「目が覚めたか?」

声が聞こえる
聞いたことのない声だけど、なぜか暖かいと感じてしまう声

うつらうつらとした頭を振りながら、の意識はゆっくりと覚醒していった。
















目が覚めるのと同時に、鼻腔をくすぐるコーヒーの香り
室内からほんのり香る花の匂い
まだ建てられて間もないのだろうか? 辺りにはペンキと木材の匂いが少し漂っている。


(あれ…私なんでこんな所にいるんだろ?)



「体調は大丈夫か?」

「大丈夫です…ってあれれ? あのぉ…」

「ん? なんだ?」


聞いたことない声だったけど、なぜかそれが今までそこにあることが不思議じゃなかったから
気づかなかったけど…


「えっと…どちら様でしょうか?」



上を見上げ、不思議そうに呟いた私の言葉は朝の剣呑とした空気に飲まれることなく―


場を沈黙させてしまった。







「覚えてないのか? …あぁ、すぐ気を失ったからしかたがないといえばそうか」

「?」

男の人の口調

多分20代前半か、10代後半のものだろう、その声はやはり私には聞き覚えがなかった。


「昨夜変なやつらに襲われてたろ? そのとき偶然通りすがったんだが」


昨晩…変な奴ら……

(あっ)

1個だけ思い当たる節があった、でもあれって…


「あれって…夢じゃ…なかったんですか?」


「夢? いや、昨晩確かに現実にあったことだ」

現実…

その言葉で私の中に眠る昨晩の出来事が、先程までのほんの少しの悪夢のような感じではなく
より現実感を持って私の心を揺るがす。


「う…そ……… だって私階段から落ちて… ……あれ? なんだここにいるんだろう… ここって病院?
 ううん、お養父さんが…いや、あの人がそんなところ連れて行くはずもないし だってあの時確かに……」


あれ、あれ? と私の中から沸いて出る今までの事柄に、それが今までなぜ忘れていたのかさえ不思議なくらいで

それは、今なぜ自分がここにいるのかと言う現状把握を行い始めるとともに、奇妙な現実感を伴って私の記憶から溢れ出る。

「…なんで、ここどこ? 夢…? なにが…どうなってるの!??」


錯乱する頭、何が現実で何が夢なのか区別がつかない悪夢のようなまどろみ。


何が何だかわからない私はただただこれが現実なのかすらもわからなく―


「大丈夫だ 君はここにいる」


(あ……)


頭に感じる暖かい手
ちょっとごつごつしてるけど、広くて柔らかくて暖かい手

そう、この手は…

まるでお父さんの手みたいに…暖かい


幼い時の記憶の中にだけしかない、私の本当の両親の暖かさ

私が泣いていたり、悲しんだりして落ち込んでるとき、
そっと抱きしめてくれたお母さん
そして私が泣き止むまでずっと頭を撫でていてくれたお父さん

記憶の中にうっすらとしか残ってないけど、そのとき私は確かに同じぬくもりを感じていた。










「…落ち着いたか?」

「はい… ……ありがとうございます」


本当の両親がなくなって以来、初めて人前で泣いた。

この人に頭を撫でられながらいつのまにか泣いてしまっていた。


途端に泣き顔を見られていたことが気恥ずかしくなり、顔を下に伏せる。



「そういえばまだ名乗ってなかったな、オレはカイト。 プロハンター見習いって所だ」


(あれ… そういえばこの人… ……私名前も聞いてない人の前で泣いちゃったんだ)


なんで今の今まで気づかなかったのか、そういえば目の前にいるはずの人物も初対面だったりした。

「あ、す、すいませんっ! 私ったらまだ名前も言ってなかったなんてっ!
 私は白糸といいます」


「シライト? 聞きなれない呼び方だな。 どこの出身だ?」


「あ、で大丈夫です。 出身は……ってあれれ??」


ふと目の前でしゃべっているカイトさんの発言と私の発現に妙な差異を感じた。

あれ、何かがおかしい…

何かが…

……あ


そうだ


ここは日本のはずなのに、白糸と言う、苗字が先の日本語特有の使い方にカイトさんが疑問を持ってるからだ。


そういえばカイトさんって名前も外国の呼び方のような気がするし…


「ん? どうした?」


「えと、出身は日本の■■県です。 ところでカイトさんって外国の方ですか?」


「外国…? オレ自身どこが故郷なのかはわからないが、何でそう思ったんだ?」


「え…と、カイトって名前って私の周りだと聞いたことなくて、外国の方だったらあるのかなーと思い…まして…」


「? オレからすればこの辺りだとシライトって名前の方が珍しいと思うぞ?」


不思議そうな顔(多分しているに違いない)をしながらカイトさんが、そう私の予想と全然違う答えを返してきた。


「え?えっ??」


話が全く噛み合わない。

私は階段から落ちた後記憶が定かではないためよくは覚えていないのだけれど、ここは私の住んでいた町の近く
少なくとも日本と言う国の中だと思っている。


対するカイトさんはどうやら話から察するに、カイトさんが私の住む地域にやってきていたのではなく、
私がカイトさんの住む地域にやってきたという認識らしい。


そこでまた私は思考の壁にぶつかる。
どう考えたって、私が一人で外国に行っているはずがない。

まぁあの両親、いやあの人達に外国に売られたとかはありえるかもしれないけど…
それでも、私の記憶が混乱していた事を考えたとしても、外国へ私が気づかない間に運び出すことなんてできないだろう。

感じたところ特に外傷や痛みも感じないし…


でも、カイトさんの言ってることから考えると、ここは…外国?

カイトさんが嘘を言っているような感じは…まったくしない。

というか私をだまして得をすることなんてないだろうし、そんなことを言うような人じゃない。
この短い間からでもカイトさんの言葉を聴いていてそう思ったことだ、間違えない。


ということは…


「あの、ここって外国ですか? アメリカとかヨーロッパとか―」


「ザバン市…の端っこの方だな アメリカとかヨーロッパって聞いたことないけど、のいた国の近くの国なのか?」


またしても噛み合わない話。

私が今いるのは日本じゃない、それは会話からわかったことだったけど―

カイトさんの答えは私の予想以上のものだった。


「ぇ…? ヨーロッパとかアメリカしらないですカ?」


「ああ、少なくとも地図には載っていない」


「コレハ夢…デスカ?」


「まぎれもない現実だ」


何を今更言ってるんだ、と言った口調で答えるカイトさん



さわさわと目の前にいるであろうはずのカイトさんの手を触り、その暖かさを肌で感じ

自分のほっぺたをぎゅーっとつねってみる、うん痛い



「…てぇええええええ!??? ここどこですかあああああ!!!?」





がばあっと勢いよく起き上がり、本日何度目かわからない大絶叫を上げた。















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苗字の白糸(シライト)ですが、
苗字で呼ばれることがほとんどないため、固定になってます。