルジ・フォンセーカと、カヴァキーニョ奏者のヴァルジール・アゼヴェードの3人の、40年代を中心に55年までの録音を収録。ブラジル音楽の古典の復刻を数多く手がけているブラジルのレーベル、レヴィヴェンドの発売で、日本ではオフィス・サンビーニャが輸入販売していた。それぞれに個性的な3人の録音が代わる代わる収録されていることからアルバムとしてのまとまりには欠けるが、個々の歌や演奏のクオリティはさすがに高い。そんななかでも圧巻はやはり強いアタックでメリハリ抜群のジャコーのバンドリン。テクニックといい、フィーリングといい、すでに完成型の域である。まだ廃盤にはなっていないが、サンビーニャでの扱いは現在おこなっていないようだ。
 
 49年、ジャコーはRCAに移籍。以後、69年8月に自動車事故で死去するまでに録音されたSP、EP、LPのほとんどがRCAヴィクトルから発売された。
 ブラジルRCA(BMG)が2000年にCDリリースした3枚組ボックス・セット"JACOB DO BANDOLIM - GRAVACOES ORIGINALS 1949/1969"(BMG/RCA 7432179712-2)は、全56曲がほぼ録音順にバランスよく配されRCA時代のジャコーを概観するうえでは申し分ない。詳細な解説(ただしポルトガル語)と、SPからCDまでのディスコグラフィが添付されていることからも、現時点ではまちがいなくジャコーのCDの最高峰。
 ジャコーは66年にエポカ・ジ・オーロというグループを結成すると、68年に歌手エリゼッチ・カルドーゾのジョアン・カエターノ劇場での歴史的なライヴに参加している。ご多分に漏れず、わたしは、そのときの模様を収録した『ジョアン=カエターノ劇場のエリゼッチ=カルドーゾ』(OMAGATOKI SC-3136〜7)を通じてはじめてジャコーのことを知った。ボックス・セットでは第3集に収められているこの時期の演奏を聞くと、適度にジャズ・フィーリングが加味されて、まさに円熟の境地、達人の域といっていい。しかし、個人的には初期のみずみずしい演奏のほうが好きだ。
 
 そのほかにRCA音源の日本プレス盤として、81年に発売されたLPを92年にCD復刻した『黄金のショーロ』(BMGビクター/RCA BVCP-2077)がある。60年代の音源を中心に全14曲からなるこのアルバムは収録時間が41分30秒と短いが、5曲がボックス・セット未収録音源であり、LP発売時に執筆された大島守さんの解説もすばらしく、いまもその価値は色褪せていない。

 めぐりめぐってようやく本盤にたどり着いた。前掲のアルバムがあるので、47年のデビューから53年までのSP音源24曲からなる本盤は中途半端な印象を受ける。しかし、つぎの3点においてじゅうぶんに価値はある。
 第1に、前掲のアルバムの大半が現在廃盤か入手困難であること。第2に、録音年が古い割には音質がいいこと。そして第3に、CD初復刻音源がいくつか含まれること(わたしが持っていない音源は7曲あった)。曲の配列が録音年順ではないのでわかりづらいが、51、52年の録音の充実ぶりは特筆すべき。
 
 楽器編成は、ジャコーのバンドリンのほか、7弦ギター、ギター、カヴァキーニョ、パンデイロが基本となっている。曲によってこれらにコントラバスやパーカッションが加わったり、カヴァキーニョやパンデイロが抜ける必要最小限の編成。バンドリンが主旋律を奏でると、これに7弦ギターが低音の対位的なメロディを絡めて、カヴァキーニョがハーモニーをつけるという演奏スタイルにより、緻密でエレガントでありながらスウィング感にあふれたショーロ独特の情感が生まれる。
 
 ショーロという音楽については、『ミュージック・マガジン』1980年9月号に「ブラジル音楽の背骨ショーロ」として竹村淳さんと高橋研二さんが寄せた文章がいまも参考になる。
 それによると、ショーロは、19世紀にヨーロッパで大流行したポルカをブラジルの楽器編成で演奏したのがはじまり。ジャズとおなじく即興の要素を大幅に取り入れた純粋な器楽音楽として発展し、その成立はジャズより20〜30年も早い19世紀後半とされる。そのメランコリックな響きから「泣く」「嘆く」を意味する「ショラール」が転じて「ショーロ」と呼ばれるようになったという。
 
 20世紀前半に天才的なフルート奏者にして偉大な作曲家であったピシンギーニャの登場によって、ショーロは一大発展をとげる。サンバの誕生にも大いに寄与したが、30年代になるとサンバやサンバ・カンソンに人気を奪われ衰退していった。
 戦後になると、アメリカのジャズの影響もあって、若い世代の音楽家のあいだで器楽音楽としてのショーロを見直そうとの動きがさかんになった。そんな新しい時代のショーロを代表したのがジャコーだった。
 
 こう書くとジャコーたちの活動がビ・バップ・ムーヴメントと重なり、ジャコーがチャーリー・クリスチャンのように思えてきて演奏の中味もついそのようなものと想像したくなる。ところがじっさいは、ショーロの伝統への回帰をめざしたことから、黒っぽいグルーヴはなく繊細で透明感にあふれたヨーロッパ的な要素がつよく感じられる。だからといってお高くとまっている感じはない。誤解をおそれずにいうと、ジプシー出身のジャズ・ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトとフランス領マルティニーク島出身のバンジョー奏者カリを足して2で割ったような感覚である。とまれ、疲れた身には心に沁み入る極上の音楽といえよう。


(11.26.06)



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by Tatsushi Tsukahara