「ただいまー」

「よいしょっと、…フィンクス結構重い」

「それはすまねぇな、ってて」

3者3様の第一声

ACEの襲撃から3日、あたし達はホームまで戻っていた















「また酷くやられたね」

レイランの攻撃で負傷したフィンクスをマチの元へと運び治療する
簡単な傷の処置は終わっているが、その傷は深くとても応急処置で処置し切れていない

強化系だからこそ驚異的な止血能力と、回復力があるけどとてもじゃないが傷を完治させるには至らない
ただそれ以上の悪化を防ぐのが精一杯


ここまでフィンクスを運んできたシャルはクロロに報告があるためにクロロの部屋へ向かい、
あたしはこうしてフィンクスの治療の様子を見学中

というかマチにここに居ろって言われたんだけどね


「すまねぇな できるだけ痛くないように頼む」

「馬鹿いってんじゃないよ まずは止血からするから傷口の周りのオーラ消しな」


フィンクスの脇腹に穿たれた大き目の穴
オーラで傷口を覆っている間はただの黒い空洞だったが…


ドポッ

傷口を覆っていたオーラが消えるのと同時に大量の血が溢れ出す


「うぉおお死ぬ、死ぬって!!」

「黙ってな それじゃいくよ」


"念糸縫合"


マチの身体を覆っているオーラが糸状に変化し、一本の針を介しフィンクスの傷口を縫っていく

脇腹の破れた臓器の壁、欠陥、細胞、骨をミリを凌駕する細かさで縫い取っていく

「欠損部分が多いね あたしの念糸縫合じゃ止血と応急処置程度にしかならない」

「なっ!おい、まじかよ?!」

「あたしのは繋げるのが専門だからね ないものはどうやっても作りようがないから
 あとはに頼みな」

突如振られる話題、まぁ予想はしてたけど…


「あたしのは回復するわけじゃないから痛みは取れないけど、いい?」

「ああ、腹にこんな穴開けられたまま生活するの嫌だからな、頼むぜ」

「りょーかい、じゃこれは別料金」

「なっ、金取るのかよ!」

「あたりまえ 慈善事業じゃない」

「ちっ、わかったよ その分しっかり頼むぜ?」


「マチ、縫合の方お願い」

「この分もフィンクスに請求…」

「なっ、まじかよ!?」

「じゃ、いくよ」



”訪れし漆黒の世界(ストレイワールド)”


フィンクスの傷口に触れたあたしの手にオーラが集まり、擬似的な肉の塊を具現化していく
それはフィンクスの肉体にぴったり合う大きさまで成長し、マチの念糸縫合で結ばれる

リメイク
換装、あたしの能力
 ストレイワールド
訪れし漆黒の世界の応用技で、構築される空間を極限まで圧縮し、そのものを具現化する能力
ただしそれは模造品であり、完全になじむまでは痛みも取れないし、身体の一部として機能しない模造品


「終わったよ じゃあ代金後で持ってきな」

「おー、見た目は完璧だな!すっげぇ痛いけど」


あたしが具現化し、マチの念糸縫合を終えたそこは既にくっつき、わずかな傷跡を残すのみ




「?」

突然扉の方からあたしにかけられた声
扉の所にはいつから居たのか、シャルがこちらを眺めている

「クロロが呼んでるよ」

「わかった フィンクス、1、2日は身体あんまり動かさない方がいいよ 馴染んでない肉が崩れるから」

フィンクスとマチを部屋に残し、あたしはホームの廊下へと出る
部屋からはフィンクスとマチの値段交渉の声がいつまでも響いていた












「戻ったか、

「うん」

クロロの部屋
部屋の真ん中に置かれた椅子に座り、瞑想にふけるように何かの書を読みふけっている

「深緑の月はシャルから受け取った ご苦労だったな」

淡白な受け答え
それはあのときから変わらない応答

クロロから幾ばくかの報酬を受け取り、いつもどおり部屋から出て行こうとしたあたしに声がかかった

「ACEにあったらしいな どうだった?」

突如投げかけられた質問
クロロがゆっくり本から目を離しこちらに顔を向ける

「…よくわからない。 ACEってどんな集団なの?」

「ACEは以前話したとおりハンター協会直属の部隊だ。当初その設立理念はハンター資格を持つもの、
 念能力を持つものが逸脱しすぎた行動をしたときの抑止力だったらしい。
 ただそれが今では一部の連中の殺戮部隊と化しているらしい」

