森の中は寒い

まるで身を切り裂くような零下




森の中は暗い

不可思議な現象を呼び起こさせるような不安感





森の中は一人

近くに生き物の気配なんてなく、時折聞こえる魔獣の叫び声に森が戦慄く





森の中は、森の中は、森の中は…



















フェイタンとフィンクスに追い詰められてから2日

あたしはまだ生きていた



































崖から飛び降りて、その次にが目覚めたときには既に全て事が終わっていた

体中から骨がきしむ音と、数々の切り傷、打撲、擦り傷を代償として、命を勝ち取った


ただ鳴り止まない川の音と、疼きを残した肩の痛みのみがには唯一つの現実




「なんであたし生きてるの…?」





答えてくれるものは誰もいない

本人にすらわからないことなのだから…
























それから這うように森の中を彷徨った


肩に巻いていた包帯は既に流れ落ち、剥き出しの傷口から自分の血と肉がはみ出ており、それを見るたびに気分が悪くなる


川の水で濡れた服は肌に張り付き、身体の体温を奪いながら、あたしの気分も憂鬱にさせる




また、いつ旅団が襲ってくるかわからない不安感と、ディランを失った喪失感と、逃げ出した自分を攻める猜疑心





















―もりのなかはくらい



まるであたしのこころのなかのように










―もりのなかはさむい



まるであたしのこころをいてつかせるように










―もりのなかはひとり



まるであたしのように このせかいにひとりぼっちになったあたしのように
























むねにぽっかりとあいたくうはく


























































頭の中を侵略し、犯すような不思議なノイズ





初めは言語をなしていた


『 stray world 』



知ってる


今のあたしのこと



『stray world』


発音 strei

動詞

意味
1:離れる、はぐれる
2:迷い込む
3:偶然の


わーるど

いち:せかい、ちきゅう

に :うちゅう、てんち





マヨイコンダセカイ


ヒトリボッチノセカイ






『stray world』


うるさいっ

あたしの頭の中でしゃべらないでっ!




『stray world』



やめてっ!
もうききたくないの!




『stray world』




いやっ
やめて…よぉ……







『stray world』




きき…たく……ないっ





『stray world』



こころが壊されていく苦痛


なぜわからないの?



『stray world』


…………






『stray world』




(沈黙




『stray world』


『stray world』


『stray world』


『stray world』


『stray world』

『stray world』

『stray world』

『stray world』
『stray world』
『stray world』
『stray world』
『stray world』

















『stれい わrld』





…………くすくす





『st*r@# w☆r+d』






…あはっ、あははっ

あはははははっ



ノイズが壊れてきちゃった




あははっ、あはは




あたしのこころもこわれてきちゃった






じぶんがなにをかんがえてるのかわかんない


あははっ、あはは























あたしの心の片隅が、音を立てて崩れ始めた






























































チクッ

























「痛っ!」







加速度的な、の心の破壊を止めたのは、






「……あ」





袋の端っこからこっそり顔を覗かせたナイフ




それも銀のナイフ








数多い装飾で彩られたそれは、あれだけの水量を浴びながらも、淡く光る銀を湛えの瞳を映し出していた







「ディランさん……」
















途端に今まで流れることを忘れていた、あたしの瞳から涙の筋がながれはじめた
























あたしのこころのはかいがとまる









くうはくのこころに、ほんのちょっぴりめばえた勇気






ただそれだけが、それだけが、このちっぽけな、たったひとりのあたしの


道標















急速に人間としての機能が回復し始め、思考が再開される





ディランの生死は不明

―生きてる可能性アリ


蜘蛛は仕事中

―アンゼン



この世界はあたしの知らないことばかり





絶望の果てに辿り着いたこの道が正しいのかわからない




ただ今は、あたしを愛し、守ってくれたディランの生存を信じるのみ




くらいもりのなかをすすむ






たったひとつの暖かかった記憶をたよりに…









































暗い森の中を彷徨うように歩き続けて二日目


はようやくディランの家らしき小屋を発見した


既に疲労は限界に達し、水とよくわからない木の実のみで過ごした二日間によって、肉体的、精神的に完全に疲れ果てていた






でも、がこの家を見つけられたのはある意味何か運命めいたものを感じる



まるで何かがあたしを導いてくれたような…



足元に括り付けてあるナイフ、あなたが導いてくれたの?


















