湿原の中にぽつんと切り立った山の上

中央部で真っ二つに分かれている底は何も見ることができなく、昼間でありながら深い闇を湛えている


「じゃ2次試験の続きね、お先にっと」


靴を脱ぎメンチが崖下へと飛び降りる


やがて一つの卵らしき物を拾って戻ってきた




「マフタツ山に生息するクモワシは陸の獣から卵を守るために、谷の間に丈夫な糸を張り卵をつるしておくの
 その糸にうまくつかまり、1つ卵をとって崖を上ってくる。この卵でゆで卵を作るのよ」


作るのよって、軽く言うけど結構な参加者はその高さに恐怖し動き出せずにいる

「あーよかった こういうのを待ってたんだよね」


まぁ一部は余裕みたいだけど…
























「お前はどうするんだ?」

「もちろん行くわよ」

「でもその服だとまたさっきみたいなことにならねーか?」

「あー…」

確かに、こんな所から飛び降りたら見えてしまう


「ハンゾーとってきて?」

「なっ、馬鹿いってんじゃねーよ。 それにオレがとってきた所でお前は試験不合格だろ?」


確かにそうなんだけど…


ちゃん行かないの?」

いつまでたっても飛ばないあたしを見かねたのか、メンチが近づいてくる

「このくらいは余裕なんですけど…、服装が…」

「あー、たしかにその服じゃまずいわねぇ。 じゃあたしが見ててあげるから誰も居ない今のうちに飛びなさいよ。
 まぁもし誰かが飛び込んだら、ちゃーんと記憶が消えるまで殴って忘れさせるからねv」

げっ! と、ハンゾーの顔が歪む

一体何をしようとしていたのかね? キミは



とにかく今はメンチの申し出がありがたい

遠慮なくその申し出を受けておこう















「じゃ行ってきます」


トンッと軽い音とともにの身体が谷底へ沈む

「ほんと、変わった娘よね。 普通よほど場数踏んでないと、ここからあんな簡単に飛び降りれないわよ」

他の受験者達はあらかた卵をとってきたようで、ネテロ会長の指導の下ゆで卵作りに奮闘している

「さっきなんかあいつと話してたみたいだけど、なんだったんすか?」

横に居たハゲが口を挟んでくる

「あなたの知り合い?」

「いえ、さっきの2次試験で知り合ったばっかりですけど… さっきあんたと話してたとき一瞬あいつから凄い殺気が出た気がしたんで」

気づいてたのね、あの殺気を

伊達にハゲてはいないってか

「あなたは知らない方がいい事よ。 彼女にとっても、あなたにとってもね」

「わかった」

深く聞きただしてこない所を見ると、このハゲもハゲなりになにかあの娘が他の受験者と違うってことを感じ取ったのだろう

「でも、彼女はいい娘よ。 たぶんね」

「オレもそう思いますよ」

そんな事を話しているうちに、その話の主役のが崖をひょいひょいと登ってきていた



















「こっちが市販の卵で、こっちがクモワシの卵 さぁ比べてみて」

メンチの合図で完成したゆで卵を食べ比べる


んんんんんっ

「おいしいっ」

「ああ、うめーな」


この試験始まって初めて食べたこの食事は、すっごいすっごい美味しかった



旅団の皆に持って帰りたいくらいに





旅団…かぁ……























第二次試験に合格した42名を乗せて、飛行船は飛ぶ


「次の目的地は明日の朝8時に到着予定です こちらから連絡するまで各自 自由に時間をお使い下さい」


連絡が終わり、受験者はばらばらに飛行船の中へと散っていく





夜の街の明かりを眼下に納めながら飛行船は飛ぶ

頭上には星の光、眼下には街の光

なんてロマンチックだろう



でも、今のあたしにはそんなのは目にも入らなかった






なんで、あたし旅団の皆の事さっきまで思い出さなかったのだろう

この試験が楽しいから? 皆優しいから? 所詮旅団はあなたにとってそんなもんだったの?

違う、違う違う…

何が違うのかはわからないけど、違うことははっきりわかる


じゃあ居心地がいいの?


ちがうちがうちが…

わないかもしれない


よくわからない


たしかに居心地いいし、さっき思い出すまで旅団のこと忘れてた自分もいる

なんでだろう、なんでこの拒絶された世界はあたしを迷い込ませようとするのだろう?

何も思い出す事がなければつらくなかったのに、人と関わらなければ、何も考える事がなければ辛くなかったのに…


どうしてこのちっぽけな光はこうも優しく暖かいんだろう


かんがえればかんがえるほどに、あたまがごちゃごちゃになっていく

あたしはなにがしたいの?あたしはなんのためにここにいるの?



