「ねェ、今年は何人くらい残るのかな?」

3次試験会場も目前の飛行船の中、これまでの試験官3人が集まり朝食をともにしている
ルーキー
「新人がいいですね、今年は」

「あ、やっぱりー。 あたし294番がいいと思うのよねー。 ハゲだけど」

「私は断然99番ですな、彼はいい」

「ブハラは?」

「新人じゃないけど、やっぱ44番かなぁ。 あとは…402番」

「ああ、ちゃんね。 確かにあの娘はある意味注目だよね」

「悪夢の王の娘ですか?」

「そうそう、レイランたちの話を又聞きしたときはどんな怪物かと思ってたけど、これがまたかわいい子なのよねー。
 今度一緒に食事しようって誘っちゃった」


「試験官が1受験者と親しくするのはあまりよろしくありませんねェ。 まぁそういっても私も402番の少女は気になりますけどね」

「でしょでしょー? そんな悪い子に見えないし。 やっぱりACEの連中のいうことは当てにならないわね」

「いえ、私は怖い存在だと思いますよ402番は。 確かに一見おとなしくて普通の少女のように見えますが…、1次試験の途中で見せた殺気、あれは尋常な物ではありませんでした。
 44番のおかげで受験者達は気づいていなかったようですが、あの殺気を一心に向けられたら念法を覚えてない受験者は一溜りもないでしょうね」

「確かに、メンチの言うとおりかわいくていい子だと思うけど、ボクもサトツさんの意見には賛成する所があるかも。
 なんかあの娘、必死に抑えて苦しんでる節があるんだよね」

「確かにね。 でも美食ハンターとしてはやっぱり味は食べてから知れ、よ!!」

「メンチさん、その言葉はちょっといろいろとやばい気がしますよ?」

「な、そういう意味で言ったんじゃなーい!!」


がっしゃーん

勢いよく裏返るテーブル


そんな試験官たちの喧騒を他所に、飛行船は3次試験会場に着陸しようとしていた

























断崖絶壁

まさにそんな言葉が似合う崖、いや塔


そんな所にあたし達はいる






「制限時間は72時間、生きて下まで降りてくること それではスタート!!」


スタートって言われても…

特に扉みたいな物もないし、崖伝いに降りる事も不可能に近いし




どうやってこの塔を攻略したもんかと思案していると、



「あ、だ おーい」

キルアがあたしの姿を見つけ、しきりに呼んでいる


近くには…クラピカとレオリオの姿


正直、今はあんまり近くにいたくない…



だけど、それは不自然で

それでも彼らの暖かさを求めて


無理やり手を引かれるように、皆の所へ連れて行かれる


泣きはらした顔が、彼らにばれないように願いながら…










「でよお、このあたりに隠し扉が5つあるんだけど、もいっせーので入らないか?」


移動しながらキルアが経緯を話してくれるが、説明が耳に入らない


ふっと目をあげると…そこにはクラピカの姿

とても目をあわすことができない



「聞いてる?

「え?」

突然立ち止まったキルアにあたしは足を躓かせ


「あっ…」


宙を舞っていた














「いたた…」


どうもさっきキルアが話してた隠し扉の一つに落ちてしまったらしい

まったくこの試験の主催者も人が悪い


まぁ、これでクラピカに近づかなくて良くなったわけだけど…










「1,2,3!!」






世界はあたしを見逃してくれる気はないようだ


突如頭上に現れる4つの気配


「あ、びっくりした いきなりが落ちるんだもん」

「でも、全部の穴が一箇所につながってて良かったね」

「そうだな」

「ああ」






クラピカは…表情に変化は見えない

大丈夫、あたしはいつもどおりやればいいだけだから

こんなことには慣れてるし、ただ以前のあたしに戻るだけ



ちっぽけな優しさの光なんていらない

だって世界はこんなにも残酷なのだから…












「多数決の道ぃ?」

『その通り このタワーには幾通りものルートが用意されており、それぞれクリア条件が異なるのだ。
 そこは多数決の道。 たった一人のわがままは決して通らない! 互いの協力が絶対必要条件となる難コースである。 それでは諸君らの健闘を祈る!!』


