(あぁ … どこへ行ったしまったのだ)


声が聞こえる、暗闇に飲み込まれそうな、暗闇から囁きかける声。


―何…、この声は……


(ああ、ここは暗い底なしの闇のようだ 心地がいい)


―ディラン? ディランなの?


声はどこからかあたしの頭の中に直接呼びかけているようだ。


(闇が身体を蝕んでいくよ なんて心地いいんだ 心が腐食していく感覚
 それが堪らなく心地よく愛おしい)


―ディラン、ディランなのねっ!! 今どこにいるの!? 生きてるの!!?

響く声は闇

飲まれそうな深い闇


(止め処なく底のない地底から昏々と沸き続ける闇の泉 眩暈を起こして苦痛に喜び、恐怖に歓喜している)


―何を…言ってるの? ねぇ! 返事してよディラン!!


返事は返ってこない

帰ってくるのはただ細々と独白される老人の声のみ

それは意思を持たない人形のようで


(愉しそうに笑う喰人鬼 ぱっと花が咲いたように美しい腐食鬼 肉が腐っていく高揚感
 そのドレもがワシを楽しマせル 漆黒の空に浮かぶ髑髏 海面を揺らす死体
 広大な空に佇む脆弱なる人ノ痕 幻想的な輝きを持つ憎しみ)


―返事を…してよっ! なんでそんな事いってるの!!? あたしはここにいるよっ!!!


(バラバラに分解される続けるカラダ 傷口を広げ塩を塗りこまれるココロ 魂スラ闇に飲まれて

 皮膚は剥がレ
    骨は抜カれ
       血ハ喰われ
          臓器を貪り尽くされテ
               細胞の1粒1粒まで汚染されル
 
 幾何学模様に編まれた蹂躙の糸がワシのカラダを分解する
 
抉らレる視覚
    もがれル聴覚
        抜カれる味覚
            削ギ落とされル嗅覚
                   焼ケ爛レ腐れ落ちル触覚

 失い、失イ、うしなイ、うしナイ、うシナイ、ウシナイ
   ナイ、ナイ、無クナッテイル、存在シテイナイ
     無音、無音、無音、ムオン、ムオン
        忘れていく、忘れていく、忘れていく、ワスレテイク、スベテヲ
            消エテイク、消エテイク、キエテイク、キエテイク、スベテガ)


―何……コレ ヤメテ…… ヤメテ……ヤメテ…ヤメテ…ヤメテヤメテ!ヤメテ!!ヤメテ!!!
 


「未来永劫終わらないセカイ
 さぁ こっちにオイデ 一緒に暮ラそウ さァ サァ!!」




―ヤメテェエエエエエエエエエエエエエエエェェェェエエエエ!!!!











誰とも知れない声が聞コエル

聞いたことない声 でもあまりに身近な声



「こっちにおいでヨ ねェ、もうすグ僕タチは一体化するんだヨ」


「こっちにおいで」

     「こっちにおいでヨ」

「こっちにおいで」

     「こっちにおいでヨ」

「こっちにおいで」

     「こっちにおいでヨ」

「こっちにおいで」

     「こっちにおいでヨ」

「こっちにおいで」

     「こっちにおいでヨ」

「こっちに………」


いつまでも反芻し続ける声

気が狂い、思考が腐り、脳を掻き回したくなル衝動



―アァ…… アアアァアアアアァアアアアアアアアアアアァァァァァアアアアア!!!!




「少し話をしようカ」


―アァアア…… 何?


「君は今が辛いかイ? 君が少し前に触れた温もりヲ失ってしまったのが辛いかイ?」


―辛い? 温もり? ……ツライ あんなに暖かかったのニ


「質問を変えよウ 君は今まで人を沢山殺してきたよネ?
 それは辛かったかイ? それとも君のこころハ既に壊れてしまっていたのかイ?」


―アタシのココロは壊れていr 辛クなんkナイ


「本当かイ? 本当にそう思っているノ?」


―壊れたはズ なくしタはズ 消エタハズ


「もう一度聞くヨ? 本当に『壊れテいル』と思っていたノ?」


―壊れた 壊れタ 壊レタ


「そう、君は幸せダ」


―何ヲ…?


「君の失った部分を複製する力、あれはどこから来ていると思ウ?」


―具現化、アタシの能力


「君自身が作ったト? ありえないネ 君自身にそんな力はなイ」


―あたしの力じゃナイ?


「そう、君がそう思っていただけデ アレは君の力じゃなイ」


―じゃあナゼあたしが力を使えるの?


「アレは――ボク達の■■■―――■■―■」


―?


「アァ、制限がかかっていルようダ 君自身がまだソレを理解してなイ
 話を変えよウ 君の右眼 なんだと思ウ?」


―使うと限界以上の力を引き出す魔眼?


「魔眼カ… いい例えダ だがそれも違うネ」


―そんな大層な物じゃない?


