ザバン市、ツバシ町

あちこちに聳え立つ建物、往来する人の多さ

そこそこ大きめの都市の様相をそこは成していた



その一角、街の中に聳え立つ大きな建物
まるで天をも突きそうなその建物は、堅固といった感じのつくりで見るものを圧倒している


「うわー、すっごい…」


ハンターの試験会場
シャルから聞いたそこは、どんな場所かと思っていたら…







「定食屋…」


定食屋
トンカツと目玉焼きというわけのわからない看板を掲げている飲食店


ここ…だよねぇ
ふと感じる不安
シャルが間違えるなんて事はないと思うけど…

あたしはそこが有名なハンター試験会場だとは思いたくなかった


横に聳え立つ立派な建物がハンター試験の会場ではないかと目を疑いたくなるほど、そこはこじんまりとした飲食店


しかし先ほどからしばし眺めていると、明らかに出てきた人数より入ったままの人数が多い
それにご飯食べに来ましたっ、って感じの人少ないし…

なんか長物持ってる人とか、忍者っぽいのとか、明らかにカタギじゃない人達






朝ごはんには遅いし、昼食には早すぎるそんな時間帯の割りに、その店の周りだけは異様な雰囲気を醸し出していた






多分ここであってるのよね

そう思い直し、1時間ほど座っていたブロックから腰を浮かしその店の前に立つ


店の前に佇んでいるあたしに、絡みつく視線
通りすがりの人達、店の中に入っていく人達

様々な人の視線があたしに絡みつく



それはどんな感情なのだろう?


興味?同情?好意?それとも?

例えどんな感情であっても、


その視線の数々は鬱陶しい限り
さっさと店に入った方がいいかな


覚悟を決め、あたしはいい匂いが漂ってくるその定食屋へと足を向けた。




































「よかった、戻ってたんだね」

カイトさんと出会ってから1週間

しばらく森をふらつき、ホームへと戻ってかけられた第一声がシャルのそれだった




「ただいま、シャル 探してた? 仕事?」

シャルが向こうから声をかけてくるときは、大抵何か用事があるとき

あたしも聞きたいことがあったからちょうどいい
ハンター試験ってどういうので、どうやって受けるんだろ?


「仕事じゃないんだけど、ってハンターライセンスってもってなかったよね」

!!
聞こうとしていた質問の内容をいきなり提示された
                               
デジャヴ
あたしの考えてる事でも読まれてしまったかのような即視感



「もってない」

「じゃあちょうどいいね。 1ヵ月後にハンター試験があるから、受けてみない?」

「ふぇえ!?」


クリティカルヒット
あたしの言いたかった事が、ど真ん中ストレートで返球されたし

でも…、

「な、なんで?」


咄嗟に出た我ながら間の抜けた返事

だってあたしが今シャルに聞こうとしてた事と一緒ってことも気になったけど、それ以上になぜハンター試験を受けるという話になったんだろ


も蜘蛛として後方支援に大分慣れてきたみたいだから、ハンターライセンス取っといたほうがいいと思ってね。
 一年に一回しかない試験だし、持ってるといろいろ便利だよ? 仕事で進入禁止区域に入るときもライセンスがあれば大抵フリーパスだし、
 電脳ネットで情報を集めるときも、ハンターライセンスがあるとないとじゃ全然違うしね」


ああ、蜘蛛の仕事としてあると便利って話ね
たしかに聞いた限りハンターライセンスがあると大分違うらしいし

以前シャルがハンターライセンスを使ってハンター専用サイトから情報を引き出していたのを、横で見ていたことがある
その情報は、もうあんなことやらこんなことまで
お金があればどんな情報でも入ってしまうそのハンター専用サイトの凄さに驚き

それ以上に絶対に自分の情報は漏らせないと恐怖したものだ


だって、ふつーに身体情報やら家族構成やら、それにあんなことまで載ってるんだもん

絶対こんな場所に載せられたくない




「そうだね、進入の仕事のときも国に忍び込むのも一苦労だし…」


あたしの蜘蛛の中での主な役割は、斥候と攪乱、幻惑

ターゲットの内部に潜入し敵の情報を伝えたり、内部から攪乱したり、相手を幻惑するのがあたしの仕事


いつもは国と国の境目とか、進入禁止区域への侵入のときは、あたしの能力を使って忍び込んでたりするんだけど、
それでも時々結構使える念能力者が見回りしてたりして焦る事が多々ある



