落ち着いてみよう

そうこんなときは素数を…

じゃなくって、深く大きい深呼吸を―

















「まぁ、なんだ… その…


すーはーすーはと深呼吸をしている私に、なんかちょっと焦ったような声のカイトさん。


「はい? なんでしょう?」


極力落ち着いて冷静に答える。
伊達に深呼吸をしていな―


「深呼吸はいいんだが―、シーツちゃんと巻きつけてくれ その…胸が……」


徐々に小さくなるカイトさんの言葉の言葉の真意を掴みきれなくて、しばし思案。
ふと、思いつき自分の胸に手を伸ばしてみると、そこにはぷにぷにとした触感。

うん、私何も着てないね


「…ぇええええええぇえええ!! カイトさんのエッチ!!!!」


「違う!!」


「エッチ、エッチ、えっちいぃぃいぃぃいいい!!!」

がかけてあったシーツ跳ね除けるからだろ!? それに見ればわかりそうなものだ…が……」


ん? と何かに気づいたかのようにカイトさんの言葉が途中で途切れていく。


私は胸を隠すので必死だったわけだけど―





途端に先程までのお茶らけた空気から一変し、カイトさんの声に緊張が篭る。


「お前…もしかして目がみえてないの…か?」



「うん… 子供の頃からだけどね」









私の瞳は光を映さない。

それは子供の頃からずっと一緒にあったもの。

亡くなった両親が言うには、生まれたての頃はちゃんと目が見えていたらしい。

それがいつだったかわからないが、いつしか私の瞳は光を失っていた。

それでも、その見えていた時期のおかげで私の記憶の奥底には、この瞳が映し出すことのない未だ見ぬ風景や

文字、そしてぼんやりとうっすらと霞んでるけど笑っている男性と女性の顔。

それは絶対に亡くなった両親の顔だと私は確信している。


両親が亡くなった後、お爺ちゃんの家、白糸の総本家に一時的に引き取られていたときに点字を覚えたため、

その後の生活に苦労しなかったといえば嘘になるが、ちゃんもいてくれたし目が見えないことを凄く苦痛に思ったことはない。


それに―、なんとなくわかるのだ。

風景、人、色は何も見えないけど―、なぜかなんとなく何かがわかるのだ。

ちゃん曰く、直感的なものらしいって話だけど―


だから私は盲学校に通うことなく、普通の学校に進学していた。

盲学校が少し遠かったため、あの人達が私を家から出して生活させるのを渋っていたせいもあるのだが


ちゃんもいてくれたし、授業を聞いているだけでも楽しかった。

やっぱり普通に目が見える人と比べたら、成績とかは悪かったと思うけど、それでも周りの皆がいい人達でとても楽しかった。

最初は私が目が見えないって事で、妙に余所余所しかったり、気を使ってくれていたりしたのだが、ちゃん効果もあってか

皆私に普通に接してくれるようになった。

最初は難色を示していたらしい担任の先生も(ちゃんから聞いた)クラスのそんな空気に飲まれていって、
やっぱり私を普通の生徒と一緒のように接してくれるようになった。


まぁ、おかげで授業中ばんばん当てられるようになっちゃったけど…




だからなのだろうか、私は初見の人に外を歩いているときに声をかけられない限り、目が見えないとは思われない。

私自身もそうやってすごしてきたから、目が見えないということに劣等感とか疎外感とか抱いたことはない。

ただ、ちゃんとか皆の顔を見てお話できないことや、学校の行事にほとんど参加できないことが寂しいと思うけど、

それはやっぱり望みすぎなのだと思う。


だって、私はこんなにも素敵なものをいっぱいもらっているのだから―



ちゃんが傍にいてくれたから―











「そうか… 見ちまってすま「そんなことないよ! カイトさん私助けてくれたんだし、それに私も言ってなかったから 気にしないで?」」


「わかった ―そういえばさっきの話の続きなんだが 自分の国の場所がわかったのか?」


あ、そういえば… なんか色々あって考えるのをやめてたけど―

というか多分私の中の予想は当たっていると思う。

本当は当たって欲しくないんだけど― 確認のためにカイトさんに疑問に思っていることを尋ねてみる。


「えっと、アメリカとかヨーロッパって聞いたことないんですよね? えとその世界地図で大きい大陸の名前全部と
知ってる大都市の名前全部教えてくれませんか?」


「? よく分からんがわかった。 といっても地図に載ってるの以外はオレが知ってるのだけだけどな」


そう言い、カイトさんが地図を片手に次々と読み上げて言ってくれる。


アイジエン大陸、ヨルビアン大陸、ヨークシンシティ、パドキア共和国、ザバン市………


順々に読み上げられていくが、どれも心当たりがない地名

街とかだったら知らない名前ですむかもしれないけど…、大陸の名前まで知らないとなると大問題

やっぱりここは…


「あのー… 私、異世界? から来たみたい…です」


「は?」



今カイトさんの目はまさに点になってると思う。

私だっていきなり知らない人からそんな事言われたら、びっくりして固まっちゃうと思うし


「あー、すまん もう一回言って貰えないか?」

「えと、多分ですけどあたしここの世界とは違う場所にいたみたいです。
 アイジエン大陸とかヨルビアン大陸とか聞いたことないですし…
 私の知っている世界地図だと、ユーラシア大陸とかアメリカ大陸とかが大きい大陸で、
 アメリカとか中国とかオーストラリアとかが世界の中でも大きい国だったんです。
 あと世界の主流語は英語でした」

