ざわざわ…

広大な地下の空間が、埋め尽くされるほどの人、人、人

「うひゃー…」

いったい何人いるんだろう?

あっちを向いても人
こっちを向いても人
前を向いても後ろを向いても上を向いても?人人人


しかもその視線のほとんどがこちらに注がれているという、ひっじょーに嫌な状況


ヒソヒソとこちらを見てつぶやく声が彼方此方から聞こえ、あたしの気分を逆撫でる


ただでさえ気分がぐちゃぐちゃしてて機嫌悪いのに、そんな目で見てくるなっ、ヒソヒソ言うなっ







ふと横を見ると、一緒に小部屋にいた三人もその様子に少々戸惑ったような表情を見せている





彼らを見ていると気分はぐるぐるする

でも、それ以上に周りの連中の視線がすっごいムカツク



いらいらする気持ち、優しい気分になりたい気持ち、誰かと一緒にいたい気持ち

こんなに気持ちがゆれたのはいつ以来だろうと、あたしは思案を巡らせながら人気の少ない方へ歩き出していた





カイトさんの言った言葉が胸の中を掻き回し続ける



、ハンター試験を受けろ もしかしたらそこでお前の失ったものが見つかるかもしれない」



その言葉の意味はまだぜんぜんわからない、でもとても大事なような気がして…


あたしはこの歪な気持ちのまま、手探りに何かを探し始める
































「じゃあこのバッチを胸に着けてくださいね」

小さな男、恐らくハンター試験の手伝いをしている人だろう、から402と書かれた番号札のようなものを受け取る

402…
多分このプレートに書かれた番号は、ハンター試験会場に入った人数を表しているのだろう

周りに居る人達を眺めると彼らも胸に数字の書かれたプレートをつけてるし

つまりあたしは402番目
店の前で入っていく人を眺めてたから、大分遅くなっちゃったかなァ



まぁ遅くなっちゃったのは仕方がないし、人が一杯いるのもしょうがないとしよう




でも、でも…っ!





この、むさい空気どうにかならないのかっ!

ただでさえ人口密度が高いというのに、そこにいるのは筋肉質で、がたいのいい男達ばかり
彼らから発せられる空気はまさに、むさくるしい

うわー…露骨に上半身裸とか、むきむきのまっちょーとかお呼びじゃないし


それでいて大して強くなさそうな雰囲気をしているのだから、あたしにとっては甚だ鬱陶しい





むさい男達意外に誰かいないかと辺りを見回していると、突然あたしの目の前に小柄な中年の男性が立ち塞がった


「よぅあんたも新人かい? オレはトンパ、35回もテスト受けてる試験のベテランよ。
 まぁなんかわからない事があったら聞いてくれよな」



むさっ!
35回目のテストって落ちすぎにも程があると思う

ベテランとか言う前に、まずは合格してから威張ってほしい


そんなどうでもいい事を考えながら、トンパと名乗った男のほうへ視線を向ける


正直エレベーターを降りたときからトンパの視線は感じてた


まるで獲物を見つけたみたいな感じの視線でこっちを注視していたけど…、

鬱陶しいから無視してた

好みじゃないし興味もないしー





何よりその身から漂わせる、嫌な空気があたしを苛立たせる


彼から漂う雰囲気は、まさにあたしが大嫌いな雰囲気そのもの



…あれ?
何であたしこういう雰囲気嫌いなんだろう??

たしか以前にこういう雰囲気の人がたくさんいて…


そこであたしの記憶は途切れる


なぜ、あたしが彼のそういう雰囲気が嫌いなのかわからない

何か裏で企んでるような空気が嫌いなのか思い出せない



でも、唯一つわかる事は



あたしはこの男が嫌い





「あんたらも新人だな、まぁお近づきのしるしだ のみなよ」


どこからともなくジュースの缶を取り出し、あたしとゴン達に手渡してくる





鬱陶しいし、馴れ馴れしい

ただでさえ嫌いな男

あたしの中での好感度はまっさかさまに急降下して、代りに不機嫌度がMAXを超える






受け取ったジュースの缶が、



グシャ、メキョメキョメキョッ




思い切りのいい音を立てて、原型をなくす





まるで紙でできていたかのように、中身を飛び散らせながら圧縮されるジュースの缶

あたしの手の平には、元のサイズの1/5位まで圧縮された缶だった何か


「「「「…………」」」」


トンパと、近くで見ていたゴンたちの表情が凍る




「いらない…」


「あ、ああ悪かった…」


何もしてないのに妙に焦ったように謝る男



何もしてないのに謝る辺りが、何かしようとしてたって事だよね

たぶんジュースの中身に何か盛ってたんだと思うんだけど、とてもいい趣味とは言えない





後ろからゴン達の騒ぐ声が聞こえる

だけど、あたしは特に気にする事もなく、できるだけ人の少ない方、地下空洞の奥のほうへと進んでいった




後に残ったのは固まったトンパと、驚愕し続けるゴンたちの姿だったという




















「うぎゃああああ!!」

人の少ない方へ歩き出して間もなく、あたしの目の前で血飛沫が上がった



うぇ!?




