「はあっはあっはぁ」


森の中はの進行を遮るように、あちこちから根や枝を生やす
左腕からとめどなく流れ続ける生命の源

失われていく命




「あっ!」

不意に出ていた木の根を避けきることが出来ずに、その場に横転

左腕の傷に木の枝が突き刺さるが、既に痛みどころか感覚すらない





あたし、ここで死ぬのかな…

立ち上がる力もないよ…


動き出す意思すら奪われてしまったような喪失感







…………

古文にうんざりしながらも学校に行って、夾花といろんなお喋りして、学校帰りに行きつけの甘味屋であんみつ食べるの


そんないつもの日常、ちっぽけな幸せ




それでもあたしは幸せな日常だった





走馬灯のようにあたしの頭を駆け巡る、思い出、あったはずの日常





でも…それは

既に失われてしまった日常



















ここがどこなのかもわからない



―左腕が痛い



森の中は暗い



―身体が動かない



人の気配すらない



―転んだ足が痛い



赤い水溜りが広がる



―いしきがきえ…る……
































パチパチッ

耳に響く何かがはぜる音
まどろみの中に居るようなあたしに語りかけるような物音、静寂ではない世界





「……ここは…どこ? あたし死んだの?」



床にはマットが敷かれ、その上にの身体は寝かせられている
木の匂いのする山小屋…そこはそんな場所だった

暖炉には灯が灯り、ここに別の誰かが居るということがわかる










記憶がはっきりしない…、あたしなんでこんな場所に居るんだろう

古文の宿題を終わらせて、ベッドに入って、そして…


「痛っ!」


左腕に包帯がぐるぐると巻かれてる
その痛みがここであったことと、ここが現実だということを再認識させる





ガチャ

「お、目が覚めたかの?」

扉を開けて入ってきたのは、初老の老人


「あの…ここはどこですか?」


「ワシもいろいろ聞きたいことがあるんじゃが…まずはこれを飲みなされ」


手渡されたマグカップ

ほんのり甘いにおいが立ち込めている


「熊蜂の蜜とガドランの根を牛乳で割ったものじゃよ 少し苦いかもしれんが疲れてるときはそれがええ」

「ありがとう…ございます」


ほんのりと苦味があるが、蜂蜜と牛乳の甘いコントラストが上手にそれを隠している

ほっとする味…
冷え切っていた体の芯から温めなおしてくれて…なんか気分が落ち着く…




「おいし… なんか身体がぽかぽかしてきました…」

「ほっほっほ 特製の飲み物じゃからな 体力回復 精神安定 それに、治癒能力を高める効果を持っておるぞ」




ふと気になった左腕の傷





あれだけ出血していたにもかかわらず、腕は動くし、出血は既に止まっている
巻かれた包帯からは少しきつい薬草のような匂いが立ち込め、傷口をやさしく包んでいるような感じ




「あの…この傷治療してくださったんですか?」

「そうじゃよ あまりに深い傷じゃったので見ておれんくてな ワシはこう見えても元医者じゃから安心せい」

「あ、いえ 疑ってるんじゃなくてっ。あたし今お金持ってないんです…」






老人が目を見開いたように驚き、その後優しげにに微笑みかける

「お金なんていらんよ。それにしてもお前さん、その年の割りにしっかりしておるのう。そうじゃったまだ自己紹介してなかったな
 ワシの名前はディラン ディラン=カーチスという変わり者の爺さんじゃ。お前さんは?」

「あたしはです。=。あの、年の割にってあたしこれでも一応15歳ですよぅ」


まぁよく小学生にも間違われてたんだけどね;