「そうともいえルし、そうともいえなイ
 君がソレを理解しないト詳しく説明ハできなイ」


―ソレ?


「君自身が間違っタ認識をしているソレ 君の力ノ結果
 君ハ過程しかマダ理解していなイ
 欠損スル肉体 ナゼ欠損していくのカ考えたことハアルかイ?」


―念の過剰行使ニ身体がついていってないカラ


「ソレは過程ノ一つにしカすぎないヨ 思考ヲ変えてごらン
 なぜ一部ズツしか無くならないカ ナゼ無くなるのカ
 一度無くなっタ物ハ、ナゼ2度とハ無くならないカ」


―なぜ同じ箇所が2度とは無くならないか ……あたしじゃないから?


「ソウ 1度無くなっタ場所ハ君デあって君じゃなイ
 君が言う模造品を生み出ス能力(ちから)ニよって生み出されタ模造品(がらくた)
 じャあ、欠損しタ君の身体ハどこにいってるのかナ? ナゼ欠損するのカナ?」


―生贄… 媒体?


「ソウ! やっト辿り着いたネ
 君ハ今まで自分自身ヲ生贄ニしてたのだヨ」


―どういうコト?


「今ニ分かル ボクが君を幸せだト言った意味もネ」


―さっきのディランの声はなんだったの? あなたの仕業?


「ソレは― あア、いけなイ 『ボク』が目を覚まス」


―ナ…に?













(穿たれた瞳ガ痛い 歓喜する髑髏
   削がれた鼻が痛い 咲き乱れる臓物
 貫かれた耳が痛い 明るい闇
   剥がれた神経が痛い 無音の喧騒
 絶たれた舌 不死身の死者
 
 アァ、あぁ こっちにオイデ 早くワシを安心させておくレ
 その手に持った鋭く歪な刃物でワシを刺して安心させておくレ
 内臓を掻き回して、骨を削ぎ、神経を切り落とし ワシを楽しませておくレ

 一緒にダンスを踊ロう 内臓や血や骨が散らばるように鮮やかなダンスを踊ろウ

 だから
          
             ハヤクコッチニオイデ                )









―いやぁアアアァアアアアァァァァアアァアァアアアァアア!!!!!










断末魔の絶叫が響き渡る
それは誰の声だったのか、あたしが誰と話していたのか ここはどこなのか?

何も覚えていない 誰も覚えていない



『ナニ』があったのかなんて 覚えてイナイ――




















「……んっ」

うっすらと開く瞼から光が差し込んでくる

開いた瞼が見たものは、地獄のような闇の世界


…ってそうじゃない 光に満ちた船室らしい部屋だ


なぜ今自分がそんな景色を見てしまったと思ってしまったのだろうか

ここはこんなに日の光で満ちているというのに


「目が覚めたようじゃの」

「……?」

「まだ意識がもどっとらんか ここはゼビル島に向かう船の上じゃよ」

言い終える老人の声

ふと部屋の片隅を見ると老人が逆さを向いて腕立て伏せをしていた


「ネテロ…会長?」


どうしてここに? と問いかけたあたしの言葉をさえぎるようにネテロ会長は説明を始める

「試験が始まる前に数人倒れてしまってな 4次試験はしばし延期中じゃ」

「そうな…の…」


(どうやら覚えてないようじゃの…)


ネテロ会長がなにやら思案したような顔をしているが、

あたしは何故自分がここに寝ているのか、何故試験前に倒れた人がいたのか不思議で仕方なかった。


記憶があやふやで何が正しいのか分からない



あたしは何ヲしていた?

あたしは誰…ダ?




「4次試験は… そうじゃのぅ また連絡をするからそれまで寝ときなさい」


「はい…」


素直にネテロ会長の言葉に従うことにする

今は何が何だかわからない


クラピカがクルタ族だと知って、トリックタワーをクリアして

船に乗って――


そこから記憶が酷く曖昧






ベッドから身を起こし、脇に置かれた水を取ろうと左手を伸ばす


「…………?」

違和感

何がどう違和感なのか説明できないけど、そこにあるはずのものがないような違和感



『生贄…媒体?』


どこかで言った言葉が思い出される

どこで言ったのか、何故そんなことを言ったのかはほとんど覚えていない。



だけど――



「ア……」



左手を見た瞬間蘇る記憶



彼が何故媒体と言ったのか、念の行使は経過に過ぎないと言ったのか


あたしは彼の言っていたことを理解した







あたしの左手は既に

























人のソレではなかったから――






























ソウだったんだ…

今なら彼が何ヲ言いたかったのか分かる

ナゼあたしの理解は間違っていたのかが分かる


身体の一部欠損、アレは念の過剰行使によるものではない

否、それも過程の一つに過ぎないということ


あたしが右眼の力を使うたびに失われてきた一部

否、それもあたしが『一部分』が失われたと思っていたに過ぎないこと


そう、あれは肉体の損失などというものではなく



あの力を行使するための媒介、生贄



そして、失われたのはあたしの知ってる『一部分』だけじゃない

あれはあたしがソウ認知していただけのこと

失った喪失感がそこに集中していただけのこと



つまり、あたしの身体はあたしが気づかなかっただけで





ソノほとんどは模造品になっていたんだ―――











最後のピースがはめられた

そう、あの2次試験の人面猿のとき


身体は全て模造品


あたしだった物の欠片も残ってない



だからあの船の上で発現した

もうあたしから得られるものはない


じゃあどうする?