ディランからもらったナイフ、銀の装飾が美しい儀式用のようなナイフ



その銘は、サウザンド



銘以外の文字は、にはまったくわからない文字ばかりだったが…













はじめてまじまじと見た概観は、立派な山小屋といった風体で


壁に開いた穴がなければ何もおかしい点など何もない立派な物


不安と尚早と、焦りと期待が入り混じりあたしの心を酷く揺らがせる





入り口は…よかった、開いてる













ガチャ














緊張と期待で扉は開く
























「おかえり。寒かったろう?さぁ、あったかいスープがあるから家に入りなさい。
 の好きなミドゥラクッキーも用意してあるぞ、ホッホッホ」


温かい笑顔で出迎えてくれるディランさん


その顔を見ているだけであたしの冷え切った心があたたかくなっていく









……



































なんて幻想




ある意味予感していた通り、開いた扉の向こうには何もなかった





砕けた寝室へのドアと、壁にあいた大きな穴





数日前まで暖かさで満ち満ちていたそこは、既に空虚な塊を成していた






ただ、一つ、そこにあるはずのものがなかった





即ちディランの姿






あたしの最悪の想像は免れたが…







部屋の中にたくさんの人が入り込んだような足跡と、何かを調べていったような形跡が言いようのない不安感を生み出す




















調理場、寝室、広間、倉庫


は順々にディランの仮宿を調べていくが、期待したものは何も出てこない


ただあるのは、ディラン=カーチスという人間が、ここにいたらしいという記録のみ…


ただの記録


温かみもない、ただの記録





その記録と、今の事実に虚無感を覚えたの瞳は無意識にある一点に集中される


ただ一度、ディランという人間と触れ合い、温かい心をもらった場所…


主のいない寝室は、壁の大穴も連れ立って、さらなる虚無感を生み出していた








心の支えがうしなわれてく








唯一の希望すら打ち砕かれて…







が寝室へ夢遊病者のように近づこうとしたとき、







「だれだ!?」








ふいに玄関のほうから鋭い声がかかった












刹那芽生えた、淡い希望





しかしその希望は、浮かび上がったシャボン玉がやがて破裂するように





あっけなく消え去った















「何をしているんだ!この家は現在立ち入り禁止で捜査中だ!この家の関係者じゃないものは速やかに…ん?」



に食い掛かったのは、服装から言っておそらく麓の町の警察


ただ、の世界と違ったのは、拳銃がに向けられているということ




「おまえ…もしかして、ディラン=カーチスが運び込んだ病人か?」




あたしの思考が纏まるのを妨害するように、警官の捲し立てるような質問は続く





「ディラン=カーチスをどうしたんだ!?まさかお前が…」




もう何を言っているのかわからない、疑うような、舐めるような視線がの身体を這い回る





「ん?お前のその手に持ってるのは何だ?ちょっと貸してみろ」








手に持っているもの…サウザンド!






だめっ!

これはディランさんとの唯一のつながりなんだから!

ディランさんが最後に託してくれたものなんだからっ!!






おそらくこの警官の手に渡ったら、二度と手元には戻ってこないだろう


ディランとの大切な思い出…


それすらも奪われてしまうような気がして…




大事な記憶すら、この野暮で無慈悲な男に踏みにじられるような気がして…






「いやっ!」





あたしはその手を跳ね除けていた








「いってーなぁ!」






「あうっ!」






警官の手があたしの頬を容赦なく打ち付ける



大柄な警官の一撃を受け止めることすらできなく、あたしは、肩から壁に激突した












ゴキャ!













傷跡をたたえる肩が、変な方向にねじり曲がり、鈍い音がする


「―――っう!!」


声にもならない叫び

痛い、なんて代物じゃない



「おっと、悪いな、ちょっと強くはたきすぎちまったか」


まるで悪びれていなく、それでいて楽しんでいるような警官の顔は酷く歪で、まるで人間じゃないような錯覚すら受ける







こんなおとこに、あたしのたいせつなおもいではわたせない









「えいっ!」


下卑た笑いをたたえながら近づく警官に、手近にあった花瓶を思いっきり投げつける



「ちぃ!なめたまねしてくれるじゃねーか!このガキが!!」




その一瞬の隙


ほんの僅かな隙だけど、確実な隙


その隙間を縫うように、あたしの身体は外へと飛び出していた




胸にディランとの大事な思い出を抱えながら…





「ちっ!怪しいやつが逃げたぞ!捕らえろ!!」




どこにいたのか、先ほどの警官らしき男と同じ格好をした男たちが、周りからぞろぞろとあらわれる





「ガキの癖に結構足がはやい!撃て!撃てぇぇええ!!」



先ほどの男の号令を引き金に、あたしに向かって降り注ぐ銃弾の雨











いやっ!



