鳥篭の鳥はいつも一人
ちっぽけな籠から出る事も知らず、ただそこにいる


鳥篭の鳥は寂しくない
だって傍に人がいてくれたから









でも、鳥は、










大空の広さを
空の温かさを
その身いっぱいに受けて、知ってしまった


それがとても心地よい事を























透き通る青

深い蒼

広がる青空

羽ばたけばどこへでも行けそうな錯覚



でもそんなのはただの幻想

知ってしまった、感じてしまった、思い出してしまった


忘れていた記憶
忘れていた感覚

何かを失う恐怖すらも忘れていた




故に、あたしはまた絶望する

故に、あたしはまた喪失する



まるで永遠に終わらない輪廻の輪のように

あの時以上の喪失感と絶望感があたしを襲う




手の平から零れ落ちる希望という名の優しい光

右にも左にも、どこにも行く事ができないこの気持ち













大空なんか知らなきゃよかった








涙の雫が、止まらない




























甲板の上にはトリックタワーをクリアした受験生達総勢26名

犇く殺気、苛立ち、不安、興起、希望

それらの感情は渦を巻くように、船の甲板を満たしていた



3次試験のトリックタワーが終わり、ここまでテストを共にしてきた受験者達
彼らには多少なりとも芽生えた親近感や、友情もあっただろう


でも、それはあっけなく破綻する
いや、破綻させられたというべきだろうか

4次試験内容、狩る者狩られる者

ゼビル島という小島において行われるサバイバルゲーム


お互いがお互いのプレートを狙い、奪い合い、勝者を決するゲーム


でも、だからどうしたというわけではない


なぜならこれはハンター試験
今までこういう試験が行われなかったのが不思議なくらいだから

彼らの心は決まっている
この試験に合格する事、そしてハンター試験を合格する事

自分の夢を掴むために


故に、この船上は既に戦場

お互いの番号を書くし、お互いの番号を探り合う


船上を満たす様々な感情



船は間もなく目的地に着くところだった












「…………」

目を瞑る

甲板の潮風があたしの頬を撫でていき、潮の香りがあたしの鼻を擽る

頭に浮かんでくるのは、旅団の皆、試験で知り合った人たち

広い世界

優しい光


そして、彼らの姿…







試験が始まって彼らと知り合って、彼らと話してた時間はほんの僅か

それでも、彼らと話していた時間は、これまで過ごしてきた時間の何倍も何十倍も濃密で…

まるであたしが失ったもの、忘れていたものを思い起こさせてくれるみたいで…







あたしがハンター試験会場に入って、彼らを見たときに出てきた感情を思い出す

彼らに関わってはいけないという気持ちと、彼らと一緒に行きたいという相反する気持ち

今ならわかる、なぜ彼らと関わってはいけないと感じたのか

なぜ、彼らと一緒に生きたいと思ったのか


優しい世界、優しい光

それはあたしが遠い昔に置いてきてしまったもの


故にあたしは拒絶する

彼らの光を汚してはいけないから、闇と光は相容れないから



だから世界はあたしを拒絶した

クルタ族と幻影旅団

相容れぬ存在、憎むべき相手


あたしがそっと触れた優しい光は、いまや虚空の果てに消え、ただ暗い深遠の闇のみ


暗い気持ちがあたしの身体を支配する











否、これは戻るだけ
ここに来てから得たもの、いや思い出したものを再び喪失する





ただそれだけの事
















でも…、もうこんな世界絶望してしまったのだけれど……



それでも心の片隅で、彼の紅の瞳があたしの心に影を落とす

どこか寂しげで、憎しみに満ちた表情




ああ、もしクラピカに本当のことを告げたらどうなるのだろう

彼は軽蔑する?それとも…


いや、こんな事は考えるだけ無駄だ

彼の蜘蛛に対する怒りを見ただろう


蟲の蜘蛛を見ただけで、揺らぐ彼のココロ
偽者とわかっていながら、名前を出した途端豹変した彼の表情


その全てが物語っている、決して相容れることはないと


それでも、それでも、結果はわかってるけど…っ!





心があたしを攻める
自由にして、自由にしてよと暴れだす


憎しみの眼差し、嘲笑の眼差し、軽蔑の眼差し

どこかでみたそれらのイメージがあたしの中で沸き立ち…



あたしはその感情を必死に押さえつける

否、自分の中で壊し続ける





沸き立つ感情、壊し続けるあたし












「…………」


遠く声が聞こえる

そっと触れるあたしのプレート、恐ろしいほど静かな辺りの景色



視界が暗い

光などない














甲板に一人佇む少女を監視していたものは幾人もいた

プレートの番号を隠す事もしない、漆黒の服装の少女


それは好奇の視線、そして獲物を確かめる視線


何故か苦しみような動作をし、喘いでいるようにさえ見えるその姿は妙に情欲を掻き立てる

とても弱弱しく、儚い少女


その様子を見ていた少女の周辺にいた受験者の一人が、彼女を第一の標的と定めたようで、
下卑た笑みを浮かべながらの元へと近づいていく


10M…9M…8M……少女との距離が縮まる


は、男が近づいてきているのを頭のどこかで理解していた
そして自分が彼方此方から見られている事も


それでも、自分の心を抑えるのが精一杯で男のほうに注意を払う事などできず…


ふと、見上げた視界にその男の顔が写った




どくん…



それはどこかで見たことのある顔

2次試験の時の猿のような…

それでいて違うような…



の中で数々の記憶が錯綜する
まるで開かれたパンドラの箱

その底に眠っていたのは、希望…などではなく、一時の記憶

まるで泡沫の夢のような記憶





の根底に沈めていた、一番思い出したくない記憶

それが鮮明に蘇る


放たれる銃弾、抉られる右目
吹き飛ばされた足の肉

血に臥したの友達……









『あいつが憎いか?』

「だ…れ…っ?」

『ああいう下卑た人間が嫌いだろ?』

「違うっ!それでも…っ」

『それでもなんだよ?あいつらは同類だよ、皆。
 したり顔して近づいてくる奴も、ああして顔に出してる奴もナ』

「だめだよ…っ。だってこの暖かな光が…優しさがぁ…っ…」



『そんなものただの幻想だぜ?

 お前が出来ないというのなら、…ボクがやってやるヨ』










扉がそっと開かれる

黒の禁断の扉が…

















異変は突然起きた


弱弱しかった少女の左手に禍々しい凶器

先程までの儚さが嘘のように、その存在感が浮き彫りになる
いや、その存在が希薄で薄く見えるのに…

まるで闇の中に闇が立っているいるにも関わらず、それがはっきり見えているような…



立ち上る不吉な気配


吹き荒れる黒の暴風





『皆壊れちゃえ…』



頭に直接響くノイズ、脳への侵食

木霊する少女の声

否、死神の声



悪夢の王が目を覚ます










時が止まったかのような一瞬
まるでそれが永遠に続くように感じられた後…





糸が切れた操り人形のように

の周りにいた受験者達は、その身をただ重力に任せるまま、全てが地に倒れ臥した
























――――――

ヒロインの意識下での会話です

――――――



next

* BGM from nerve *
gear / gear.mid
(c) K.Kusanagi 1997-

2001