暗い闇

―それはずっと一緒だった

終わった日常

―始まるはずもない日々

消えていく存在

―終わりへ向かう身体

暗いくらい淵をなぞるように、感覚でしか伝わってこない世界

―それでも

終わったはずの世界は、まだ確かに私の周りに残って

背中から落ちた浮遊感は、いつまでたっても終わりを見せることがなく

―だから

はその境界に身を任せたまま

何かを掴むように

そっと手を伸ばした。















「ハッ、ハッ、はぁっ……」

呼吸も整えること暇もなく、一心不乱に地を蹴り続ける。
後ろからは逃げ惑うを嘲笑うかのように、追いかけてくる男達。

ドクドクドクドク
自分の心臓がまるで何か他の物に変わってしまったかのように、激しく脈打つ音が耳に木霊する。



―ここはどこ? 夢…だよね?

足の裏から伝わる冷気が、それが舗装された道であることを示し、
辺りの喧騒からそこが余りよい土地ではないことがわかる。

がわかっていることは、自分がなぜか追いかけられているという事。
それ以外は何もわからない、なぜ自分が走っているのかすらわからないかのように


―なんで夢なのに、こんなに苦しいんだろ。 なんでこんなに足が痛いんだろ…っ


呼吸すらも儘ならず、もう休みたいという衝動

それを無理やり押さえつけて、必死に逃げ続ける足の裏は小石やガラスの破片などで切れ、

一歩進むごとに地面に赤い模様を描き続ける。


それは酷く綺麗で、酷く歪んだアートのように点々と少女の行き先を残していく。







執拗に追いかけてくる男達、それはが逃げそれを追いかけることを楽しんでいる。

それは、彼らには絶対の確信があったから。
即ち、今自分達のほうが搾取する立場にあるということ。
目の前を逃げ続ける少女が自分達に抗う術を持ちえていないことを。

故に、少女がいくら逃げようともいつかは終わりが来る。

いつもの日常にほんのちょっと紛れ込んだイレギュラー、
普段の生活に飽きいている彼らがそれを見逃すはずもなく


「捕まえたぜ、おとなしくしやがれ!!」


ビリィっと言う音とともに、が着ていたパジャマの袖が千切れる。

必死に、ただ無我夢中に地を蹴っていたの足は、引っ張られたことでバランスを崩し

「…っあッ!」


その身体ごと地面に叩きつけられた。


元々の体躯の差、そして裸足で混乱したまま駆けるが男達から逃げ切れるはずはなかった。











階段から落ちたはずだった。
混乱して自分がどこにいるかわからなかったけど、自分が背中から中に舞う場所などあの家には階段しかない。


だけど、いつまでたっても衝撃はこなかった。


その代わりに聞こえてきたのは、不思議な音、雑踏の声。

自分の家にあるはずのない、初めて聞く男達の声。



「なんだ、こいつ?」

「変な格好の女だな。なんでこんな街中でパジャマなんだ?」

「まぁなんでもいいじゃねぇか。きっと家出かなんかだろうよ」


耳元で聴いたことのない男たちの声。
それが夢か現なのか理解できない。


「とんだ拾い物だな、ちとガキだが出るところは出てるし」


それが夢なのか、自分の幻想なのかはわからなかったけど、


むにゅっ

下卑た男の声とともに、自分の胸に感じる違和感。


「へへへ、いい具合だぜ?」


手のひらを弄る様に動かされるたびに、身体の内側から不快感が滲み出てくる。


「いやぁっ!!」

これが現実か夢かなんかどうでもよかった


ただこの場所から一刻も早く離れたい!


その思いでそこにいるはずの男の手を、ただ力任せに撥ね付け、男達の声がするほうと逆に走り出す。


「ッてぇなぁ!」

「待てコラァ!!」

「逃げんじゃねーガキ!!」


後ろから追ってくる声が怖い。

だから、ここがどこなのかわからなかったけど、必死に見えない道を駆け続けた。













「いや、いやぁああああああああああ!!!」


男達の笑い声とともに、の衣服が一枚ずつ破り去られていく。

半纏、袖の取れたパジャマの上下。

すでにの身体に残っているのは下着のみ

それすらも男達に剥ぎ取られそうになって―

必死に抵抗したけど、四肢を男達に押さえつけられて―


これが夢であるように願いながら―

これからされることへの恐怖でぎゅっと目を瞑る。










……

…………

……………………









「……………?」


しかし、それはいつまでたっても訪れることはなかった。


の下着を今にも毟ろうとしていた男達の手はいつまでたっても来る事はなく、
それどころか先程までを逃がさないように抑えていた男達の手の感触すらなくなっている。

―あ…れ? どうしたんだろ… 夢覚めたのかな…?


がその状況に戸惑っていると、争うような音が少し聞こえて、

何かが複数倒れ伏せる音が響く。

―それがなんだったのかわからないけど



「大丈夫か?」



突然かけられた声


―それは先程の男達の声とは違い


「ったく、なんでこんな危ない場所にいるんだ」


―怒っているようで、なぜか暖かく


「…っとおい!大丈夫か!!?」


ふいに掴まれた手からは、独特の滑らかさと力強い感触

掴まれた手から私の手のひらに直に伝わる温もり

一瞬、さっきまでの情景が思い浮かんで手を離そうとしたけど



―それがとても気持ちがよくて、安心できるように思えて


張り詰めていた緊張の糸が解けるように、の意識はゆっくりと闇に沈んでいった。

















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