そのためにハンターライセンスがあったほうがいい

侵入する際のリスクも少なくなるし、相手に潜り込むときの隠れ蓑にもなる

それに、ライセンス獲得以上にハンター試験を受けてみたいというのが本音だったり
カイトさんのあの言葉の真意を探せるし、休養中ちょうどやる事もなかったし

ホームでぼーっとしてたり、修行しててもいいけど、時々息が詰まりそうになったり、時々妙な破壊衝動に駆られることがあるし



でも、あたしがハンター試験を受けるためにはハードルがいくつもあるのよね




「で、クロロは受ける事承諾してくれた?」

それこそが最大のハードル

クロロが許してくれるとは到底思えない




あたしの予想通りシャルは言葉を詰まらせ、視線は宙を泳がせている

シャル…クロロの事考えてなかったな
理知的で何事も冷静に判断しているシャルだけど、何かを伝えたくて待ち遠しかったり、焦っていたりすぎると
時々妙なミスをすることがある

まぁ、それでもシャルの計画にはほとんど支障がないものばっかりだったり、思わず笑ってしまいたくなるようなミスばかりなので
旅団員達も普段からかわれてる分、ここぞとばかりにシャルを攻撃しまくっている


そんなシャルのミス

クロロへの確認


かなりきついよね…
クロロはあたしが外へ行く事をあまりいいことと思っていないっぽい


以前、あたしが街へ一人で買い物に行くといった時も、猛反対して行かせてくれなかったし

仕事以外のとき一人で出かけるのは散歩くらいなもの

その散歩でさえも、最初のうちはクロロを説得するのにかなりの労力を要したのはまだ記憶に新しい



そんなクロロが、結構時間がかかりそうなハンター試験行きを許してくれるとは到底思えない





が言えば た、多分大丈夫だよっ」

「…………」


じとー

すっごいシャルの目が泳いでるあたりに根拠がまるで伺えないし

まぁでも、ハンター試験、カイトさんが残した言葉

こうしてあたしにチャンスが巡ってきたのは、何かの運命としか思えない



なんとか頑張ってクロロを説き伏せようっ!













「だめだ」

うわー…

開口一番拒否されたし

そんな即答しなくても…

せめて考えるとかしなさいよっ


「なんで?」

「必要ない」

「うぇぇー!? ハンターライセンスがあったほうが絶対楽」

「オレもそう思うよ団長、の仕事の内容から言ってライセンスあったほうが楽に仕事できるしね」


「む…」

シャルもあたしがハンター試験を受けるのに賛成してくれている
さすがにあたし一人だけだったら

「だめだ」

「行く」

の押し問答が続いただけだっただろうけど、蜘蛛の中でも計画を立てたり、情報を探してきたりで
蜘蛛として中枢といえるシャルがこちら側についてくれたおかげで、クロロの返答にも多少の迷いが出てる


