夢を…見ている
心地のよい夢、暖かく素敵な夢
傍から聞こえる柔らかい男の人の声


誰に話しかけてるんだろう



声のするほうにそっと手を伸ばしてみる
それは間近で聞こえた声なのに、いくら手を伸ばしてもただただ空を掻く
隣からする声は一向に止む気配がなくて、
手は空を掻き続けて、
それでも暖かい声に身を任せ続けて―












「―――…ねぇ…――おき…て、…おきてよ、!」


隣から聞こえていた暖かい声の代わりに耳に飛び込んできた声。
慌てている様なその声にの意識ははっきりと覚醒する。


「…んっ、あれぇちゃん おはよぉ〜……」

「ちょっと!おはようじゃないわよ、おはようじゃ!! もうとっくに放課後全力突入中よ?」

「放課……?」


…………


うーん、と首を傾げて真剣に考え込む
なんで自分がここにいて、隣に友達のがいるのか心底わからないという表情


うーんうーんと机に座りなおしながら考え込む少女
県立天魏高校に入学したばかりの高校1年生で、名前を シライト  という。
ちなみには「って呼びづらいから、ね!」とそれ以降と呼び続けている。

同年代の娘と比べても小柄で、華奢
黒にうっすら白が入ったような独特の髪は、まるで絹のような柔らかさで肩の辺りでふわふわと揺れている
上半身を揺さぶりながら考えるたびに小さな珠のついたリボンが、
のリズムに合わせぶらぶらとその身を揺らしているのが妙に愛らしい。


対するは、とは対照的なすらりとした長身に、腰あたりまである濃茶色の髪
きゅっとゴムで纏められたその髪は一見乱雑に見えるが、それがの体躯としっかりマッチしていて長身美麗
入学してまだ半年ほどだが、同級生の女の子達から先輩達にまで幅広く慕われていたりする。

「ほんっとーに、覚えてないの!?」

まるで呆れ返ったかのようなの声
とはいっても、には今の現状がまったく理解できていないのだ


えーっと、今日は確か朝起きて、学校に行ってー…
少しずつ思い出されていく今日の行動の数々

徐々に鮮明になる記憶は、そう時間をかけることなく答えにたどり着いていた。


「そっか、私ちゃんの用事終わるまで教室で待ってたんだった」

「そ・う・よ!やーっと思い出したみたいね。まったく、教室戻ってきたらがなんか手伸ばしてふらふらしてたから吃驚したわよ」

「えへへ、ちゃんごめんー」

「わかればよし!よっし、ちゃちゃっと帰り支度して早く帰るわよ。この頃暗くなるのも早くなってきたしね」


そういい窓の外を見るの目に映るのは、夕闇に染まるグラウンド
さすがに暗くなってきたせいか、どこの部活動もそろそろ帰宅の用意をしているようでグラウンドにはちらほら人影が見える程度

