宝探しによるホテルの配室も終わり、受験者達はそれぞれの休息を楽しんでる

ある者は釣りをし、探検をし

またある者は部屋で修行をし

またある者は自分の思いを噛み締める


軍艦島に夜の帳が舞い降りる――

















「ここにいたのか、


舞い降りた夜、漆黒が辺りを包み込み月明かりでしか周りが見えないソコ


「まーったく、部屋あンのになんでこんな場所にいるかねぇ」


船の甲板に舳先にそっと座り込みどこかを眺めている少女

その左手には少女の服装と不釣合いな布が巻かれており、漆黒のその服装は夜において

尚その姿を見えにくくしている


「…何?」


まるで人形のように佇んでいた少女、だがその口から発せられた言葉は確かに人のソレだった

















「どこいくンだ? クラピカ」

「あぁ、昼はクルタ族の船のことで行っていなかったが、の様子を見てこようかと思ってな」

「もう寝てるんじゃねーか?」

「彼女は確か地下の一人部屋だったはずだ 寝ているのなら引き返せばいい」

「しゃーねーなぁ オレも一緒に行くぜ」

「すまない 助かる」

「まぁまぁいいってことよ それにお前、昼のこともあるんだしあんま無理すんじゃねーぞ?」

「ああ」


今はそのレオリオの気遣いが嬉しかった

確かにクルタの事はいろいろ思い出されて辛かった反面、

やはりこのハンター試験に合格しない事には始まらないという事を再び認識させてくれた

無念の同胞のためにも私は、ハンターにならなければならない

そう、そのために――





だが、ずっと気にかかっていた事もある

それはこのハンター試験に来てから出会った少女の事

なぜこんなにも気になるのかがわからない


一緒にいた時間は僅かなものだし、話をしていた時間はさらに少ない

最初に出会ったときには、あまりいい印象を受けなかった

(そっけなさすぎる)

それが第一の印象だった


だがそれはハンター試験の性質というものを噛み締めれば当然だったのかもしれない

自分の知り合い以外はやはり、ハンター試験の同じ受験者であり倒すべきライバルなのだ

そういった意味では彼女のあの態度は間違っていたとは思えない

だが、彼女からそれ以上の思いを感じたのも事実だ



それから1次2次試験と経てから、彼女とちゃんと話す機会があった

その時彼女は泣いていた

今まで見てきた他人を寄せ付けないような感じでも、孤高な感じでもなく

ただそこにいたのは見た目の年齢と同等な少女だった


それが今までの私のイメージとちぐはぐになり、彼女に対する最初の印象は多少なりとも変わった


少なくともそこにいたのは嘘偽りのない姿の少女

黒いワンピースにエプロンドレスを纏ったハンター試験では浮いてるような感じがするが、

どこにでもいるような年相応な女の子



そして彼女の

「気にしないで、あなた達を拒絶したのはあたしだから」

という言葉


いったい私達がこの少女に何をしてしまったのだろう?

誰かが何かをした覚えは――

少なくともハンター試験が始まってからはない


とすると前? いったいいつ――?


ゴンもキルアもレオリオもとは初対面といっていた

ならば、のほうが一方的に誰かを知っているというだろうのか?


考えていても答えは出ない


ただあの夜、笑って話す彼女の顔が妙に綺麗だったのと

私の話を聞いた後泣いて走り去っていた少女の顔

そしてトリックタワーでジョネスを無表情で殺害したときの人形のような少女


全てが私の中で噛み合わなく、そしてなぜ少女があんな悲しそうな顔をしていたのかが気にかかる



あの時我々と話していての様子が変わったのは明白だ

何が彼女を傷つけてしまったのだろう、何が彼女の様子を変えてしまったのだろうか


そして船での騒ぎ


その全てが気にかかる

だが、それ以上に私はなぜか彼女とゆっくり話がしたいと思っていた





「部屋には――いねぇな」

ノックをしても返事が返ってこず、扉に手をかけてみると鍵がかかっていなかったらしく扉はゆっくりと開いた

だがしんと冷えた部屋の中には人の気配がせず、そこに部屋の主がいないことはすぐに分かった

というか、部屋を開けるだけ開けて、すぐにどこかへ行ってしまっているような感じすらした


「というか部屋にいた痕跡がほとんどないな」


「あぁ、どこいってンだろーな そういえば昼ずっと海のほうを眺めてなかったか?」


「そうだな とすると甲板かどこかにいるかもしれないな ……ん?」

ふと机の上におかれたままになっていた黒いナイフが目に入った


「これは……」

確かがジョネスを倒したときに手に持っていた大降りのナイフだ

なぜこんなところに――


柄を掴みまじまじとソレを眺めてみる

「……ッ!?」

「どうしたクラピカ? それのナイフじゃねーか」

「このナイフの柄の部分の模様を見てくれ…」

「模様? ……これ昼の船にあった模様と似てるな」


ありえない、なぜこんなものをが持っているのだ


「これは、クルタを表す家紋の一つだ それも……これは私の家に伝わる家紋だ」

「なっ!? じゃあ、このナイフの持ち主であるはお前のところの家柄だって言うのか?」

「……わからない 彼女はクルタ族ではないように思う
 だが、現にこうして彼女はクルタの紋様の入ったナイフを持っている
 それに…この紋様を扱えたのは年長者だけだ」

