船が島に着き、続々と受験者たちが降りて来る

その口々に、不満や喜びの声を上げながら


これが与えられた休息という言葉を疑うことなく――






















「うわー、船がいっぱい沈んでる」

「さしずめ、船の墓場といったところだ」

島の周りに点在する数々の船、それらは全て難破したように大破し波際に打ち寄せられている

さらにその中でも目を引くのが、船が接岸した岸辺より正面に見える、鉄の塊 軍艦

それが島の中心部に艦首ごとめり込むような形となり、まるで島が軍艦と一体化してしまっているような感じさえ受ける。



「ここが休息の島か?」

「どんな場所なんだろ?」

「うぇー、気持ちわりぃ…」

「こんな場所で吐くなよ」


口々に感想を述べていく、クラピカ、ゴン、レオリオ、キルア

ただレオリオだけは、軽い船酔いになっていたようだが



受験者たちが皆降りた跡にそっと地面へと降りたつ

波音と潮風を体で感じながら、靡く髪の毛とスカートを抑える

辺りには数々の難破船と、海ヅルの声


風が吹き黒いスカートが靡くたびに、カーテンをちぎってぐるぐる巻きにしたような大きな布が
左手で揺らめいていた――











「受験者の皆さん、ようこそいらっしゃいました
 当ホテルの支配人を勤めておりますバナァと申します こちらは主人のジナァです」

「今、ホテルといったようだが?」

ホテルの支配人という初老の夫婦が受験者たちを前に語り始め、その言葉の中に気になるところがあったのか

ハンゾーが受験者たちの中から進み出て、初老の夫婦へと話しかける

軍艦と難破船しかないこの島のどこにいったいホテルがあるのだろうか?

その疑問は話を聞いていた受験者たちにとって気になる疑問であったようで、

ハンゾーが初老の夫婦から話を聞いているのを興味深げに聞き耳を立てている


「はい、この船は一部を改造して宿泊施設となっております――……」

そのハンゾーの問いに、初老の男ジナァがこのホテルのこと、そしてこのホテルがどのようないわれがあり、

どのような格式があるかを延々と説明し始める


「……………白亜の宮殿と歌われ「あぁ、前口上はいいあんた達はハンター試験の関係者じゃないんだな?」…ほれ」

さすがにいつまでたっても終わりそうもない説明に、ハンゾーがストップをかける

ハンゾーが老夫婦の前に近づいてきたとき、一瞬二人が目を眩しそうに閉じたのは、
決して太陽が向かい側にあっただけではないだろう

その証拠に後方から見ている受験者たちもハンゾーのほうを見るたび目を眩しそうにしている


「そうでしたわね、ではハンター委員会から伝言を御伝えします
 合格者の皆様、お疲れ様でした
 4次試験開始は3日後です それまでこの島でしばしの休息をお楽しみください」