「むむ…だめだ にはまだ早すぎる」


依然としてyesと首を振らないクロロ

あたしとシャルのコンビ攻撃でもダメ
そうなると…


ガチャ

ちょうどいい感じに、広間の扉が開いた



「団長、この仕事の事なんだけど…ってあら?」

胸元が開いたセクスィーなスーツに身を包んでいるのは


「すまんパク ちょっと取り込み中でな」


旅団の良心、パクノダだった

タイミング的にナイスすぎっ
あたしがこっそりとガッツポーズしたのは言うまでもない









「……というわけなんだ パクはどう思う?」

突然やってきたパクは興味津々といった感じでシャルから説明を受けている


こっそりクロロの顔色を伺うと…

ポーカーフェイスをしているその表情からは

「やばい…」

といった感情が見え隠れしてる




「そうねぇ… あたしはがハンター試験受けるのは賛成よ 蜘蛛の仕事も完璧にこなせてるし」


「むむ…」


「それにちょっと団長、過保護にしすぎよ?」


「なっ、そんなことないぞっ」


あわててパクの言葉を否定するクロロ

かかった…、そんな表情をシャルが見せる


「じゃあハンター試験くらい受けても大丈夫だよね? の能力なら余裕だよ」


「そうそう、蜘蛛としてもがハンターライセンス持ってると大分違うと思うわよ?」


かくして、あたしと(というかあたしほとんど喋ってないけど…
シャルとパクノダの説得によって、クロロはその首を縦に振らざるをえなくなったのだ


「ついでにしばらく自由行動してもいいわね」

というのはパクのお言葉


ただクロロはその部屋でしばらくうなり続けたという…






長引きそうなら連絡をしろってクロロとシャルにすっごい念を押されたけど、

何はともあれ、あたしはハンター試験受験資格を勝ち取った





ホームに居ると、またクロロに何か言われそうだったからすぐ出てきちゃったけど
















そんな出来事があり、あたしは今こうしてハンター試験会場へと辿り着いたのだった


開催場所はシャルが調べてくれて、あたしは会場までフリーパス

本当は会場を探し当てる事も試験の一環らしいけど、場所さえわかってれば関係ない


まぁ、まさかこんな場所だとは思ってなかったけど…
















店内から漂う、様々な匂い

肉の焼ける匂い、野菜のこげる匂い、炊き立てのご飯の匂い


その定食屋の中は、あたしのおなかを刺激する匂いで満ちていた


うわー、美味しそうな匂い…
最近店で買ったパンしか食べてなかったなぁ


そんな事があたしの頭を過ぎる

だめだめだめっ
これからハンター試験なのに、ゆっくり定食屋でご飯を食べてる時間もない



あたしのお腹を刺激するおいしそうな誘惑に打ち勝ちつつ店の中へと足を進める





「いらっしぇーい!!ご注文はー?」

恰幅のいい中年のコックが一人、気さくな返事を投げかけてくる

店内は食事をするには中途半端な時間にもかかわらず、お客さんで活気に溢れている

地元では有名な店なのだろう

この近くで働いてるっぽいサラリーマンやら、いろいろな服の人が美味しそうにご飯食べてる


まぁ、あたしなんかめっちゃ浮いてるけどっ

店の客がこちらをちらちら見てくる視線が、意外と鬱陶しい


さっさと用件済ませちゃお



「ステーキ定食 弱火でじっくり」

本当はステーキ定食より、ハンバーグが食べたい所だけど…



こちらの様子に注意を払いながら、その手は止まることなく動き続け料理を作り続けていた店主のの表情がぴくりと変化し、
ウェイトレスと思わしき女性が近づいてくる


「こちらへ」


案内された部屋は、お客さん達が食べている部屋から一個奥に入った個室


テーブルの上には綺麗に焼かれたステーキが置かれ、ご飯とサラダが置かれている

うへぇ…
でっかい肉

ふと、これの料金はどうなっているのだろうという、どうでもいい疑問が頭に浮かぶ



この部屋がハンター試験会場へと何らかの形でつながってるのね
置かれたステーキをフォークで突き刺しながら、小部屋を眺め渡す




ふと、あたしがステーキをつっつきまわしてると、
店の入り口からにぎやかしい声が聞こえてきた

あたしをこの部屋まで誘導してくれたウィトレスさんが、部屋の扉を閉めようとしていた手を休め、
そちらの方に向き直っている


あたしからでは壁が陰になってわかんないけど、
声の数が4つ、どうやら4人の団体さん

どうやら声の高さから言って男性の4人組らしい

ただのお客さん?それとも…




にぎやかしい声のまま一人の男が代表して注文を伝える


「ステーキ定食」



この人たちもハンター試験受験者かも…?




「弱火でじっくり」


間違いない


ハンター試験受験のためのキーワード

「ステーキ定食を弱火でじっくり」

誰の好みだ! と言いたくなるようなキーワードだけど、
それゆえに他のお客さんにはわかりにくく、それでいてお客さんが間違えて注文しにくいキーワード


そんなキーワードを伝えた、団体さんはあたしのときと同じように店の奥に案内されてくる




「それじゃがんばりなルーキーさん達 お前らなら来年も案内してやるぜ」

彼らがこの部屋に入る直前、一人の男が添ういい気配を店の入り口へと向けた


恐らく、注文を通した彼はナビゲーターなのだろう



正規の方法でハンター試験を受けようとすると、必ず必要になるのがナビゲーターの存在

毎年行われているハンター試験の会場を正確に把握し、辿り着いたハンター志望者を独自の判断方法で審査し、

それに合格したもののみを会場までつれてくる存在





そんなナビゲーターに連れられてやってきた三人

まだ年端も行かない黒髪の男の子

金髪の一見すると女性と間違えそうな男

長身のスーツ姿の男性


妙な3人組…

同じ街の出身とかなのかな?















