チュンチュン

静かな朝が訪れる

朝露にぬれた草花、朝日を反射する湖畔、鬱蒼とした空気から開放されていく木々


朝の目覚めを祝福するかのように、あちこちで動物の鳴き声が響いてくる




「ん…」

あたしの瞼に差し込む日陽

優しく、そして力強い朝の光があたしの意識を覚醒させていく



あたしの意識が目覚めるのと同時に、


森は生命の光を宿していった
























                    
ホーム
あの仕事から1ヶ月、あたしは本拠地から国二つ離れた森の中にやってきていた

仕事でもなんでもない、ただのあたしの気まぐれ

模造品の右腕は既にあたしの身体と馴染み、生活に支障がない程度には動かせる




本当は誰かの傍にいれなかったり、周りに人がいないのは怖いんだけど

仕事の後、特にあの力を使った後は、無性に一人で森の中とかでぼーっとしたくなる


森の中をふらふらし、ただそこにある物を食べ、気が向いたら念の修行をやる

それ以外はただ森の中でぼーっと過ごすだけ

そんななんでもない日常でも、あたしにとっては大事な時だった



森の中は暖かい、あたしを追いやる何者をも存在しない

動物達はあたしの存在など気にすることもなく、ただ彼らの日常を送り続けている

魔獣にも会うことはあったが、特に彼らから危害を加えられることもなく、ただあたしという存在を珍しそうに眺めているだけだった


森の彼らがあたしに危害を加えることはほとんどない

彼らのテリトリーに侵入してしまった時、威嚇されることもあるが、ちゃんと彼らのルールさえ守っていればなにもしてこない





世界はあたしを嫌っている、あたしは世界に拒絶されている


でも、そんな世界でも、森の中にいられるときはほんの少しだけど、あたしの心を優しくする


黒いあたし、世界を拒絶してるあたし


ただほんの少し、手で零れ落ちてしまうほどでもいいから、あたしにちょっぴりの優しさを下さい





























どこいったんだろ?」

シャルがホームの中を探して回る



の部屋は…いない

いつも本読んでる部屋は…いない


不意にトレーニングルームでフィンクスがトレーニングをしているのが視界に入った


「フィンクス、もう身体はいいの?」

「あの程度の怪我1週間もあれば余裕だぜ?」

余裕であるというポーズを見せるように、フィンクスは傍に落ちていた瓦礫を砕く

「戻ってきたときにはひぃひぃ言ってたのに?」

「なっ、そんなこといってねーよ!」

あわてて否定してるが、残念

フィンクスをここまで運んできたのはボクだし


「まぁそういうことにしておくよ。ところで、知らない?」


あたふたしているフィンクスをいじるのはこの辺りにしておいて、本来の目的を尋ねる

「あぁ? そういえばここの所見てねーな。背中の傷も大体治ってたみたいだし、いつものアレじゃないか?」


そこまでフィンクスの言葉を聴いて、ああと閃く。

そっか、あの能力使ったみたいだから、またいつもみたいにふらっとどこかに行ったのか


なぜこんな簡単なことに思い至らなかったのだろう、ちょっと考えればわかることなのに


なんか無性に悔しいからフィンクスをからかっておくことにしよう


「さすがフィンクス、の事よく見てるんだね」

なるべくフィンクスの神経を逆なでするように言う


「な、ちげーよ!あんな奴のこと見てねーつぅの!」


予想通りの反応を返すフィンクス


とりあえず気分は晴れたので、なんとかと連絡とる方法探すかなー

あ、でも携帯持ってないからなぁ


「俺はのことばっかり見てねーぞおおおおお!!」


背後から聞こえる叫び声を聞き流しながら、再びホームの中を歩き始めた






























「こんな所で何をしてるんだ?」


ッ!

不意に頭上からかけられた声に、あたしの意識が一気に覚醒する

何で気づかなかったの!?