まるであたしの意思に呼応したかのように、発動する不思議な力








でも、








グチュッ!




「あああうっ!」







姿を消す直前、あたしの足を一発の銃弾が抉った


























肉の焼けるにおい、立ち込める硝煙のにおい、あふれ出す血のにおい






痛い、いたい、いたい、いたい、いたいイタイイタイいたいいたいいたいいたい!!!!!









身体の中に妙な異物を挿入された感覚


銃弾は貫通することなく、あたしの足首に突き刺さっていた

























「どこいきやがったあのガキ!追え!探せばまだ近くにいるはずだ!!近隣にも手配書を回しておけ!」


銃弾がガキに届く前に、あのガキの姿はまるでそこには初めから何もいなかったように消え去っていた


ちっ、折角ディラン=カーチスの件で手柄を立てれると思ったのに


でも、あの変な光…ヤツがディランの事件に一噛みしていることが、尚更濃厚になってきた



絶対にあのガキはオレが捕まえてみせる…

























名医と謡われたディラン=カーチスが襲撃された事件は、瞬く間に近隣の町へと広がった



その功績と、名誉によって、ある意味有名なプロハンター並の知名度を誇っていた彼の襲撃事件は、事件のほとんど起こらないこの辺りでは、
まさに大事件と呼ぶに相応しい事件だった



ディランの住んでいた町を統治する王国は、彼の襲撃事件に際し、懸賞金を掛けた



「犯人、もしくはそれに順ずるものを捕まえてきたものには、報奨金を出す」



条件は破格だった





犯人ならば生死は問わず

黒に近い疑いのあるものならば、「殺さなければ」 不問とする



そのニュースは瞬間でネットで流れ、その近隣の町に住むハンターの見習いや、荒くれものどもは挙って、ディランの山小屋を訪れ、荒らし、捜索へと散っていった







を撃った男もその一人


彼は近隣の大都市の警察官だったが、その報奨金の額と、捕まえた後の出世の欲に目がくらんで、彼の部隊総出で犯人の捜索に出たのであった































「はあっ、はあっ、はあっ…」


焼ける様に痛い右足を庇いながら、森の中を駆ける


追っ手は…どうやらいない、撒けたようだ







「ふうっ、ふぅ…」


右足の銃弾を何とかしないと、このままじゃ動くこともままならない…


血を流し続ける右足を軽く触ると、そこには異物感と激しい激痛


まるで自分の中から、肉を突き破り生えてくる鉄の塊






の足に突き刺さる銃弾の長さは10cm程、所謂ライフル弾というヤツ




ただし、「捕獲用」の




ライフル弾には歪な返しがいくつもついており、容易に抜ける代物じゃない





すぐに殺されはしない




ただ、内側から徐々にその身体、心を腐食させていく、…兵器























「んっ、んあ"あ"あ"あ"あ"ああああああっ!!」



痛みに任せ、サウザンドを何度も右足の傷口に突き立てる


その度に、意識が飛びそうなくらいの激痛があたしの体内を駆け巡り、あたしの脳髄を焼く



傷口から肉があふれ出し、広がった隙間からは白いものと赤いものが入り混じっている








骨と肉











ズチュ、グチュ、グチュ、グサッ、ザクッザクッザクッ





「んんんあ”あ”あ”あ”あああああっ!!」





何かに取り付かれたように、何度も何度も自分の足を突き刺す


サウザンドにあたしの血が大量につき、まるで殺人でも犯しているような気持ち



あたしがあたしを殺すの



あたしの肉を抉り、あたしのこころを壊していくの








さらにライフル弾の周りの傷口は広がり…






「ん”ん”っ!!」











傷口に手を突っ込む





もはや痛みなんてない





あるのは空虚に開いた足の穴と、まるで抜け殻のようになったあたしのこころ





ずちゅ…




あたしの指が、あたしの体内を弄り、侵す




「あたしのなかから、でてけーーー!」





ズリュッ





周りの肉を伴いながらも、渾身の力でライフル弾を引き抜く





抜かれた傷口からも止め処ない血が流れ続け





また開いた肩の傷口からも血があふれ…





あたしの世界は真っ赤になった