音が響く

微かな汽笛の音と、機会が駆動するエンジンの音


なんだなんだと集まりくる受験生達を嘲笑うかのように


暗がりに船が出港した



残されたのはハンター試験受験者25名のみ―――




2日目が始まる






















「おぅ、クラピカ なにがどうなってやがンだ!? …っては一緒じゃなかったのか?」


甲板にて徐々に島から離れていく船を眺めていると、寝起き姿のレオリオ、ゴン、キルアが近寄ってきた

辺りには呆然と立ち尽くす受験者達

それもそのはず、自分達を乗せてきた船はなぜか出港してしまい、おまけにホテルの老夫婦たちまでいなくなってしまったのだ


「あぁ、彼女なら泣き疲れたらしく寝てしまったので、部屋へ運んでいった 多分今も寝ているだろう」


「泣きつかれたぁ!? さすが色男はやる事がちがうねェ」

「クラピカ、さんと一緒にいたんだ」

「へぇ〜」


からかう様なレオリオの口調を軽く流し、あまり宜しくない現状を見据える


「とりあえずだ 私もを部屋に運んだ後エンジン音が聞こえたのですぐ出てきたのだが、既に船は出港してしまっていた
 それに甲板にあの老夫婦の姿もあった …我々は置き去りにされたという事だろう」


「ゴンとキルアも老夫婦の事見えたのだろう?」と問いかけると、二人とも確かにいたと答える


なぜ我々を残していったのかは分からない

が、これがただの休息ではなくハンター試験の延長である可能性が濃厚になってきたという事は間違えないだろう










あれから数時間たち、朝を迎えた

なぜこんな状態になってしまったのか把握できなく呆然と立ちすくし海を眺めている者

とりあえず帰ってくるのを待っている者

何かないか探しに行った者


三者三様の様相を表してはいたが、彼ら全員の胸中は同じだろう


一体何が起こっているのかと?


だが、それに答えられるものはいない

ただ今は何か進展がないか立ち竦むのみ





「あれから5時間以上はたってる ったくこんなところに25人も客を置き去りにする支配人が
 どこの世界にいるってんだ」


海上を何かを探すように眺めているレオリオが呟く

海上では海ヅルが鳴き、ただ平和な島といった感じだが、海上に彼らの期待するものは一向に姿を見せない

そして、レオリオの独り言に答えられるものは誰もいない


「管理人の部屋を見てきたンだが、お宝は全部おいてあったぜ」

いつの間にか姿を消していたハンゾーは、何か手がかりがないか軍艦の中を探し回っていたようだ

「忘れてったのかなぁ?」

「そんなわけねーだろ」

「ただ置き去りにされたわけではないようだな」

「これも試験の一つだと?」

「分からない これだけでは判断材料が足りない」


再び甲板に静寂が戻る

何をすればいいのか、何をしたらいいのか分からず、現状をひたすらに把握しようとする受験者達


ただ海鳥のみが気持ちよさそうに声を上げながら、島の空を舞い続けていた














「……あれ? …朝?」

目に差し込んできた光が眩しくて、そっと瞼を開ける

窓から飛びこんできた日の光は既に頭上から傾きつつある位置

つまり既に昼をまわっているという事


(あれ…なんであたし 寝てたんだろ? というかここどこだろ?)


確認するように辺りを見回す

少し着崩れはしていたが、特に変わった様子のない服

かけられていた薄い毛布

ガランとした部屋に窓が一つだけつけられた小部屋

ふと、テーブルの上にある黒い短剣に目がいく


(あぁ… そういえば昨日……)