老人は驚いたように類のほうを見る
その目には驚きと驚愕の表情

「? ワシにはおぬしがとても15とは思えんのぅ 10歳くらいの間違えじゃろう?」





うわっ、さり気にこのお爺さん酷い事いってるし…
いくらなんでも10歳は酷いだろう


反論するためにお爺さんの方を向くと、ふと壁にかけられた鏡に目がいった





……?
鏡の中の自分はあたしを見返している

おかしい

「なに…これ…」





鎖骨の辺りまで伸びていたあたしの黒髪は肩にかかる程度に
あんまりなかったけど…胸がぺったんこになってる

なにより…身長がすっかり下がっていた


「ダレ…?」


鏡の中の姿は、ついさっきまでのあたしのものではなかった
でも、見覚えがある…

そうこれは…






「ちっちゃい時の……あたし?」







髪を伸ばし始める前の、肩の辺りでそろえていた頃
この身長、顔は恐らく11〜12歳くらいの時のもの


背が…縮んでる


「うそ…なんで……?」















鏡の中の少女は、その時に答えることもなく…
の驚いた表情を映し出しているだけだった












「大丈夫かの?」

「あ…はい っすいません」


老人が心配げに髪を撫でながら聞いてくる
それほどにの顔は青白かった

自分を抱きしめるように、ぎゅっと手を回している



「もしよければ、説明してもらえるかの?」

「…わかりました」














の説明に老人は驚きながらも、「大変だったね」と頭を撫でてくれた

「異世界からのぅ… 信じられん話じゃが、おぬしが嘘をついてるようには見えんから、本当のことなんじゃろ?」



なんでこんなにあっさり信じてもらえるの?