迸る鮮血、手をなくした男


ふと横を見ると、変な格好をしたトランプマンが一人



…………とりあえず無視しよう
あたしはそう心に決めると、周りがその様子を固唾を呑んで見守っている中、悠々とその前を通り過ぎた






「おや、じゃないか★」


声をかけるな変態トランプマン


折角こっちが無視してるのに、嬉しそうに近づいてくるなっ!


ただでさえ目立ちたくないのに、ヒソカに声をかけられた瞬間から、ただでさえ鬱陶しかった視線が倍近くに膨れ上がったような気がするよ…



「話しかけないで」

「久しぶりに会った言葉がそれかい? つれないねぇ★」


クックックと不気味に笑みをこぼしながらさらに近づいてくる

いや、来るなって
そんな嬉しそうに近寄ってこないでよ



正直ヒソカは苦手、何考えてるのかわかんないし変態だし

一応旅団員という事で面識はあるけど…正直苦手

近くにいると傍によってきて、第一声は「やらない?★」


殺し合いの方なのか、それとも…別の意味なのか


…どっちにしても嫌すぎ


そんな変態的な仕草や、彼が裏で何か別のことを企んでる様子が、あたしのヒソカに対する苦手意識をどんどん増やしていった





まぁ彼にとっては、彼自身が興奮できる殺し合いをする事全てなんだろうけど

まぁ目的が明確な分、先ほどの男のようなすっごい嫌悪感はしないけど…

それでもやっぱり苦手だ


「この間の仕事、なんで来なかった?」

「ちょっと、予定が入ってねぇ★ クックックそれにしても、やっぱり君はいつ見てもおいしそうだ やり合わないかい?」

またそれか…っ
もうちょっとレパートリーを増やした方がいいと思う


「変態が移るから嫌」

「いいじゃないか少しくらい★ なんなら犯るほうでもいいけど?」


やっぱり変態だ!

そんなレパートリーいらないから!!

関わってるとほんと碌な事がない



「ついてこないで」

念のために釘を刺して、あたしは暗がりへと姿を消す


「くくっ、君は本当にハンターライセンスだけのためにここに来たのかい?」


「…………」


ヒソカの問いには、無言



関わりたくなかったって言うのと、


それがなんなのかあたしにもわからなかったから…













ジリリリリリリリリ


突然響き渡るベルの音


隅の方でまどろんでいたあたしの意識が一気に覚醒し、視線を音のした方へと巡らせる



少し高台になっていたパイプの上に、執事風な男

奇妙なベルを片手に、こちらの様子を眺め渡している



「では、これよりハンター試験を開始いたします」


ようやく始まるみたいね

座っていた腰を持ち上げ、軽くなまった身体をほぐす











その執事風の男、サトツと名乗った男

さっきから黙々と歩き続けてるけど…、なんなのかしら

まさかこれが試験とか言うんじゃ…


「二次試験会場まで私についてくる事、それが一次試験でございます」



うわ、当たってるし

めんどくさ…



周りは徐々に走り出してきているほどのスピードだが、あたしにとっては歩いているのと大差ない


いつまでこれ歩かされるんだろう

そういう気だるさだけがあたしを包み込む













ガーガーガーッ


次第に早くなる周囲、気だるそうについていくあたしの耳にふと妙な音が飛び込んできた

横をスケボーに乗った少年が通り過ぎる


「あっれー、こんな女の子も参加してるんだ?」


誰だ?