その言葉に「ほんとに休みなんだ」「休息は助かる、4次試験前に少しでも体力を回復させておきたいからな」
等の声が上がる

4次試験の内容が内容なだけに、先ほどまで受験者同士も馴れ合う気などあまりなく、

お互いのプレートを確認しようと虎視眈々と狙っていたが、既にプレートを皆しまいこんだ上に

先ほどまで自分のターゲットだった番号は今は回収されてしまい、再抽選となっているため

今はただ少しでも体を休めたり、休息を楽しもうと思うものがほとんどらしい


ちなみに再抽選が発表されたとき、あきらかに喜んでいるものが数名おり、そのくじ運のなさを物語っていた

彼らにとってはまさに天の采配だったといえよう

他の者は確かに危険人物と評されるヒソカに当たる確立ができたとはいえ、それは何十分の1の確率

それにそれ以外の人物とあたったところで、ここまで残ってきた受験者たちの実力はほぼ伯仲していると考えている

だから極端な危険人物にあたっていた人物が喜びこそすれ、他の受験者は自分が知っている番号に次の抽選でなるように思いながらも

ただありのままにこの決定を受け入れていたりする

下手にここで神経を磨り減らして相手のプレートの番号を探ったり、いろいろと仕掛けたりするよりは

言葉通り休息を受け入れて、次の4次試験を万全な状態で受けれるようにしていたほうが賢明なのだ


それらをここまで残ってきた受験者たちは肌で感じ、それを実践しようとしている

だからこそ受験者同士でいろいろ話し合えるのだ


といっても、一部のものはあからさまに警戒してたり、何かを狙っているようではあったけど――






「ちょっくらシャワーでも浴びてすっきりするかぁ」

休憩とホテルという言葉を聞いた受験者たちはみな思い思いに休みを取ろうと、ホテルとして利用できるという

軍艦へと足を向けるが――

「お待ちください」

その行軍をバナァが呼び止める

なんだなんだ? とバナァのほうを見つめる受験者たちに、バナァは―

「宿泊費前金で1000万ゼニー頂きます」

といい笑顔で言い放った


「へ?」

その言葉に受験者達は一様に凍りつく

それもそのはず、

1000万ゼニーといえば普通の生活をしている人が贅沢さえしなければ5年は普通に暮らせる額だ

下手をすれば郊外に一軒家を持てるかもしれないくらいの大金である




「1000万ゼニー!?」

「お金取るの?」

「法外な値段だ」

「ヨークシンシティの超高級ホテルでも半年泊まれる!!」


受験者達の凍り付いていた時が解け、口々に一斉に反論の声が上がる

自分達は休憩としてこの島に来たのだ

それなのにお金を取るとはどういうことだ!? というのが彼らの言い分である


それに対して、それだけは譲れないと頑なに拒む老夫婦が示した方法は、宝探しであった――









この老夫婦、古美術商も営んでいるらしく、宿泊代代わりに現物を持って来れば

その価値に応じて部屋を用意するということだった







「まったく、あの爺婆 人の足元見やがって! とんだ食わせ物だぜあの支配人
 きっと毎年ハンター試験を利用してがっぽり儲けてるに違いねぇ!!」

「ぼやくな」

老夫婦にいわれたとおり、難破船を1個ずつ探していく

本当はこんなことしたくはなかったレオリオだが――

4次試験、はては自分がこの島で3日間生きていくためには背に腹はかえられない

「なぁあにがホテルで休息だ
 これじゃ4次試験が延期になっても、ハンター試験やってるのと変わりゃしねぇ!
 ……試験?」

ふと、何かに気づいたかのように船のガラクタを探していたレオリオの手が止まる

そして思考するレオリオの答えを、あらかじめ可能性として持っていたクラピカが言葉を続ける


「そう、これも試験の一環という可能性は十分ある
 宝探しといえばハンターの仕事として基本中の基本だ」


「でもよぅ、あちらさんの都合で休息になったっていうのに、この仕打ちはねぇんじゃねぇのか?」


「それは多分、予想もできない出来事が起こったってことだろう
 本当はこの場所もハンター試験の内容として組み込まれる予定だったのかもしれないが、
 なんらかの都合で使用しなかった
 しかし、4次試験が始まる前にハンター委員会にとって予測できないことが起こった
 
 3日程時間がかかりそうだが近くに泊れるような施設がない、かといって船の上で何日も過ごさせるわけにいかない
 そこで、ここの島に白羽の矢が立った ついでに突発的なハンター試験で受験者達のハンター資質を問う
 こう考えれば辻褄が合うとは思わないか? といっても私の推測に過ぎないのだが」


「突発的ねぇ あの漂流者がいたって話どう思うよ?」


「恐らく嘘、だろうな ハンター委員会が事前にあの島を調べていなかったとは思えないし
 あの時点で明らかになるような出来事でもない
 もし漂流者がいたのならもっと事前にわかっているか、我々が島に到着してからわかるようなことだろう」


「やっぱりあの受験者の一部が倒れたってのと、の奴がなんか絡んでることが原因ってかぁ?」


「その可能性は大きいな それがハンター委員会にとって何らかの不都合なことだったと考えるのが自然だ
 先ほど船の上で言ったこととは矛盾するが、受験者が数名試験前に倒れた程度のことで
 ハンター委員会がハンター試験を延期にするとは考えにくいしな」