オレ達にとっては天敵の一つだ、と付け加える
普段のどこか余裕に満ちた表情と違い、虚空を睨み付けるような厳しい表情

その仕草が幻影旅団と、ACEの幾度もの戦歴を表しているよう


「ACE 天敵…」

あたしの脳裏に浮かぶ彼らの姿
5人の中では弱い部類だと思われる、爪の男と大男さえ油断していればやられるような存在

そんな彼らを圧倒する能力者たち

悪寒が身を走る


そんな彼らに狙われているという事実と、


妙に愉快な、…歪な感情






ふっとあたしのほうを見ていたクロロが、何かに気づいたかのようにあたしの腕を取る

「?」

「……、またアレを使っただろ」

あたしの手をとるクロロの視線の先には、あたしの鬱血した皮膚
それはほんの少しで、よく見ないとわからないほどだったが確実にその存在を主張し続ける

「アレはできるだけ使うなといっただろ!そんなに自分の肉体を傷つけたいか!?」

珍しく激昂するクロロ


その理由は…わかってる
クロロからあの力、右目のあの力はなるべく発動するなと言われている
あの力、右目を解き放ちあたしの限界以上の力を呼び込む力はその力の大きさからあたしの体をも蝕む
使用するたびにあたしの身体の一部が欠けていく

ばれないと思ってたんだけどな…


使うたびに身体の一部ずつが欠けていく、そんな歪な能力

最初知らずに使っていた頃は自分自身でも気づかなかった
ただその能力を使った後しばらく身体の不調に悩まされただけ

その副作用に最初に気がついたのは、クロロとシャル
仕事の後何かに気づいたかのように、あたしの背中を見るとそこにはまるで野獣にごっそり肉を抉られたかのような傷がついていた
次は指の骨が一部消えていた
その次は血液の一部

能力を使うたびにあたしの身体は歪になっていく
まるで子供に遊ばれる玩具のように、徐々に少しずつ少しずつ風化していく

痛みはない…
いや、感じない
痛みという感覚など等に失ってしまったのだから、ただ何かが足りない喪失感があたしを襲うだけ


でも、全てを失う事になったとしても、あたしには能力がある
模造品を複製する力

でもそれは…、ほかの人にとっては自分の肉体の一部とすることも可能だが
あたしには模造品
それ以下でもそれ以上でもない
それが念による制約なのか、あたしの体質なのかはわからないけど
クロロからはこの能力の副作用が知られてからは使用をできるだけとめられている


「……ごめん」


「いや、だが今後は気をつけてくれ」


気をつける…
それはあたしの身を案じて?
それとも蜘蛛にとってあたしの能力が必要だから?

クロロの表情からは何も読み取れない
ただあたしのほうをじっと見ているだけだ


「しばらくに仕事の予定はない 失った部分の再生の時間もいるだろう ホームで休んでろ」




そういい残したクロロの声を背にあたしは部屋を後にする


背中に響く鈍い痛みと鬱血した腕が、あたしとACEとの戦いを現実だったと、それが現実だと認識させた



爆散した大男の身体、砕け散った爪男の心臓

手の平に残る生を持っていたものの生暖かい感触


蘇る死の刹那
生を持つものの最後


その苦痛の表情が、その血が肉があたしの頭の中を一杯に埋め尽くす


そこあるのは虚空のみ

あたしには何の感慨も…起こらない
















「……くそっ!」

その苛立ちは誰へのものか

の去った扉を追うようにして視線を向ける

鬱血していた腕、話はシャルから聞いていた

ACE5人とフィンクス、で戦っていた事

恐らくあの能力を使わざるを得ない状況になった事は簡単に推測できるが

自分の気持ちに整理がつかない


蜘蛛に便利な能力だからか?