ほとんど感じなかった気配、絶か…

とすると、相手は念能力者

この距離で襲われたらちょっとやばい



後方に飛び去りながら、起きるときに拾っておいた石礫を相手に向け投げつける

あたしの動きに周りにいた動物達が驚いたように逃げ出し


「っと、危ないな」


その言葉とは裏腹に、大して気にする様子もなく男はあっさりと石礫を避ける


こんなのでどうにかなる相手ではないことは百も承知


ほんのちょっとの時間を稼ぎ出したあたしは、傍においておいた漆黒の剣、サウザンドを構える



長身、銀髪、ベレー帽みたいな帽子をかぶった男

ぱっと見外見からは優男風に見えなくもないけど…、その身体から発せられるオーラは並大抵のものではない

かなりの実力者、気を完全に抜いていた自分に苛立ちを感じる


相手とあたしの距離はおよそ5メートル、とてもじゃないが能力を発動している時間なんて与えてくれないだろう




「ちょ、ちょっと待て。別にお前に危害を与えるつもりはない」

不意にあたしの思考を遮る様に、男が話しかけてくる

攻撃する意志がない事をアピールするかのように、両手を横に広げ、念による警戒を解いている



「…………」


相手は念能力者、例え相手が素手だろうとどんな攻撃を仕掛けてくるかわからない

解くべきではない警戒、仕事上こういう相手には何度も対峙していて、そのやり口はわかっている



わかっている、わかっているはずなのに…


あたしには何故かこの男がそのようなことをする人物でないような気がしていた


即視感?


よくわからない


不思議な感覚、あの日失ったはずの感覚


この優しい森の中だから、あたしをこんな妙な気分にさせるの?





サウザンドを下ろし、念で作っていた警戒を解く


無防備、全ての警戒を解き、ただ無防備に相手と向き合う


今攻撃されたら、あたし即死だなぁ


そんなことを思いながらも、絶対に相手が攻撃してこないだろうという確信もある。




「驚かせてすまなかったな、こんな所に人がいるのが珍しくてな」

男は帽子を深く被り直すような仕草をした後、妙にそっぽを向いたような表情で話しかけてきた

その頬が妙に赤いのはなぜだろう?


「あたしを狙いに来たんじゃない?」


「いや、たまたまこの近くにキャンプしててな。あー、それよりもだ」

コホンと咳払いをし、男が言葉を紡ぐ


「服を着てくれないか?目のやり場に困るんだが…」


あ…

男に言われてはたと気づく


そっと自分の姿を見下ろしてみると


ほとんど何も身に着けてない?


下着はちゃんと上下つけてたのは不幸中の幸いとはいえ…

こんな誰とも知らない男の前で、あたしずっと肌晒してた?


こんな森の奥深く、誰も来ないだろうと思って、服を洗濯して下着姿で寝ていたのが裏目に出た





途端にあたしの中にある感情が沸き立ち…

全身が真っ赤になる


「きゃあああああああああ!!」



静かな森の中にあたしの叫び声が響き渡った































「だから悪かったって言ってるだろ!?」


ずぶぬれになった服を乾かしながら、男は反論の声を上げる



あの後あたしは思いっきり男を突き飛ばしてしまった

景気のいい音とともにあがる派手な水飛沫

湖の淵に立っていた男は言うまでもなく、あたしの不意打ちの攻撃でその身を湖の中へ投げ出していた




「もっと早く言ってくれれば良かったのに…」

バスタオルを巻いた格好で、焚き火を囲んで男と話す

洗濯していたはずのあたしの服も、男が湖に落ちたときの水飛沫でまた濡れてしまったのだ


いくらこの時期でも濡れたままの格好でいては風邪をひくということで、今は男がキャンプからもって来てくれたタオルを巻きつけていたりする



「お前がいきなり攻撃してくるからだ」


「だっていきなり声かけられたら吃驚するじゃない」


「だから悪かったって」


男の頬が赤いのは、焚き火にあたっているからだけではないだろう

目の前で視線をそらしながら話す男、改めてその容姿を眺めてみる





上着を脱いだその姿は服を着ていたときではわからない引き締まった肉体を称え、各所にある傷が彼の戦歴を物語っていて、
水に濡れた銀の長髪は彼の身体に纏わりつくように絡み、濃密な色気を醸し出している

顔は…かなりの美形

これならそのあたりのモデルなんて目じゃないと思う


「ん?なんだこっちをじろじろ見て」


男があたしの視線に気がついたように、髪を拭いていた手を止める

「ううん、なんでもない」


「そうか、そういえば自己紹介がまだだったな、オレはカイト プロハンターだ」


カイト…、その言葉にあたしの中にあった何かが反応した

消えてしまった記憶がまるで、また再生されることを望んでいるような感覚


あたしこの人…知ってる?


