夜に出歩いてはいけない
たとえあなたが闇が怖くないと思っていても

一人で出歩いてはいけない
いくらあなたの力に自身があっても
































悪夢に喰い尽くされてしまうから・・・




















































ざわざわざわ…

闇夜に戦慄く森の獣たち
森はざわめき、空気が揺れる


さぁ始めよう、今宵の狩りを
派手に、慎ましく、漁火を掲げるように突き進もう


怯え、苦しみ、逃げ惑うがいい

我らに適う者などいないのだから、我らの進行を妨げられるものなど今、存在しないのだから


























月夜に浮かぶ大きな建物

城と形容するのが正しいような古風な洋館

精巧な作りの外見とは裏腹に、そこは昼間でも鬱蒼とした雰囲気を醸し出し、侵入者を拒み続けているようだ


辺りは静寂、時折響く獣の叫び声らしき音が城の内部の隅々まで響き渡る









はいるか?」


燐と張った空気を掻き乱す、焦りと慟哭に満ちた余裕のない中年の声

黒のスーツをきちっと着こなし、ファッションにこだわりがあるのか全ての服飾が同ブランドで揃えられている

着こなし、ファッションセンスは抜群


ただ、彼に足りなかったのはファッションに見合っただけの自分の容姿と体系か





「はい、ここに。御用でしょうか、ご主人様」


「ああ・・・そこにいたのか。ちょっと頼まれごとをしてもらえるか?」


まるで初めからそこにいたかのように、音もなくすっと現れる漆黒の髪の少女

白を貴重にしたレイヤーフリルのいでたちはまるでどこかのメイドのようだ

ただその少女をメイドと呼ぶには憚られる点がいくつかある

その年端もいかない可憐な容姿と、彼女の周りに漂うえもしれぬ空気の淀み

見た目とは裏腹のその雰囲気は、辺りにいるものを包み込み、彼女の存在を周囲の人間に自覚させる

ただそれでも彼女の存在は希薄で、存在は大きく感じられるが、次の瞬間にはまるで何もなかったかのように彼らの脳裏から消え去る



そんな不思議な少女、名は=


訳合って数週間前からこの屋敷に雇われている


















「この書類をセイマンまで頼む。中は見るな。期限は日付が変わるまで いけるな?」

「かしこまりました 直ちにこの書類をセイマン様までお届けいたします」


まるで人形のように規則正しく一礼すると、闇に融けるようにの姿が闇へと沈む













「ダグラス様、あのような少女に大事な書類の運搬を任せてもよろしいのでしょうか?それにどこかのスパイということも考えられますし…」

入れ替わりにが先ほどまでいた位置に、スーツでびしっと決めた執事という言葉が似合う男が現れる

ただその執事が普通と少し違ったのは、まるでどこかの兵隊のように武装していたこと


「ああ、あの書類は今日中にセイマンに運ばないと計画に支障が出るからな。それに族に狙われているという情報も入ってきている。事は早い方がいい」

「しかし…」


「なぁにのことなら心配はいらないさ。あいつは裏切れるような奴じゃない、それに…いざとなったら消せばいいだろう?」

「そうですね…、でわ私は運搬のリストの方まとめておきます」

「ああ、頼む… これが成功すればオレも…」











中年の男、ダグラス=マクラリス

人目を憚るように、ひっそりと洋館に身を潜める彼には夢があった

それは、金持ちになること

誰もが持ちえない巨万の富と権力を得ること

人間が誰しも持つ欲望だが、彼はその生い立ちの性か金への執着が凄まじかった



金さえあれば彼の人生は悠々たる物だったはずだ

金さえあれば両親が死ぬことも、裏切られることもなかったはずだ

故に彼は金を求める





10歳のとき天涯孤独になった

親類の家を盥回しにされたが、彼に待っていたのは蔑みと、ただ彼を売ったらいくらという金の算段のみ


全ては金、彼の心はその頃から陰り、蝕まれ、金への執着しかなくなっていった









俺を見下した奴、俺を利用しようとした奴全て、俺の足元に跪かせてやる

そのためには金が要る、膨大な金と、そしてそれに追随する権力が…


金を得るためになんでもやった

殺し、恐喝、演技

全てを投げ出して彼はただ金のみを求め続けた


そして彼はついに見つけた

この洋館に眠る財宝を、決して表沙汰にはできない宝物の数々を





彼は巨万の富の手札、そして今までの功績からマフィア内での地位も確保した


そう、彼の野望は今ようやくその第一歩を踏み出そうとしていた所だった