それとも別の何かか?


扉を去った黒い少女はただの旅団員

蜘蛛のためなら命を捨て、蜘蛛の存続を最優先させる存在

ならばなぜ、こんな気持ちになる?

オレ達が拾った日から、表面上では団員達と何事もないように接し続けている

だがその裏はどうなんだ?

決して見せる事のない少女の内面、黒く、飲み込まれそうな少女


故に興味の種は尽きない

その内面に何を抱え込んでいるのか

その黒い瞳は何を写しているのか


1団員としてではなく、という少女が持つ何かに惹かれている自分が滑稽で、それでいて不思議な感じだ

興味がある、故にまだ手放せない

蜘蛛のために、そしてオレのために

痛みと感情を忘れてしまった、ちいさな少女を…





















やっぱりクロロに気づかれた

ホームの中のあたしの自室
ただベットと机があるだけでほかは何もない石造りの個室

そっと自分の鬱血した腕をさする

能力の代償
自分でも気がつかないうちに自分の身体を蝕んでいく能力
その力の大きさの代償に、あたしの肉体を削っていく能力

そっと添えた腕をはずす


「帰ってきたか?」

乱暴に扉が開けられ突然かけられた声

レディの部屋なのにノック無しですか

扉を広げ佇むフィンクスの姿


ふっと気が緩んだのか、油断していたのか


「ぁ…」



ずる…


あたしの右腕が嫌な音をしてずれ落ちた



ごろん

石造りの床に転がる、あたしの腕
肘から先の腕だったもの

鈍い音が部屋に広がる


「……」


「……」


部屋に広がる沈黙


「おいッ!その腕どうしたんだよッ!?」


「……なんでもない」

「なんでもなくねーだろ!右腕がちぎれちまってるじゃねーか!」


フィンクスの言葉どおり、あたしの右腕は肘の辺りからもげ落ちていた
そう、それはクロロに指摘された鬱血した皮膚の辺りから

血も何も出ていない、ただそこから先の腕があるべき場所にないという事だけ


「気にしないで」


こんな所でばれるとは思っていなかった
隠し通せると思っていた、現にクロロには隠せてたし

鬱血していた皮膚、それはただの模造品

本当はあの能力を使ったあと、右腕がまったく動かなくなっていた

ホームに向かう途中で、換装で肉を模造していたけど…

それはあたしの肉となるには時間があまりにも少なすぎた


失った、骨、欠陥、血、皮膚、筋肉

あたしの右腕の肘辺り、幅1cmほどの消滅


気が緩んだあたしの右腕の模造品は、腕に定着していることなくずるりと落ちた

ただそれだけ、痛みもないし、特に自分で気にはならなかった



「気にするだろっ!お前こんな腕でここまで帰ってきたのか!」

「フィンクスだって脇腹に大穴開いてたくせに」

「そんなこと言ってる場合か!マチを呼んでくる」


「待って…っ」


部屋から出て行こうとするフィンクスを呼び止める
あたしの腕は再度能力を使い既に引っ付いているし、なにより…

「なんだよッ」

「…マチさんの能力じゃあたしの腕くっつかない…から……」

「ッ!?」

「だから…気にしないで」


そう、あたしの換装の能力、あたし自身にかけられた制約
他の人に生成した模造品は、たとえば先ほどのフィンクスの怪我のときのようにマチの念糸縫合とかで限りなくもとの状態までくっつける事ができる