「聞かなきゃいけねぇ事が増えちまったな
 もしかしたらお前の関係者かもしえねぇし」


「そうだな… 甲板へ向かおう」


そっと漆黒の刀身を手に甲板へと向かう

その慟哭は今までに聞いた事がないほどの高ぶりだった


が血縁者かもしれない――その期待感と

がこのナイフを持っている理由――その可能性のため

















「ここにいたのか、

予想通り甲板の舳先で海を眺め続けていた彼女を見つけたのは、の部屋から出て数分後の事だった

「…何?」

振り向く少女、まるでそこに誰がいたか既に知っていたかのような表情

「少し話がしたくってな 横いいか?」

レオリオがの横へと座ったのを見習い、私もを挟むようにして座り込む

「…うん」

「ひょー、結構風強いが気持ちいいな ずっとここにいたのか?」

「風が気持ちよかったから、それにずっとこうしてたかった」

「風邪をひいてしまうぞ? 何か食べたのか?」

「大丈夫 あまりお腹すいてない」

「だめだろそんなんじゃ 確かここにっと…ほらよ」

レオリオが差し出す飴の袋

それを「?」といった表情を浮かべながら受け取る

「大して足しにはならねぇかもしれねぇが、何も食わないよりはましだ 食っとけ」

その言葉にの表情は先ほどまでの暗く沈んだような、どこか遠くを見ている表情から一転し

急に頬を赤く染め年相応の少女の顔に戻る

「…ありがと」

もぐもぐと飴をほおばる

先ほどまでの冷たい空気は消え、多少暖かいものへとなっていた


(レオリオが来てくれて助かったな 私一人じゃもっと警戒されていただろう)