「つまり、世界地図そのものが違うと? ふむ…確かに違う世界から来たってすると、
 主流語が違うっていうのの説明はつくし、世界地図がの知ってるのと違うっていうのも合点がいく…か」


うーん、となにやら考え込んでる様子のカイトさん。

確かにこんなこといきなり言われてもすぐ信じろと言うほうがおかしいのだけど…


「そうか、は別の世界から来たのか」

「ふぇ?」

予想してなかったカイトさんの突然の言葉に、あたしは間の抜けた返事を返していた。


「だから異世界からきたんだろ? 違うか?」


「あ、はい! そうです…けど、なんでそんなにすぐ信じてくれたんですか?」


が昨晩いた場所は家出人でもうろつかない場所だしな。 ザバン市民もよりつかないような場所で
 一人でいたっていうのだけでも不自然だったし、なにより―
 は嘘をついてないだろ? だから信じた、それだけのことだ」


言葉を聴いていれば分かるもんさ、と言いながらそっと私の目元をハンカチで拭いてくれた。


私の瞳は知らない間に涙で溢れていた―。
















「改めて自己紹介しとく。 名前はさっき言ったとおりカイト ハンター見習いって所だ」


「ハンター?」

先程も疑問に思ったけど、聞いたことのない職業らしき名前。


「ああ、そっちにはハンターっていう職業がなかったのか。 
 あー、なんて言ったらいいかな。 未知なるものを探求する職業だ」


「それって探検家とかってことですか?」


「探検家もそれに含まれるって感じだ。
 例えば賞金首を捕まえたり、動植物の生態を観察して保護したり古い遺跡の調査、情報を集めたりとかいろいろだな。
 ハンターという職業でもその実求めるものは人それぞれで千差万別、それぞれがそれぞれの目標のために動いてるのさ」


「ふぇー、なんか素敵な職業。 やりたいことがやれるっていいですねー。
 ちなみにカイトさんは何ハンターなんですか?」


「まだ見習いだが、新種の生物の発見、保護に関するハントを主に行っている。
 とはいえまだ駆け出しだからいろいろな仕事もやっているけどな。
 は―、学生か?」


「はい、高校1年です」


「コウコウ? ああ、ハイスクールのことか……ハイスクール?」


「なんでそこで疑問符をつけるんですか?」


「あ、いや… ぱっと見もうちょっと下かと思ってた…」


「怒りますよ?」


いくら普段からちゃんに童顔童顔言われていても、さすがに面と向かって言われるとちょっと傷つく。


「気にしてたのか、すまん」


「どうせ童顔ですよーだ。 でも、ほら、胸結構あるんですよー、これでも」


ぐいと下から持ち上げてみる。
これでも胸は多少あるほうだと思っている、と言ってもちゃんがそう言って触ってきたり、
クラスの女の子にそういわれたから気づいたんだけど―


ほれほれと胸に下から手を入れてぐいぐいと強調してみる。


「見せ付けなくていい! 目のやり場に困るからちゃんと隠せ!!」











「でだ、これからどうするつもりだ?」


妙に疲れたような口調のカイトさん。

そういえば、―どうしよう。
いろいろあってここがどこだか把握するのに精一杯で、今後のことなんて考えてなかった…。


「……行く当てないです」


「そうだろうな。 …オレと一緒に来るか?」


それは予想外の言葉。

「え、でも。 助けていただいた上にご一緒させていただけるなんて、悪いです」


「でも、行く当てないんだろ? それにこの世界は安全なところも多いが、その反面危険なところも多い。
 が昨日の夜いた場所だって、ザバン市の中で見れば危険な場所かもしれないが、世界で見ればむしろ安全なほうかもしれないくらいだ。
 そんな中だれも知り合いがいなくて、何もツテがないお前が生きていけると思うか?」

カイトさんの口調は厳しい。
確かに…生きていけないと思う。

前の世界だったら白糸って名前を出せば、日本国内のみならず大都市圏ならなんとかなったかもしれない。


でもここは何も知らない土地。
もちろん白糸なんて名前知っている人は誰一人いないだろう。

そんな中で生きていけるか?
否、無理。


この目では働くこともままならない。


でも―

これ以上カイトさんに迷惑をかけるのは悪いと思う。


「でも、でも…」


「何もオレは難しいことを聞いているわけじゃない。 ただお前がオレと一緒に来るか? 来ないのか?
 ってことだけだ。 他の事は気にしなくていい」


「いいん…ですか?」


「ああ、が安全に暮らせそうな場所が見つかるまで、一緒に来るといい」


「ありが…とう…ござい……ますっ」



どうして、この人はこんなに優しくしてくれるんだろう。

なんで頭を撫でてくれるこの手はこんなに暖かいんだろう。


何も分からない世界に飛ばされた私は、ただ子供のようにその優しさの中でいつまでも泣き続けた―。













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視覚の風景描写がなかったのはこのためです。