答えは簡単

あたしを置き換えればいい


存在自体を喰らえばいい


ゆえの変質







再び左手を見やる


白く伸びていた指は闇を吸い取ったかのような黒に侵され

爪は鉤爪のように歪に伸び

骨格すら人のものとは違って

見えない手袋をはめたように右手より二周りほど大きくて

手の甲から腕にかけて幾重にも線が走っていル








それは人あらざる者の手








そっとその手で右眼をさする

光を宿さない右眼


魔眼とか能力発動のキーだと思ってた右眼


だけど、それは―― ソレ自身だった


右眼に宿った闇 魔

否、右眼自体がソレ



鏡を覗き込む


鏡に映る妙にやつれた生気のない顔


その顔には 開くはずのない 縦に鋭く割れた瞳孔がうっすらと右眼に映し出されていた―――















「ああ!? 4次試験開始を延長だぁ?」

「ああ、そうらしい」

予想通りのレオリオの反応を横目に見つつ、クラピカは説明を続ける。

「なんでも後方の甲板にいた数人が、腹痛で倒れたらしい」

「はぁ!? そんな奴らほかっとけばいいじゃねーかよ」

「まぁ試験前の出来事というのと、…それとだな」

「ん、なんかまだあンのか?」

「私も他の受験者が話しているのを聞いただけなので詳しくは知らないが――
 黒い服を着た少女が何かしたそぶりを見せたら皆が倒れたらしい」

「それって――」

「ああ、多分のことだろう。 トリックタワー、いやあの飛行船のときから妙に沈んでいた顔を見せていたが―」

「何をしたんだ? 毒ガスか?」

「いや…そういったものではないらしい ただ― いやあまりにも不自然すぎるな
 すまない、私にもそれ以上のことは詳しく分からない」

言い淀んだのにはもちろん理由がある

近くで見ていた受験生曰く、しばらく呆然と少女が立ち止まっていたら、どこからか一度顔を見せた会長が現れて

少女を一撃昏倒させて連れて行ったらしい


あまりにも不自然すぎる

その受験者が嘘を言っているようには思えないが、飛行船で先に行った会長がこの船に乗っているとは思えない

それになぜ昏倒させたのかも謎だ


故にそれ以上はあまりにも確証を欠きすぎている



「あいつって変な奴だよな 泣いたり笑ったり そうかと思えば無表情にあっさり人を殺したり――」


「そうだな… 彼女から話してくれるといいのだが……」


なぜこうも少女のことが気になっているのかはよく分からなかったが


(次あったらそれとなく聞いてみるか――)




『御乗船の皆様、大変お待たせいたしました
4次試験延期に関するハンター委員会からの伝言をお伝えいたします

『4次試験が行われる予定でしたゼビル島において、漂流者が数人島にいたことが先ほど判明し、
十二分に調べた結果、彼らの痕跡が多少なりともハンター試験に影響あるものと判断しました

よって最低限の安全の確認がなされるまで、皆様にはこの近くに島にて待機して頂きます
どうぞ調査が終わるまでの3日間、しばしの休息をお楽しみください』


尚、先ほど配布いたしました4次試験のプレートは、公正を規するために一度回収させていただき、
4次試験開始前に再度くじ引きをして頂きます


受験者の皆様には大変な御迷惑をおかけします』




















「会長、私のエクストラステージをなぜお使いに?」


ハンター委員会の飛行船の中、リッポーがネテロへと問いかける

それもそのはず、使われるはずがなかった3次試験の後半ステージを使うというのだ


「なぁに 余興じゃよ 今年の受験者たちは面白いのがそろっとるからのぅ」


確かに、と答え薄笑いを浮かべながら去るリッポーを横目で見ながらネテロは先ほどのことを思い出す


(あのまま4次試験を開始しておったら、受験者のほとんどがあの娘に殺されかれんかったからのぅ…
前途有望な若者が多いだけにそれはちとかわいそうじゃし、…あの娘自身も辛かろぅ
それに、奴らがあの島で慌てているのを見るのも楽しみじゃ うまく切り抜けられるかのぅ)




人の悪そうな笑みを浮かべるネテロの眼下では、受験者たちを乗せた船が沢山の船が沈んでいる島へと
辿り着くところだった



その島の名を

――軍艦島と呼ぶ。





























* BGM from nerve *
Blue moon #5 "Friday: the blackout" / bm5.mid
(c) K.Kusanagi 1997-2001