「○と×のついたタイマー、この部屋に居る5人。 なるほどな、つまりここから先は5人が協力していかないと進めないわけだ」


多数決の道、協力…

やっぱりここの試験官は人が悪すぎる



ああ、現実なんて知らなければ良かったのに

あの人のことを知らなければ、この試験も優しさで満ち溢れていたのに




あたしに彼らと協力する事は…できない



、そのタイマー腕につけてよ」

「あ、ごめん これでいい?」

ゴゴゴゴゴという音を立てて開く扉



「行こう!」

元気よく歩き出す4人、それに反比例するかのようにあたしの心は…重い



『このドアを開ける ○→開ける ×→開けない』


部屋にできた扉をくぐると、既にそこには多数決の扉

こんなのがずっと続くの…


「もう、ここから多数決か こんなもん答えは決まってんのにな」

各自、自分のタイマースイッチで○の選択を押していく


「あの…」

「ん? も早く○を押してくれよ」

「あたしこれから何があっても○を押していくから…」

「なんでだ?」

「ごめん、言えない 4人の選択に任せる…」


今は…少しでも彼らと距離をおきたい、彼らに関わっちゃいけない

関わりたくない…



「なっ…、ちゃんと選択しろよ!」

「…………」



沈黙、理由は…言えない

扉を潜って直ぐの、重い空気







「まぁいいじゃないか、我々4人がちゃんと選択していけばいいのだから。 は答えたくないんだろう?」

そんな状況を打破したのは、クラピカの一言だった


「うん…」

「まぁ、しょーがねーな 遅れないようについてこいよ」

クラピカは優しい…

でも、その優しさが、今のあたしにはとてつもない重荷


彼に優しくされればされるほど、…とても辛くなる















「なんでだよフツーこういうときは左だろ?」

なにやら分岐点に差し掛かるたびに、賑やかしい声が聞こえてくるが…

今のあたしには何の関係もない

ただ○のボタンを押して、彼らについていくだけ

迷惑をかけない程度に離れず、関わる事ないように離れて……












どれくらい歩いたのだろうか、目の前に開けた空間

ぽっかり開いて空間を境にして、道が途切れている


「ここは…?」

「ああ、ようやくまともな試験にぶつかったみたいだね」

底が見えない空洞、対岸にはなにやらローブを被った5人の姿


「我々は審査委員会に雇われた試練官である!! ここでお前達は我々5人と戦わなければならない。
 勝負は1対1で行い各自1度しか戦えない!! 順番は自由に決めて結構!! 3勝以上すればここを通過する事ができる!!
 戦い方は自由で引き分けはなし!!」