思い出される記憶

なぜ自分があんな感情になってしまったのか今でもよく分からない

蜘蛛に拾われてから4年 一回も崩れるはずがなかったあたし

なのにまだ数日だというのに 崩れてしまったあたし


何が本当なのか分からない、どれがあたしなのか分からない

ただ分かるのは、そっと添えられた左腕が妙に痛む事だけだった











「まただ、あの音 海のほうから キルア、聞こえない?」

「いや、全然 波の音しかしない」



波風に当たるために甲板へ出たところでゴンとキルアと出会った


なにやら神妙な顔つきで海のほうを見て話していて、こちらには気づいていないようだ

といってもキルアの方はこっちに注意向けてるみたいだけど…


「…皆騒いでるけど、何かあった?」


「あ、さん おきたんだね」

「おそよう」

あたしの声に振り向く二人

ゴンはその顔に満面の笑みを浮かべて、キルアは呆れたようにこちらを眺めている



「それがねぇー…」

皆がなんか騒いでいた理由はゴンが説明してくれた


「取り残されたんだ そっかぁ」

「驚かないの?」

「驚いてるよ、十分 ゴン説明してくれて、ありがと」

とりあえず事情は分かったし、あまりこの二人と話していたくはない

とりあえず何か見つけたら教えるよってことで、その場で二人と別れた



「ねェ」

船の甲板から移動しているあたしに、キルアの声がかかる


ってさ、何者?」


その声に答えるかのように


「…なんだろうね?」

そうまるで自分に問いかけるように呟き返し、今度こそあたしは本当にその場を後にした














ゴンと軍艦を探検していたら、珍しくの方から寄ってきた

起きたばっかりらしく、妙に眠そうな顔をしながらふらふらと近づいてきていた

その気配は微弱

凄く印象的で目を奪われるほどの印象があるのに、ふと目を逸らすとそこには誰もいなかったように感じる

強く儚い気配


隠しているわけではないのだろうが、が接近してくるときの気配はまさに自分達側のソレ


に出会ったのは1次試験のマラソンの途中

「何か面白い奴いねーかな」と思い、列をスケボーで後ろから先頭に向けて移動していたところたまたま目に入った

際立った体躯、際立った格好の多いハンター試験受験者の中でさらに異質な少女

黒のワンピースにエプロンドレスを纏ったソレは、まるでアリスが不思議の国へと迷い込んでしまった印象を受けた


だから声をかけた

理由は単に面白そうだっただけ

そして知ってしまった

と名乗った少女が、なにか普通の奴とは違う気配を発している事を


戦えば負けはしない

だけどそれ以上の何かが少女からは発せられていて、自分の中で警鐘が鳴り響いていた

キケン チカヅクナ アブナイ

暗殺者としての直感がその事実を告げていた


でも― そんな想いを振り切るようにぎゅっと掴んだの手は
予想よりも小さくて、冷たくて そしてとても儚かったんだ―――



一応注意を怠ることなくの様子を観察してたが、ゴンとなにやら2,3言喋ると満足したかのように、
船の中へ向けて歩き出していた



その背にずっと思っていた言葉を投げかける


ってさ、何者?」


返ってきた返事は、予想通りのような予想外のようなもので


「…なんだろうね?」

そう言い振り返ったの顔は、まるで自分自身にその質問を問いかけているかのようだった












潮騒が鳴り響く

がやがやとした人の声があちこちで聞こえる

船を直しているもの

軍艦に何かないか調査しているもの

そしてこの事態を理解すべく動き回っているもの


だけどあたしは特にそれに加わろうとは思わない

誰かと馴れ合う事なんてしない


(昨日のあたしはきっと変だったんだ 壊れてたんだ)


そう思い、再び眼下に広がる海原に顔を向ける


小さく見える人影


軍艦の天辺に吹きすさぶ風


靡く髪 翻るスカート


手を伸ばした手に止まる海鳥


周りに集まっていた海鳥達は、まるであたしをダンスに誘っているかのように踊り続けていた――











『From this valley they say you are going

 We will miss your bright eyes and sweet smile

 For they say you are taking the sunshine

 That has brightened our path for a while 』






―歌が聞こえた


ハンゾーがリーダーに、私がサブリーダーに決まり

この事態を打開するためにこれからの動向を決めた後、操舵室を探っていると


歌が聞こえた



か細く、風に乗って消えてしまいそうな儚い声

海鳥達の声と交じり合いほとんど聞こえないが、それでもはっきりと心に響く声


…か)


どこにいるのかは分からない

声の距離から行ってそう遠くはないはずだが―


『Come and sit by my side if you love me
 Do not hasten to bid me adieu
 But remember the Red River Valley
 And the girl who loved you so true 』


意味は分からない

だが、その旋律は逃れられない何かからの苦しみに足掻いている様

儚く、か細く、消えてしまいそうなのに

ただはっきりとその歌に籠められた思いが届いてくる


(綺麗な声だが、これは――)



思い出される昨晩の事


泣き叫び、ずっと顔を伏せたまましっかりと服をつかんで話さなかった少女

今までのどこか違う視点から見ているような感じではなく、同じ目線で泣きじゃくっていた少女


『Won't you think of the valley you're leaving
 Oh how lonely, how sad it will be?
 Oh think of the fond heart you're breaking
 And the grief you are causing to me 』



歌は続く

その声はいつものの声と変わらなかったけれど――



『As you go to your home by the ocean
 May you never forget those sweet hours
 That we spent in the Red River Valley
 And the love we exchanged mid the flowers 』


その歌に秘められた想いは、確かに私の胸に届いて


(なんて悲しい歌なんだ……)


知らず私の頬に涙が一筋流れていた


あの日失ったはずの涙が―――