「そういや、そのは船降りた辺りから見てねェな」


「皆が宝探しに出かける前は後ろのほうに佇んでいるのを見かけたが――
 そういえばレオリオ気づいたか?」


「あぁん? 何がだ?」


「彼女、左上に大きな包帯みたいなものを巻いていたぞ 船に乗る前までは確かになかったものだ」


「ああ、そういえばなんか黒い布を手に巻きつかせてたな にしてもよく見てるなお前」


「少し気になってな やはり後で話を聞いてみるか」


「まぁそのときゃオレも一緒にいくぜ?」


「助かる」













潮風に髪が靡く

宝探しの話があってから、あたしはずっと岬の先に座り込んでいた


「休息かぁ…」


ココロは妙に落ち着いている

自分が自分じゃないものになっていっているのに、それでも妙に落ち着いている自分が不思議に感じられるが、
やはりそれが自分自身なのだと思いなおす


ゆらゆらとはためく左手の布

自分の着ている服では隠すことができなかったため、船室に取り付けてあった厚めのカーテンを腕に巻きつけ
ピンで留めてある


左腕だけがアンバランスに見えるだろうが、それでもこの腕を見られるよりましだ


遠く波間を呆然と眺める

眼下では宝探しに躍起になっている受験者達が海へ潜り、船を探索し続けている

それが酷く現実から離れているように感じ、自分がこの場所となぜかズレテシマッテイル様な感じを覚える


「よぅ嬢ちゃん こんな所でなにしてンだ?」

いつからいたのか、あたしの横から顔を覗き込むかのようなハゲ、もといハンゾーがいた


「眩しい」


「なッ、てめぇ喧嘩売ってンのか!? で、嬢ちゃん宝探しもしないでどうしたよ?
 このままだと野宿になっちまうぜ?」


「別に野宿でもいい…」


「何言ってンだよ 干からびちまうぜ? そういえばよ、嬢ちゃんその左腕どうしたんだ?
 怪我でもしたか?」


そう言い布に包まれたあたしの左腕を取ろうと手を伸ばしてくる


「…やッ!!」


びくッとしてその腕を引っ込めると、ハンゾーが何かに気づいたように腕を戻した


「あぁ、悪かったな 触られたくなかったのか
 だけど怪我とかしてるならちゃんと治療しとけよ?」


「ごめん…」


「いいってことよ こっちも迂闊に触ろうとしちまったしな
 にしても嬢ちゃん顔色少し悪いぞ? ちゃんと飯食ってるか?」


ぐいと強引に顔をハンゾーのほうへ向けさせられる

目の前にあるハンゾーの顔、「なんか痩せこけてるし、顔色わりぃなぁ」
と呟くハンゾーが本当にあたしのことを心配してくれてるんだなって伝わってくる


「ハンゾー…近すぎ」


「あぁ悪ぃ悪ぃ! ちゃんと食わんといかんぞー でっかくなれねぇぞ?」


ぽんぽんとあたしの頭を撫でてくる

確かに背はちっこいけど、そう言われるとさすがに少しカチンとくる


「ハンゾーもちゃんと育毛しないとね」


「これは剃ってるんだ!! 禿げてる訳じゃねぇ!
 まぁ早いところ宝探さないと部屋貰えないからな、もう行くわ…それと」


「ほらよ」と言い、あたしに向かって小さな指輪を投げてくる


「ふぇ?」


「さっき見つけたもんでたいしたものじゃねーだろうけど、ないよりはましだろ?
 嬢ちゃんも人間なんだ ちゃんとした部屋で寝ろよな」


どうやらこの指輪は宝を探す気のないあたしへの、ハンゾーなりの気遣いだったらしい


「ありがと……でもあたしもう……」


「じゃオレは行くわ またな嬢ちゃん ちゃんとスカート抑えてろよ?」


「また見たのか! この変態!!」


ハンゾーのその言葉にそっと言いかけた言葉を飲み込む

あたしはもう人じゃない その言葉を――



再び海を見やる

手の中にはハンゾーがくれた小さな綺麗な指輪


やっぱり気分は滅入ったままだけど――


それでもなぜか先ほどよりは、体がぬくもりに満ちているような気がした――

















(ったく、あの嬢ちゃん 危なっかしすぎる)


宝探しをしていてふと目に付いた、岬に佇む少女

その黒い服を見間違えるわけもなく、そしてなぜか左腕にぐるぐる巻きにされた布が目に付いて
オレの足は自然と嬢ちゃんのほうへと向かっていた


オレの存在に気づいたかのように、こちらを向いた口から発せられる相変わらずの口調

冗談めいたことを口にしていたが、その顔は2次試験のときとはかなり変わっていた


あの時もただならない雰囲気をかもし出してはいたが、今はなんというか空ろ、そして消えてしまいそうな印象

頬は少し痩せこけ、顔は綺麗な白から少し青っぽい印象に変わっていた


そして髪に隠れた右目

前はただの黒って感じの瞳だったが、さっき風に揺れたとき見えた瞳はまさに獣のソレ

うっすらと走った瞳孔を見たとき寒気がした


忍びとしての直感、この女はキケンだ

だが、それ以上になぜかほおっておけない


同じ日本出身だからか?

否、あたっているようで違うような気がする


答えは出せないが、それでもあの嬢ちゃんには笑っていてほしいと思う

これは忍びではなくオレ個人としての願望だ


(いかんな こんなことでは忍びとして失格になっちまう)


嬢ちゃんに見つけておいた指輪を渡しちまったので、また何か宝を探さないといけない


今夜の安眠を獲得するために、オレはまたまだ見ぬ船内へと身を潜らせていった























* BGM from nerve *
Where the wind blows / wwb.mid
(c) K.Kusanagi 1997-2001