故に、族にそして同業者に悟られてはいけない

そのための、運び屋、護衛、そしていつその存在を消しても問題にならない存在





=か…」

彼にとって彼女はただの道具にしかすぎない


しかし、それでも・・・のいた数週間で彼の中の何かが変わったように思える


ただの道具ではない何か、彼がその人生で始めて人と認識することができた存在なのかもしれない


その人形のような振る舞いと佇まいのどこに人間を見出したのかは彼にはわからないが・・・

もしかしたら似ていたのかも知れない、と彼はふと思う

彼はに何か同じ匂いを感じていたのかもしれない




ただそれでも、は道具以上の存在ではない

使えるうちは使う、使えなくなったり裏切ったら消すだけ

ただそれだけの存在だ













にしても、まさかあんなガキがあれほど使えるとは思わなかったな


ゆったりとしたリクライニングチェアーに腰掛け、鬱蒼とした暗闇を称える窓の外を見やる


ああ、が来た日こんな寒々とした夜だったな








護衛と運び屋を募集していたという情報に惹かれてここへ来たという少女、


その筋の奴に少女の素性を調べさせたが、一切情報が出てこないまさにうってつけの存在

高い金を出さないと手に入らない、流星街の住人を安価で雇えるようなものだ

そのうえ運び屋としての仕事も速い

どの様にやっているのかは聞いたことはないが、普通の奴なら倍以上はかかる仕事を半分以下の時間でこなしてしまう

そのうえ確実に届けて帰ってくることから、少なからずには多少の信頼を置いていた




これだけ使えるなら、正式に雇って俺の側近にするのもいいな


幼いながらも可憐な容姿と立ち居振る舞い

王には后が必要なもの



それも悪くないな、と思っている自分に自然と笑いがこみ上げてきた


こんなに人生が楽しいと感じる瞬間は、彼にとって初めてのことだった































「決行日は3日後、取引先の協力で運び出すつもりらしい。連絡を待つ」


あたしの手の平から、一筋の線が飛び立つ


黒いそれは空中でまるで鳥のように翼を羽ばたかせ、あさっての方向へと飛んでいく


さて・・・と、あとはこの手紙を偽造するだけ





右手に持っているダグラスから預かった手紙をあたしの能力で変質させる


その物質が持つ情報を全て書き換える


既にこの世に存在していない相手に向けられた手紙


この手紙を託した彼が…、それを知ることはない


分解、再構成を経てあたしの手の中に前のものと寸分違わぬ手紙が姿を現す



これでよしっと



あとは連絡を待つのみ









暗い月の光がまるであたしを包み込むように頭上で鈍く輝いていた

























「ごくろうだったな 下がっていいぞ」

「はい 御用がありましたらまたお申し付けくださいませ」


に手紙を託してから2時間か…

まさかセイマンの所からそんな速さで戻ってくるとは予想もしていなかった




車で飛ばして往復しても5時間はかかる場所だぞ・・・?


どうやって運んでいるのかに聞いてみたことがあったが、彼女はまるで答えようとしなかった

ただ一言、企業秘密というだけ


興味はそそられたが、彼女から発せられる明らかな拒絶のオーラと、妙な威圧感でそれ以上問いただすことはできなかった



結局、彼女がちゃんと仕事をこなしているということで、深くは問い詰めないことにした







のことを知ろうとすればするほど、彼女の存在がより希薄に、そして危ないものになっていくような、そんな悪寒をいつしか彼は覚えていた・・・
























”準備が整い次第、使者を送る。手はず通り3日後に向け準備していてくれ”





簡潔な文字で書かれたから受け取った手紙の文体は、旧友のセイマンのもの

いや旧友というのは違うか

金さえ払えば確実に、そして性格に仕事をこなしてくれるそんな仕事仲間






「セイマンも準備はできているようだな、あとはこっちの運び出しの準備さえ終えれば…」



計画の成功に向け、事は万事何事もなく進んでいく



部屋のソファーにもたれかけ、窓から見やる天上は、彼の計画の成功を祝しているように光り輝いていた…

























バッサバッサ




黒い鳥が廃墟の一角に辿り着き、その身をビルの中へと翻す

暗い廃墟の中を迷うことなく突き進み、やがてパソコンの光と数人の人間が屯している部屋へと辿り着く


「お、からの連絡かな」


一人の優男風の長身の男性が、黒いその鳥をそっと手で包み込んだ