わからない…





ただ、何もわからないのに、あたしの目から涙が止まる事はなかった


こんなに泣いたの…あの時以来だ……

























「こんなところにいたのか、って大丈夫か?」

ふと頭上からかけられる声、まったく警戒してなかった

「な、んの、ようなの…?」

涙のせいで声がうまく纏まらない

「……泣いてたのか?」

見上げた視線の先には、あたしの横に佇むレオリオの姿


「ほれ、涙を拭きな」

そういいつつあたしにハンカチを差し出してくる。

「……ありがと」

今はただこの好意を素直に受け止めようと思った






「落ち着いたか?」


「うん、大丈夫」


涙は止まった、もう大丈夫いつものあたしだ


「ごめん、変なところ見せちゃって」

「あ、いやいいってことよ。 それよりも、こっちこそありがとな」

「ぅ?」

「あのヒソカの攻撃のときにオレの代わりに…」


ああ、あのときの事か


「気にしないで、あたしがしたかったからしただけだから」

「あとよ、いろいろ言ってすまなかったな」

「気にしないで、あなた達を拒絶したのはあたしだから」

「なっ、なんで初対面で拒絶したりするんだよ? あのハンゾーって奴とは普通に喋ってたじゃねーか」

見てたのか…

「わかんないの、自分でもわかんないんだけど… ただあなた達の傍にいれない そう思ったの」

「………」


「私達がなにかしてしまったか?」

さらに横からレオリオとは違う声

「寝たんじゃないのか? クラピカ」

「いや、レオリオが粗相をしているといけないと思ってな。 気になって寝れなかったんだ」

「ってめー言いたいほうだい言いやがって」

「普段の態度からいってレオリオならやりかねないからな」

まるで仲の良い兄弟のように、古くからの親友のように二人がじゃれあってる姿


なんかそれを見てるだけで、無性に笑いがこみ上げてくる


「あは、あはははは」


「「おっ」」

二人の声がはもり、こちらに視線が向く
それでも笑いは止まらない


「あはははははあはは」

「やっぱりあなたは笑ってたほうがいい」

「そうだな、だっけあんたはそうやって笑ってるほうが似合ってるよ」



あたし自身何がなにやらわかんない

不安、安らぎ、寂しさ、優しさ

全てがあたしの心に入り混じってるけど…

それでも今あたしはこの時だけは、ただずっと笑っていたかった









、ハンター試験を受けろ もしかしたらそこでお前の失ったものが見つかるかもしれない」





カイトさんの言葉、空っぽなココロ


あたしがなくしてしまった物?わからない


でも今はこの消えてしまいそうな優しい気持ちを大事にしていたかった





























「改めて自己紹介をしておく 私はクラピカ、そっちはレオリオだ」

「宜しくな」

あたしの笑いが収まった所で、思い出したかのように二人の自己紹介


「あたしは 宜しく」


いまだに彼らに対する変な気持ちは消えない、それでも会った当初よりそれは薄まっているような気がする


「ところでは、どうしてハンターになろうと思ったんだ?」

…あたしがハンターになる理由?

それはライセンスが欲しいからに決まっている

でも…


「ライセンスが欲しいのと、…大事な何かを探してるから…かな。 あたしもよくわからないんだけどね
 レオリオさんは?」


「レオリオでいいよ、オレは金だ 金があれば何でもできるし、必要だからな」

「何かに必要なの? お金」

「ああ、医者だ 医者になるには途方もない金がいるんだとよ。 でもハンターライセンスさえ持ってりゃ授業料が免除されるからな」


レオリオは医者かぁ…

たしかになんとなく雰囲気はあってるかも


「私は…復讐だ」

「復讐?」



復讐…?
なにに?なぜ?

あたしの中頭の中が疑問符で埋まる

それほどまでに、クラピカの雰囲気には復讐など似合わない











「ああ、同胞の緋の目を奪っていった盗賊団。 幻影旅団をつぶす事だ」






































ああ、世界はどうしてこんなに残酷で、あたしを拒絶しているのだろう…






















…クルタ族
前に蜘蛛の誰かとの話で出てきた名前
彼らの目を集めるための仕事で、大きな仕事だった事

彼らは強く…、そしてもう居ないという事実




それは、つまり…、クルタ族は蜘蛛にとって敵であるという事



目の前に居るクラピカ

否、敵





暖かかった記憶

大して接していないとはいえ、彼らと接した瞬間はあまりにも大きく…
彼らと接していていた時間はあまりにも暖かい


でも、あたしとクラピカは相容れることがない

あたしは蜘蛛、クラピカはソレに復讐するもの

アベンジャー
復讐者




胸にあるはずの蜘蛛のペンダントを服ごとぎゅっと握り…

その裏に彫られた団員番号を今一度確認する


あたしが蜘蛛であるもの、あたしの刺青

拭われる事のない現実















何故かは知らないが、あたしの胸をざわめかせていた不安、恐怖、寂しさ

彼らを見た瞬間から感じていた気持ち

それはもしかしたらクラピカから感じていたものかもしれないけど…




あの世界に拒絶された日に味わった感情全てが、あたしの中に溢れ出る


寒い、寒いよう…

















ちっぽけなあたしの優しい光が消える、あたしがほんのちょっと望んだ事もかなわずに



暖かかった光が消エル…












「どうした?」


急に塞ぎ込んだあたしを心配したようにかけられるクラピカの声


そのかけられた声はあまりに優しくて、あまりに暖かくて






あたしはぎゅっと服の中の蜘蛛のペンダントを握り


「ごめん、あたし…眠いからもう行くね…っ」


すっと二人から目線をはずし、一目散に駆ける

彼らにこの目の涙を見せるわけには行かないから…




























私のハンターになる目的を話した途端、の態度が豹変した

それはほんの少し、よく観察していなければわからないほどだったが、先ほどまで明るかったの顔が急に曇ったのがよくわかった

普段の彼女だったらそんな変化わからなかっただろう、彼女が少し前まで見たこともないほどの明るい表情をしていたから?

私にははっきりと彼女の表情の変化を読み取る事ができた


、また泣いてたな」

レオリオも気づいていたようだ

彼女が最後、一言交わして私達の傍を離れるとき、彼女の目には涙が溜まっていた

光る涙が見えた


私は彼女に何かしてしまったのだろうか…


それとも……





































「えっぐ、えっぐ…」

どうして世界はあたしをこんなに拒絶するの?

どうして空虚なココロにそっと灯った光を消そうとするの?

なんで、なんでぇ!!


何で…あたしばっかりこんな目にあうの…っ

























目を瞑れば、クラピカの温かい笑顔と優しい声













その夜、あたしの目から涙が止まる事は、もうなかった…