うざったい…

彼らからも嫌な臭いがぷんぷんする


溢れ出る欲望、こちらを嵌めようとする思惑

あたしの嫌いな、あのときを思い出させる臭いが、

彼らの身体中から滲み出ている






「こちらの一番手はオレだ!! さぁそちらも選ばれよ!!」

「じゃ、オレが先に行ってくるよ。 は出る気ないんだろ?」

キルアが軽く準備運動をしながら、中央部の闘技場へ歩を進める


「おいキルア! 大丈夫なのか? アイツ結構強そうだぞ」


「へーきへーき、まぁ任せてよ」


「おいゴン! とめなくて大丈夫なのか?」

「うん、キルアなら大丈夫だよ」


中央部の闘技場へ二人が歩を進め、闘技場にかかっていた橋が下ろされる

これで中央部にはキルアと傷の男の二人だけ


「さて、勝負の方法を決めようか 俺はデスマッチを提案する!! 一方が負けを認めるかまたは死ぬかするまで、戦う!!」

「別に何でもいいよ、さっさと始めようぜ」

「勝負!!」


傷の男が発した言葉を端に、傷の男が一気にキルアへの距離を詰める


あのガタイ、あの身のこなし

多分どこかの傭兵出の男だろう


確かに普通の受験者達にはちょっときつい相手かもしれないけど…



「なにぃ!?」

傷の男が狙ったキルアの喉への攻撃は、あっさり空を切り、


「ぐお!!」

突如後ろに現れたキルアの手刀を、もろに首筋に受け



ゴキャッ




鈍い音とともに男の首が、曲がってはいけない方へと折れ曲がる





「これで1勝っと、あと2勝でこっちの勝ちだね」






あの男の敗因は、自分の力を過大評価しすぎたことと、キルアの容姿で見くびっていた事

例え油断しないで戦ったとしても、戦闘時間が数十秒延びた程度だろう

それほどまでにキルアの戦闘能力は群を抜いている


まぁ相手が念を使う相手だったら、話は別だけど

キルアがちゃんと念を使えるようになったら…と思うと末恐ろしい









キルアの事情で盛り上がる4人、あたしは少し離れた場所でそんな彼らを見やる



楽しそう…


あたしもあの中に入りたい

そんな思いがあたしの中で酷く膨れ上がり…

それは儚い夢だと現実を思い知る


彼らの中に入る事はできない…



その後、ゴンがひょろっとした男とろうそくの火を消しあうゲームで対戦したが、その男の仕掛けた罠にはまって敗れた


3番目に戦いに出たクラピカは、相手が幻影旅団を語る偽者であるのを知っていながら、それを語った事にキレて圧勝した


あたしもクラピカの対戦相手の大男がホラ吹きだってことは、大体予想がついていたし、そもそも蜘蛛の刺青を見間違うはずがない

それにあんな雑魚、蜘蛛には居ない


でもそれ以上に、偽者であっても止まる事を知らないクラピカの蜘蛛への恨み

あたしにはその気持ち、わからない

恨み、復讐、彼が背負ったものはわからない

でも、彼が旅団を深く憎み、そして今も怒りの炎を滾らせ続けている事は、彼の行動から嫌というほど伝わってくる


あたしとクラピカは相容れない…

故に彼らとも相容れてはいけない


もし、もしも、あたしが幻影旅団の一員だと知ったら、くらぴかはどう思うんだろう……












「おい! ってば!!」


「え?」

あたしの思考が現実に戻る

試合は既にレオリオまで終わり…結果は2:2

つまりクラピカの分は勝ったけど、レオリオは負けたって事


「すまねぇ、最後までまわす気はなかったんだが」

「あそこで男性なんてかけるからだな」

「なっ! それを言うなら生死を確かめなかったお前にも責任があるだろーが」




「とにかく、最後まで順番がまわった。 出れるか?」


……

正直今は誰とも関わりあいたくない

こんなにココロがもやもやするまま、誰かの前に立ちたくない

立ってしまったら…あたしはこの気持ちを抑えられないから

この不安定なココロを支えられないから









でも、それでも、ここで彼らの足を引っ張るわけには行かない










こんなあたしのせいで、彼らの未来を摘み取るわけには行かない



















               
バラシ
「おい、相手の奴…あれ解体屋ジョネスじゃないか……?」

「ああ、間違えない…」

「解体屋ジョネスって?」

「ザバン市犯罪史上最悪の大量殺人犯、老若男女無差別に146人を無残な肉塊に変えた殺人鬼だ」

「ああ、その上奴の凶器はあの指 異常なまでの指の力で、相手の肉をすばやくむしりとって殺してやがるんだ
 俺たちの負けでいい、あいつとは戦うな…… って、おい!!」



何も聞こえない

ただ無音のみがあたしを支配する


「下がれ!! 試験は今年だけじゃないっ!」


あたしを止める皆の声

ほんのちょっとだけど、あたしの耳に届いた彼らの声

それに…クラピカの声

クラピカ…こんなあたしでも心配してくれるんだね……













でも、あたしには彼らの声で止まる事はできず…

舞台の上へ躍り出る


目の前にはあたしの2倍以上ありそうな大きな男



「久々にシャバの肉をつかめる… それも最高に柔らかそうないい肉だ」

「……勝負の方法は?」

「勝負? 勘違いするな、これから行われるのは一方的な惨殺。 ただお前の肉をつかみたい…それだけだ」

「そう、じゃあ死んだら負け」

「ああいいだろう、もっともお嬢ちゃん……が…ッ!!」



ブシュ




小気味いい音を立ててジョネスの首が割れ




ゴロン




地面に転がる




物言わぬジョネスの首

何か言いたそうな目と、歪に開いたままの口

血を吹き出し続ける胴体







「…………」


辺りの音が全て消えた






























何が起きたのかまったくわからなかった

正直、があっけなく殺された音かとさえも思った


ジョネスと対峙した黒い少女

小柄なその体躯、まるでジョネスとは親と子ほどの差もある様に感じられる



ジョネスの言葉を皮切りに、試合が始まったと思った瞬間には、既に黒い姿はどこにもなかった


ただ視界の端に、何か黒光りする物を持って疾走する黒い影



瞬間、話に興じていたジョネスの首が、飛んだ



鮮血に染まる闘技場

その返り血を浴び、黒と赤のコントラストに染まる少女


それが美しくもあり、なぜか心の底から寒気が沸いてくる


昨日、あんなに泣き笑いしていた少女

その姿はいまや見る影もなく、ただそこに居るのは命を持たぬただの人形のようですらあった…














小部屋で時間を潰し、ゴンの機転で5人同時にこの塔を攻略する


既に血を洗い流し、いつもの黒い服に着替えている少女


ただその少女が、が喋る事は、塔を攻略し終えるまで一切なかった



































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