でも、あたし自身にその能力を使ったときは…

肉が安定するまで時間がかかり、さらに他の念による治療を受け付けない

故にマチの念糸縫合じゃあたしの腕は繋げない


ただ右腕に集中するあたし、何か思案するように視線を巡らしているフィンクス
ものの1分も立たないうちにフィンクスは部屋から出て行った


部屋に沈黙が戻る
再び生成された腕の継ぎ目は押さえてないと直ぐにずれてしまいそうなほど脆い



まるで1秒が1時間にも2時間にも感じる感覚
模造品の腕はあたしをあざ笑うかのように重みを携えていて、それでいて酷く無機質


どれだけ時間がたったのだろう

突然開かれたドアの音にあたしの意識は今に引き戻される


「ちっ、こんなものしかなかったけど まぁ、応急処置にはなるだろ?」

ドスンと置かれた大き目の救急箱と、包帯がごろごろ
家庭用の医療用具といった感じではなく、どこかの病院が使っていそうな治療セット


「…これどうしたの?というかあたし片手だから使えないんだけど」

「あぁ!?そんなことは気にするな 腕を出せ」

「??」

言われたとおり、腕が千切れていた方の腕を出す
途端にぐるぐる巻きつけられる包帯と、ギブス

「えっ、えっ…?」

予想外のフィンクスの行動にあたしの意識は虚空を巡る

え???

「念の治療ができねーなら、こうやって包帯でも巻いといた方が直りが早いだろ」


…あ
もしかしてあたしの腕のこと心配してくれてるの?

こんなあたしの模造品の腕のことを


床に置かれた救急箱
こんなのはホームで見たことがない


「これ…どうしたの?」

「ああ、ホームのどこにもなかったからな 病院から盗っ、いや拾ってきたんだ」

あわてて言い直すフィンクス
どぎまぎしている辺りが、彼が本当は嘘がつけない性格だと如実に伝えてくる


あたしのために…?
あたしのためにこれ盗ってきてくれた…っ?


そうこうしている間に、あたしの腕にはぐるぐると包帯が巻かれ続けている
お世辞にも綺麗に巻いてあるといえない包帯、でも一生懸命巻いているフィンクスの姿があたしには妙に嬉しかった

ぽっとココロがあったまる
こんなことは、ずいぶん久しい感じがする


「こんなもんだろ 痛くねーだろ」

「……」

本当は少し痛いその包帯、でもでもそれよりも…


「……ありがと」

ぼそっとあたしの口から気持ちが溢れ出る
ただの感謝の言葉、でもそれはあたしの内面から溢れた言葉

括約筋が緩み、あたしの顔の力が抜ける
この表情、長い事ずっとしていなかったこの表情
なんていう名前だっけ…


「早く治せよ」


突然ぶっきらぼうな口調になり、ずかずかと部屋を後にするフィンクス
その顔には少し赤みが差していた…










「いってー!ちと無茶しちまったか」

脇腹からうっすらと血が滲み出る
マチからもからもしばらく運動は控えた方がいいと言われたばかりだが、

何故かは知らないがそのの、部屋で右腕がもげている少女を見た途端居てもたっても居られなくなった

念でも治らない傷
ホームに救急箱なんてものは存在していない、なら…盗って来るだけ


応急手当なんてした事ねーからあれでいいかわかんねーけど

ただ最後に見た、4年間ずっと見たことがなかったの表情が妙に頭に残っている

あいつ…笑えたんだな

蜘蛛に入ってから、いやオレ達があいつを見つけてからずっと見たことがなかった表情
笑っているのは見たことがあった、でもそれはなぜか酷く歪で

今日見た笑顔とはとても似ても似つかないもの


あいつ笑うと…


あー、だめだだめだ!!

こんな事考えてるとまたあいつらから何言われるかわかったもんじゃーし


ふらふらと廊下を自室に向かって移動する
ただ呆然との笑顔を思い起こしながら…











「ニヤッ」

その様子を廊下の柱の影から眺めていた、シズク

普段ならそんな視線直ぐに感じているフィンクスだが、今の彼にはシズクの視線を感じる余裕なんてなかった




次の日フィンクスを待っていたのは、団員全員の尾ひれも背ひれもついた噂の数々だったとか