記憶にはない、でもあたしはこの人を知っていると確信して言うことができる


「どうかしたか?」


「ううん、どこかで見たことあるような気がしただけ。あたしは、 


か、いい名だな。ところでお前は何でこんな所で寝転がってたんだ?」


ふと思い出したかのようにカイトと名乗った男が問う


ああ、そういえば最初にそんなこと聞いてたっけ


「ただの休憩よ。 特に目的はないわ」


「目的もなしにこんな危険な場所に来るか?」


「危険?」


「ああ、このあたりは周辺の街の人も恐れて近づかない魔の森って呼ばれてる場所だぞ? 知らなかったのか?」


魔の森…、そんなことぜんぜん知らなかった

3日ほどこのあたりをうろうろしてたが、特に危ないと思ったこともないし


「知らなかった、でもあたしにとってはその街の方が怖いかも」


言ってから、失敗したと思った

人にこんな事を喋ってしまった、それも今日初めて会ったばっかりの人にこんな事を言ってしまうなんて



「街が怖い? 変わった奴だな」


特に気にする様子もなく話を進めてくれるカイトさんに安心しほっと胸を撫で下ろす。

人にあたしのことを話すのはいやだ


いちいち同情されるのも、蔑んだ目で見られるのも嫌だから…









「カイトさんこそ、こんな場所で何してたの?」

「ああ、オレはこの国の偉いさんにこの森の生態調査を頼まれてな 何人かのチームで行動してるんだ」

「生態調査…、ほかの人たちは今はいないの?」

「ああ、昼前には戻ってくると思うがな。 帰ってくるまで待つか?」

「ううん、いい。それよりもカイトさんがこの森でどんなことを経験したかが聞きたいな」


どうしてあたしはこの人の前では、あの頃と同じような気持ちになれるのだろう

ほんの少し前のような、それでいてずっとずーっと昔のような気持ち

あたし自身ですら忘れていた、その妙な感覚にあたしは名前をつけることができなかった




森で会ったこと、ほかの仲間達との会話、じゃんけんに負けて食事当番ばっかりやっていること

まるで長年友達をやっているかのように、あたしが適度に相槌を打ちつつカイトさんとの話に熱中していく

カイトさんも他の仲間がいない間相当暇だったのか、適度に休憩を挟みながら、その声がとまることはない


なんか不思議な感覚、蜘蛛にいるときにはなかった感覚


ほっとするような、そんな安らぐ感覚



今はただあたしのこの身を支配する優しい感覚に、ただ身を任せていたい気分だった…


























日が頭上を指す

服はすっかり乾き、既に暖を取るための焚き火も必要ない


「っと、そろそろあいつらが戻ってくるかな」


それは終わりの言葉、あたしとカイトさんの短い蜜月の終わり


「じゃあ、あたしもそろそろ行く」


ほんの少しの寂しさ、ほんの少しの空虚感


ぺこりとおじきをし、踵を返すあたしの背中にカイトさんの声がかかる



、ハンター試験を受けろ もしかしたらそこでお前の失ったものが見つかるかもしれない」

「え?」

その言葉の意味がわからなく、カイトさんの方に向き直ると、その姿は既に森の奥へと消え去っていた



あたしの失ったもの?

よくわからない…



あたしのことはほとんどカイトさんに話さなかったのに、
まるであたし自身が知らないことすらも見抜かれてしまったかのような言葉











でもそれが不快ではなく、


何か大事なことのような気がして、










あたしはずっとずっと森の中でその言葉の意味を探し続けた