なんてこんなことを考えているとまるでが小動物のように見えてきてしまう


「それで、あたしに何のよう?」


「ああ、いくつか聞きたい事があるんだが―― まず、何か我々は君を悲しませるような事を言ってしまったのか?」


考え込むかのようなの仕草

その一つ一つが先ほどまでの少女のものと違い、妙に愛くるしい


「ん、あなた達のせいじゃない 前も言ったと思うけどあたしが拒絶したから
 あたしが勝手にああなっただけの事 だから気にしないで」


「以前我々がなにかにしてしまったということか?」


「ううん、あなた達に悪いところなんてない あたしのせい」


話が堂々巡りしているように思う

そこにレオリオが助け舟を出すように、

「じゃあ何が理由なんだ?」


「…………」


明らかにその問いかけで、びくっと少女の表情が一瞬固まったのが見て取れた


「ん、ごめん 内緒 言えない」


レオリオもそれを感じたようで、それ以上問い詰めるような事はしなかった


「わかった それともう一つ聞きたい事があるんだが――」


「オレは先に船室に戻ってるぜ なんか眠くなってきちまいやがった」


ふぁあーあと大きな欠伸をしつつ、レオリオが軍艦の中へと戻っていく

恐らくクルタの事を聞くという事で多少気を利かせてくれたのだろう

その気遣いに嬉しく思いつつ、手に持っていた短剣をの前に差し出し問いかける


「この短剣、失礼だとは思うがを探しているときにの部屋で見つけた」


「サウザンド… あたし部屋に忘れちゃってた」


「この剣の銘か? これについて聞きたい事があるんだがいいか?」


「うん あたしに答えられる事なら何でも――」





















ただ部屋にいたくなくて、夜風に当たっていたくて闇に浸っていたくて甲板にいた

全て闇が吸収してくれる、そんな気がして



そんな中やってきたクラピカとレオリオ

正直クルタ族のことがあったからあんまり話したくなかった

でも、なぜだろう

この島の空気がそうさせるのか、あたしの左腕がこうなってしまったからそうさせるのか

彼らの話に付き合う事はそう居心地の悪いものではなかった


飴もおいしかったし


彼らの聞きたい事とは、なぜあたしが彼らと距離をとるのかという事

彼らがあたしに何かしてしまったのではないかという懸念

でも、それはただの冤罪 あたしが一方的に避けているだけの事


それをちゃんと説明する もちろん理由は言えないけど


こんなこと蜘蛛にとって敵となりうる人物の前で話す事ではない事は分かっているつもり

それに今この場で殺してしまったほうがいいのかもしれない

でも、でも――


あたしは彼らの事が気にかかっていた

クルタ族とか蜘蛛とかではなく、人と人として気になっていた

だから、故にあたしはまた孤独になろうとする

彼らと距離を縮めれば縮めるほど、そのときが来たらきっと敵対するだろう

この想いは消えてなくなってしまうだろう


だから、こんな事思ってちゃいけない

彼らと―仲良くなろうなんて 光と闇は相容れないのだから――


あたしの存在が彼らを不幸にする

人ではなくなってるあたしの存在が彼らを不幸にする


でも、理由なんてない

人のことが気になるのに理由なんてない――























「この短剣の柄の紋様だが―― 心当たりはあるか?」

「ううん、知らない」

「知らない――か」

血縁者ではないと思っていたが、やはり違ったようだ

ではどうしてがこの短剣を持っていたのか、何かしらの関係者なのだろうか?


「ならこの短剣どこで手に入れたのだ?」

「……どうしてそんな事聞くの?」

先ほどまで明るかった表情から一変し、暗く沈んだそれへと戻る

私の顔を見ているようで、その視線はどこか遠くを思い出しているような――

まるで幸せと辛い記憶を同時に思い出しているような、

そう、その雰囲気は大事なものを無くしてしまったよう


「この紋様だが、これはクルタの紋様の一つだ
 前にも言ったと思うが、私はクルタ族だ
 今は滅ぼされたクルタ族の紋様の入った武器をなぜ持っているのか気になったのだ」


その言葉、特にクルタ族というところで表情が固まる

畏怖しているような、何かに怯えているようなそんな表情


「……クルタ族の短剣?」


「これが一族のものかは分からない が、なにかしら関係しているのは事実だ
 できれば知っている事を教えてほしい」


考え込む

その表情からは本当にこれがクルタ族のものであるということは知らなかったという事が伺える


「貰ったの …大事な人から もう……いないけど」


「貰った…? 誰にだ? なぜいないのだ」


「大事な…人 お爺さん…… これ…以上………いい…たく…な…い」


クルタ族という言葉に反応しすぎてしまっていたのだろうか

いつのまにかが泣いている事に気づかなかった


「……すまない」


そっとハンカチで目元の涙をすくう


(くそっ! なにをやってるんだ私は)


その様子に自己嫌悪、誰にでも言いたくないことや思い出したくない事があるのであろう

そこにずかずかと踏み込んでしまった


きっと今の中では思い出したくない思い出で溢れてしまっているのだろう

恐らくこの様子、さっきの言葉から察するに貰った誰かは既に死んでしまっている

それもこの少女の目の前での出来事だったのだろう

その泣きじゃくる表情を見る限りあまりいい死に方ではなかったらしい

それを思い出せてしまった

普段の様子が気丈で、何も感じていないように見えたから――

私は知らずその線を思いっきり踏み越えてしまっていた


その泣きじゃくる表情は、まるで今まで抑えていたものが先ほどの言葉であふれ出して止まらなくなっているよう

そこにあるのはただ泣きじゃくる年相応の女の子の姿だった――



「すまなかった…」

こちらに向け倒れこんできた少女を抱きとめ、そっと背中を撫でる

その体躯は思っていたよりも細く、小さかった


「…クー……死んじゃ…やだ…よぅ… 一人は……い…や……
 ディラン……さ……ん………」


を抱きとめたまま、夜は更けていく

そっと抱きしめたその身体からは、今まで感じなかったぬくもりがゆっくりと伝わってきた


「あたし……まだ…人間……だよ……ね………」


そう呟いた少女の声

消え入りそうで、まるで神にでも懇願するかのような声


その言葉の意味は分からなかったが、それでもなぜかその言葉が深く私の心に残った――












「クラ…ピカ……… 部屋…戻らない…の? ここ寒い…よ?」


決して交わるはずのない光と闇だけれど、それは止め処なく溢れてきて抑える事ができない


だめだ…よっ 一緒にいることできないんだから…っ


―ずっと抑えてきた気持ち


あたしは蜘蛛だよ… 


―交わる事のない輪廻の鎖


一緒にいたらいけないんだよ…っ! 受け入れちゃいけないはずなのに!!


―去来する想い 蘇る記憶


どうして…こんなに……優しいんだよっ!


―吐き出す事のできない本当の気持ち


あたし…は敵だよ? なんで…っなんで!!


―彼にとっての敵のはず 憎むべき存在のはず


なんでこんなに優しいんだよ…っ!
なんであたしは…… こんな…に…身体と…ココロを委ねちゃってるンだよ…っ!!


―錯綜、迷走する自分の気持ち 身体と気持ちが乖離する


だめ…だよ…っ あたしなんか …優しくされる価値ないんだよ…っ!


―なのにどうして


「こんな状態なのに放っておけるわけないだろっ!
 今は…泣いていいんだ…っ」


あなたはこんなにやさしくしてくれるの?























* BGM from うみねこ音楽工房 様 *
波の音 / nami.mid