11,2歳くらいの銀髪猫目の少年が、興味津々と言った表情でこちらの方を覗き込んできている



「君こそ面白そうなものに乗ってる」

少年の足元のスケボーを指差し少年を見やる

その顔はまるで新しい玩具を見つけたかのように無邪気に笑い、それでいて何かしら秘めているような表情


「君じゃない、キ・ル・ア」

「?」

「だから名前だって、おねーさんなんていうの? こっちが名乗ったんだから教えてよ」


多少強引な態度のキルア少年

でもそれが不快というほどではなく、ただ無邪気な感じ




「へぇ、っていうのかぁ」


既に呼び捨てなところがこの少年の本質を表してるような気がする


無邪気でそれでいて自由奔放
まさに猫みたいなイメージ


くすっ

猫というイメージが妙にあっていて、笑みがこぼれる


「何で笑うんだよ? そういえば、は何でハンター試験受けたんだ?」

「ライセンスが欲しいから、じゃだめかしら? そういうあなたは?」

「キルアでいいよ。 オレはただハンター試験ってのがどういうものか見にきただけだよ。別にハンターになりたいとも思わないし」

「へぇ、余裕って感じ?」

「まぁね、さっきからずっと走ってるのも飽きたし。そうだ、 一緒に前のほうに行かない? どんな奴が来てるか見てみよーぜ」

あたしの返事を待つことなく、あたしの手を取り走り出す

「ちょ、あたしはいいって」

「そんな事いわずにいこーぜ」


ただただ引っ張られ続けるあたし、スケボーの少年に手を惹かれて走るあたしの姿が珍しかったのか、
それとも先ほどヒソカとはなしているのを見られていたせいか、どんどん後ろに流れいく受験者達の一身の視線を浴びながらも、
今だけは、このキルアという少年と手を繋いでいる今だけは、それがそんなに不快な事ではなかった



「ねぇ君、面白そうなのに乗ってるね」

「ううん?」

ちょうど列の真ん中を過ぎたあたりだろうか、あたしの前を走っていたキルアに誰かが話しかけたみたい


そのせいでキルアが急に速度を落とし、手を繋いでいたあたしはつんのめりの姿勢になる


「ちょ、キルアいきなり止まらないで」

「あ、さっきの…さんだっけ」




あー…さっき部屋が一緒だった黒髪の少年のゴンだし…

どうしてあたしが避けようとすればするほど、この人たちと関わってしまうのだろう


レオリオがキルアに突っかかり、クラピカがそれに同意してまた3人で盛り上がっている


キルアに繋がれた手はすでにほどけ、あたしの手はただ虚空を掴む

暖かかった手、他人に手を繋がれたのなんていつ以来だろ

そんな思いを残した、ほんのり温かみを残した手の平を見やる

ほんのちょっぴりの寂しさ





そんな想いを抱えぼーぜんと走るあたしの横では、キルアが同年代っぽいゴンに興味を記したらしく、しきりに2人で喋っている


ああ、なんだ

彼らには何か見えない運命のようなものでもあるのだろうか?


出会うべくしてであった

あたしはなぜか彼らからそんな印象を受けていた





















「大丈夫か? レオリオ」

「ぜったいハンターになったるんじゃー!!」

轟一線、レオリオが鞄を放り出し再び加速を始める


あれだけ元気ならば大丈夫だろう


まだほんのすこしの付き合いだが、彼がこんな所で脱落するような人物である事はわかっている


ゴンとキルアは先の方に走っていったし、私はレオリオとともに走るかな



ふとそう思ったとき、先ほどまで近くを走っている姿がない事に気がついた


まるで場違いな黒のワンピースにエプロンドレスを纏った少女

私と一緒くらいだろうか? いや、私よりは少し幼い様な感じがするが…


この地下に来るときのまるで誰も寄せ付けないような素っ気のない態度、全てを拒絶しているかのような態度が妙に気になった


なぜ私があんな少女の事がこうも気になるのだろう?

今はそんな事に現を抜かしている場合ではないというのに


胸に去来する怒りの波動、目を瞑ればまさに目の前で起こっているかのような殺戮劇



ふっと意識が、今、に戻る


怒りは忘れていない、でも今はこの試験に合格する事を第一に考えなければ、到底私の目標に到達できるはずはないな

再び意識を試験に戻す、道はまだ終わらない


ただ、ほんの少しだけ心に残ったあの少女

なぜかは知らないが、彼女とはまだ何かあるような気がするという想いだけが、そっと心の中に降り積もっていった

























いつの間にかトップ走ってるし

キルアがゴン達となにやら仲よさそうに喋ってるのを見て、その場に居ていられなくなった

何故かは知らないが去来する寂しさと、ほんの少しの安心感


彼らには関わってはいけない、そんな思いだけがあたしの中に去来する


「ここまでついてくるとは、お嬢さんなかなか鍛えてらっしゃいますね」


既に道は上り階段に差し掛かり、今は延々と階段を登り続けている

「だって、遅い」

「フフ、汗一つ流していない様子を見ると相当退屈のようですね」

「そういうサトツさんこそ、汗一つ流してない」

1次試験の審査官サトツは無表情ながら、まだまだ余裕といった表情であたしの前を進み続ける


正直、もうこれ飽きてきたんだけどなぁ…


「そろそろ目的地に着きますよ」


サトツさんの声にふと上を見ると、薄暗い地下から抜け出す明るい光

やっと身体が目覚めてきたという感じで、あたしは一気に階段を駆け上っていった