「もうそんな時間なのー、ぜんぜん気づかなかった」

「ちょっとあたしのほうの用事が長引いちゃってねー、待たせてごめんね」

「ううん!私も寝ちゃってたし、お相子様だよー」

「そうだったわね、じゃチャラってことで」


そうはきはきと答える
はそんなさっぱりとしたの性格が大好きだった


「うんうん」

力いっぱい頷き、そっと触れてきたの手をぎゅっと握る
その手から流れてくる暖かい温もりが、そっと私の心も温かくする


「ひゃあ そ、そんなに近づかれると恥ずかしいじゃないっ」

「えー、ちゃんの身体あったかくて私大好きだよ?」

「またこの娘は恥ずかしいことをさらっと…」

ペチン

「いたっ、なにするのちゃん〜」

軽やかにのおでこを弾くでこピン
痛みはほとんどないんだけど、音だけは心地よいくらいいい音を響かせる

「さっさと帰るわよ!ほら、本格的に暗くなってきちゃった。最近いろいろ物騒なうわさも聞くし
女子こーせー危きに近寄らず、よ」

「それを言うなら、君子危きに、だよ〜」

ペチン

今日二発目のでこピンが、またのおでこを弾く

「知ってるわよ、わざとよわざと!早くしないと本当に危なくなっても知らないからね!」

「う、うん わかったよ!」


テキパキと帰り支度を始める
といっても、大半は鞄に詰め込んであったのでコートを着るくらいだが

「まった、あんた暑苦しい格好してるわねー」

「そんなことないよー、このくらいが丁度いいのっ」


無人の廊下をぽてぽてと歩きながら、お互いの服を見詰め合う


制服の上に厚手のコートとマフラーを巻いて手袋をはめている
それに対し、は普通にセーラー服のみ

どう見てもお互いの服装は季節が一個ずれている

「あんたねぇ、この時期からそんな服装してたら真冬はどうするのよ」

の言うことはもっともで、今はまだ10月を少し回ったばかり
確かに時折冷える日もあるが、それでも冬服のセーラー服を着ていればそう寒いと感じることはない程度のもの
足元が寒いのは…、それは女として仕方のないことだと割り切っている
高校の制服といったらスカートだし

「大丈夫だもん!コートの前閉めるし、マフラーもう1枚巻くから」

「はぁ…、またあのもこもこふわふわになるわけね」

から見て、いや全校生徒から見ても季節が1個先に進んでいるの格好
どうみてもこの季節には暑苦しい


そんなの真冬の格好は、もこもこふわふわ
が名付けたのだが、それが見事に的を得ている表現だったりする

今でも十分真冬にも耐えうるような服装に、さらにふわふわもこもこなパーツがつくのだ

あんたこれから北海道でもいくの?というのが、真冬のの毎日の言葉

ちゃんも着てみるといいよ、絶対はまるから」

「ううん、遠慮しとく…」







と二人夕闇の道を歩く
酷くゆっくりな歩調、柔らかい時間、とても素敵なこと

手袋をはずした片方の手から伝わるの体温

あちこちから聞こえる自動車の走行音


ふと、それらがなぜかすっごい懐かしい気がして
すぐ傍にあるはずなのに遠くにあるような感じがして―


「それでねー …ん?どした?

世界に吸い込まれるような感覚
まるで世界と自分が一体化していくような


ぶんぶんと頭を振る
溶けていってしまいそうな自分の意識をはっきりと現実に戻す

「ううん、ちょっとぼーっとしちゃってた」

「そっかー、あんた時々ぼーっとしてるよねー」

帰ってきたちゃんの声
隣から聞こえてくる声は、先ほどのようなぼんやりとしたものではなくて、今ははっきりと私の耳に伝わってくる

意識ははっきりしてる、それに時々今みたいにぼーっとなることもある

これはいつものことだ、そう自分に言い聞かせても―


なぜか言葉が溢れてくる
いつもなら言わないような言葉が


ちゃん……いつも、ありがと」

「ん?どした?まだぼーっとしてる?」

「ううん、なんか突然言いたくなっちゃったの」

今言っておかないといけないという焦燥感
それが何故なのかはわからないけど、
それでも言っておきたかった

「別にお礼を言われるようなことしてないわよ。変な

そう笑って答える


そんな友人の言葉が嬉しくて―
ぎゅっと抱きつく

「ちょ、こら!急に抱きつかないの!!」

「あは、ごめんね〜 でもこうしたい気分なの」


「まったくもう…」と口では零しながらも、の手はゆっくりとの頭を撫で続ける
さっきまで繋いでいた手の体温は、やっぱりほんのり暖かくて、髪を擽る指が気持ちよくて―

「はい、もう終わり!」

「…残念」

そっと離される手に、寂しさを覚え―


「じゃ、また明日」

運命の交差路のような友人との帰り道の分岐点で、離れていく声に切なさを感じ―

それをそっと胸に隠す

「うん、また明日」

いつもと同じ日々
失われる友人の温もり
私の心の温もり


まるでの残した温もりに縋りつくように―、その零れた欠片を拾い集めるように―


私はしばらくその分岐点に佇んでいた――



























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