のきょとんとした顔を感じ取ったのか、老人が笑って答える


「ワシは医者をやっておったからの 人が嘘を言ってるかは目を見ればわかるんじゃよ」














暖炉の火がぱちぱちと燃える部屋

老人の説明だと、ここは先程の屋敷から少し離れた山の麓の小屋

ちょっといったところに少し大きい街があり、老人はそことここの往復をして生活をしていると告げた





薄々感じてたことだけど、

「あのディランさん ここってもしかしてハンターって言う職業があります?」


「よく知っとるのぉ ワシの孫がハンターになりたいと言っておったのぅ」

やっぱり…

クロロとフェイタン、フィンクスがいた時点で薄々わかってたけど…

ここはHunter×Hunterの世界

老人が読んでいる本の文字が、あたしが使っていた日本語とはかけ離れた物である事もその証明

それも漫画の中で見たことのある文字





Dreamで言うところのトリップって奴


まさかあたしが体験することになるとは…







「あたしハンターの世界行きたいなー いったら絶対フェイタンにあうのぉーvv」

「夾花は旅団大好きだもんね」

「そうそうvクロロもフェイタンもマチさんもシャルもーvv」


幼馴染で腐女子仲間の夾花とよくこんなことを話してた
どのキャラとどのキャラのカップリングがいいとか

クロロは絶対こういう性格だよねーとか


















その世界にあたしは居る

ゴンが居て、キルアがいて、旅団たちが居るこの世界に

夾花が聞いたらさぞ吃驚するだろう


















、おまえさん行くあてはあるのかい?」

本を読みながらあたしの側についていてくれた、ディランさんがそう囁く

「…あたしはこの世界の人間じゃないから」















stray world
















まさにそれ
あたしはこの世界に紛れ込んだ、イレギュラー




















こんなタイトルの歌を、世界的に有名な歌手が歌っていた

たしか…=

英語でよくわかんなかったけど、その歌っている表情と声が大好きだった

まるでその場だけが別世界になってしまったような感じがして…



ふと、こんなことを考えたが、あたしはもうあの世界には居ない














この世界に迷い込んだあたしには、行く当ても頼るべき友人も誰も居ない



「…行くあては…ないです…… この世界に…あたしの居る場所はどこにもありません……」

「そうじゃったのぅ …ならワシのところにこんか? その手の治療もあるしのぅ。ワシの家は1人じゃ狭いんじゃよ…」


ディランは奥さんを数年前に亡くしたと言っていた
それからは、故郷に戻る事もなく、麓の町とこの小屋の往復をして生活していた

ディランにはこの街から出て行くことなど出来るはずもない
最愛の人とずっと暮らしたこの街を





「…でも、あたしが行ったら悪い…です… 手を治療してもらった御礼も出来ないのに…」


ぽふぽふとの頭を撫でながら、老人は続ける

「気にしないことじゃ ワシものような娘がおった方が生甲斐になるからの。」


にこやかに笑っているディランの顔は、ほっとさせる暖かいものだった





「ありがとう…ございます……」


なんで、こんなに優しいんだろう…

見ず知らずの、それも異世界から来たといってる子供に、どうしてこうも優しく接してくれるのだろう















えっぐ、えっぐ…

の瞳から暖かい滴が零れ落ちる


「ほっほっほ 安心せい。のためにも長生きせんといかんのぅ」


優しげに笑うディランの胸に、は顔を埋め、泣きじゃくる




嬉しかった…
突然見知らぬ土地に放り出されて、手探りをする暇もなく
傷つき、追われ、死ぬかと思った





こころがあったまる…

















「おっと、スープを火にかけておったのを忘れておったわい」

ディランが泣きじゃくるを宥め、調理場へと向かっていく


「ひっぐ、えっぐ…」

「大丈夫じゃ ワシはここにちゃーんとおるぞ」

目の前には先程まで側に居た、優しげな老人


「…うん」




が落ち着いたのを確認し、ディランが調理場の扉に手をかける

あたしはそれを目で追っている



優しげな背中…あったかい手……



























ゴシャッ!


















あったかいはずの これからもずっとあると思った時は



あっけなく おわった


































「…な…に……?」

家の一角から土煙が上がり、壁は原形をとどめていない


「ぐ…はぁっ!」










には自分の目に写る映像が信じられなかった
背を向け、優しく笑っていた老人

その右胸から突き出した、一本の腕によって、寝ているの顔に
生暖かいものが大量に降り注いでくる





「大丈夫…か? …… 」

弱々しげにその口から吐かれる言葉


その手は老人の心臓を一突きしていた



「隠すとためにならないよ かくまってるガキだすね」

「おいおいフェイタン もう殺っちまってるじゃねーかっ」

「なにいうね まだ息あるよこの老人」

「虫の息ってな おい!ガキいるんだろ?出て来い」





先程聞こえた2人の男の声
フェイタンとフィンクス…


手を引き抜かれた老人は、這い蹲るようにの方に近寄り手をかける

「あ…ああっ……」

何でこんなことに…

何がおきたの?
なんでディランさんが血を流して倒れてるの!?

ディランディランでぃらん…



今は苦痛でそれどころじゃないはずなのに、
喋るのも辛いはずなのに
老人はにっこり笑って







「ル…イ……これを…持って 逃げろ… 必ず…お前を…守って……くれる………


 逃げてくれ  ワシの…かわいい………孫…娘…………」










消え入るように、老人の声が弱弱しくなる








「なんだ、いるじゃねーか 探したぜ?お嬢ちゃん」

「さぁ来るね」



近づいてくる二人に怒りを覚える前に…
あたしは逃げた、重い手足と、身体を引きずり

手近な壁が先程の衝撃で壊れていたので、そこから逃げ出す

「待て!!」


悔しい、悔しい、なんで、あの人がっ…










「…逃げてくれ」










ディランの最後に聴いた言葉が耳につく


森の中を必死にかける




老人の最後の願いを、思いを守るために






「ちっ また逃げられたね フィンクスがもっと早く追えばよかたね」

「まさかあの状態から逃げられるとは思わなかったんだよ!まぁすぐ追いつくだろう
 所詮ガキの移動速度だ」















追ってくるのは、幻影旅団の2人
フィンクスとフェイタン

あたしの中の知識じゃ、彼らから逃げ切ることなんて出来ない…




少し送れて小屋から出てきた彼らも、既にあたしの後方10Mくらいのところを走っている

追いつかれるのも時間の問題

















『 stray world ここが――あな・――じゃない―ら―創―…』


ここに来る前に聞いた、ノイズのような声


聞き取れないおと







うるさいうるさいうるさいっ!!

なんで喋りかけてくるの!

何いってるの!わかんないよ!!










「ほらよ 鬼ごっこは終わりだぜ?嬢ちゃん」


フィンクスに手をつかまれかけた時…


さらに大きいノイズがあたしの頭で響いた


『 stray world ツクレつくれ創れ作れつくれつくれつくれつくれつくれ!』





広がる空想
















スカッ


「またかよ… あのガキ何者だ」

「また消えたよ」


手を捕まえる直前に、少女の姿はそこには最初から何もなかったように

消えた…