あたしの記憶は消えている

あの日、この世界を拒絶した日から、様々な記憶を失っている


なぜか知っていた旅団員達皆の容姿と名前、そして能力


かろうじてその辺りの事は覚えていたが、なぜ知っていたのかまるで思い出せない


他にもいろいろな事を知っていたはずだが…、全てが思い出せなくなっていた


ただ漠然に覚えている事は、あたしがこの世界ではイレギュラーなstrayな存在である事だけ…


















そんなあたしの記憶

なくなったはずの記憶

でも、この3人を見ていると、あたしはなぜかずっと前から知っていたような気持ちになる

そう、まるでカイトさんと会ったときに感じた気持ちと…同じ






でも、この三人とカイトさんとの違い、あたしの中に芽生えた想いの違い


カイトさんのような安心感、あたしをさらけ出しても受け止めてくれるような妙な期待感

なぜこんな事を思うのか謎だけど…

それでもあたしはそう思う、なぜか確信めいた思いさえある





でも、それ故に

もう一つの思いもあたしの中から離れる事はない





彼らと交わってはいけない


あたしが彼らに近づいてはいけない


あたしには彼らと一緒にいることはできない






なぜこのような感覚が出てくるのかはまったくわからない

ただ漠然と、この思いがあたしの失われてる記憶の何かのような気がするだけだった…





















「お、先客かァ?」


長身の男があたしを見つけたようで、訝しげにこちらを見やる


むむ、結構いい年齢いってるように見えるけど、
それでも語気からは若々しい勢い

もしかしたらあたしの想像よりも若いのかも







3人の男達がナビゲーターと挨拶をし、部屋の扉が閉まる


部屋全体が揺れる音

おそらくこの部屋自体がエレベーターなのかも


すると、ハンター試験会場はこの地下なのね





「オレはゴン、お姉さんは?」


突然あたしにかけられた声


これはあたしに声かけられてるのっ?

…お姉さんなんて呼ばれたの初めてで、直ぐに反応できなかったけど
この中で女はあたしだけだから、間違えないだろう


なれなれしくあたしに話しかけてくる黒髪の子供

でもその様子からは無邪気さしか感じられず、他の人から感じてきた嫌な感じはしない


いや、彼ら全員からそんな嫌な感じがしないような気がする




ふいに燻るさっきの気持ち


彼らと関わりたい自分と、彼らと関わってはいけないと告げる自分があたしの中で交差する

でも名乗ってくれたんだから、こっちも名乗り返しておかないとね

まぁ蜘蛛だってことはわからないだろうし





ただ一言そっけなく返す



「あんたもナビゲーターに連れられてきたのかい?」

不躾に問いかけてくるスーツの男
もともと彼の喋り方なのだろう、不躾な問いかけでも悪い気はしない


「ううん、場所知ってた」

「へぇすごいんだねさん。オレ達この場所なんてキリコにつれて来てもらわなかったらわかんなかったのに
 どうやってこの場所知ったの?」

「秘密」


えー、と非難の声を上げる少年

まさか調べてもらってきたなどとはいえるわけがない

目立つ事はしない方がいい、それがクロロのあたしが出てくるときにかけられた言葉


「人には言いたくない事もあるのだよ、ゴン」


声をかけてくれるのは、嬉しい

今までこんな風に喋った事があったのは、仕事以外では旅団の皆しか居なかったから


でも、あたしのこの気持ちを掻き乱さないで欲しい

彼らと話すたびに浮かび繰る感覚

楽しそうと言う感情と、関わってはいけないと言う拒絶感

それらがあたしの中でぐるぐると渦を巻く


「けっ、なんだよつれねーなぁ」

長身の男が、明らかに気に入らないような表情で言葉を吐き捨てる


「やめなよレオリオー、言いたくない事なんだよ」

「そうだぞレオリオ、お前の頭にプライバシーという文字はないのか?」


連れの二人にまるで悪役のように攻められるレオリオとばれている男

おそらくそれが彼の名前なのだろう


「だぁー! うっせぇ!! オレを悪役にするな」

うがーといって暴れだすレオリオ、それっきりこっちに関心をなくしてしまったかのように3人でなにやらわいわい盛り上がっている





そう、これでいい

いくらこの人たちがカイトさんのような感じがするとはいえ、それ以上にこの人たちと関わってはいけないという気持ちが大きい







先ほどまであった空腹感もなくなり、ただぐるぐると気持ちが回り続けるあたしと、
盛り上がっている希望に満ちた三人を乗せたまま、



チーン




という小気味のいい音とともに、小部屋は地下の目的地に辿り着いたようだった