夢の中のあたし





静寂に満ち、時折響く水滴音

それ以外はまるで無音

まるで何も存在してないかのように、ここにいるのはあたし一人だけのように


孤独


寂しい


ひとりぼっち








でも、なんだか暖かい


孤独なはずなのに暖かい






だれか…いるの?




























「ここは…?」


暗い部屋

光が差し込まない部屋に、ただ蝋燭の灯りのみが灯っている


「起きた?」


不意に横手からかけられた、凛とした女性の声


だれだろう…?

というか、あたし何してたんだっけ…



頭の中が混乱したまま、横手にいる女性の方を振り向こうとするが


「うっ…」


両手両足がまったく動かない…


まるでだらんと腕を垂れた人形


頭の芯に響くような鈍い痛みで、あたしの記憶は覚醒する



そっか…、蜘蛛の拷問を受けて…



不意に蘇る忌まわしい記憶、恐怖の記憶

焦燥じみた目で身体の各部を確認していくが、






特に異常ない






クロロに触られて、それからあたしの中から何か出てくるような感じがして…






記憶がない







戸惑うような表情のあたしに、隣に座っていた女性が淡々と説明し始める


「あんたは、その、団長にされそうになった時、いきなり黒い霧を噴出してその後倒れたの。
 傷は大体治しておいたけど、骨折までは治せないから我慢して」



傷を治したっていったいなんで…?




蜘蛛にとってあたしを傷つける事はあっても、傷を治すなんて事はないはずなのに…





「なんで、あたしの傷治したの?」


不思議に思い、横にいた和服を自己流にアレンジしたようないでたちの凛とした女性


幻影旅団員、マチに尋ねてみる





「団長命令だからね、詳しくはあとで団長が話してくれると思うけど、あんた、だっけ。
 今日付けで蜘蛛に入団することになると思うわ」



「え?」




マチの答えにあたしは完全に固まってしまっていた




























蜘蛛について行ったのは、ただ孤独がイヤだったから


セカイはあたしを嫌っている


街の人も、さまざまな人があたしを嫌い、迫害しようとする




あたしを必要としてくれる人はいない




だから、




あたしを必要としてくれる人達、その人たちのところへ行きたいと思った









それが、どんなに悪人だろうと






彼らの一挙手一足動に、優しさを感じてしまったのだから…






他の人からは感じられなかった、人間味を感じてしまったから…




















蜘蛛に連れてこられても、人としての扱いなど受けないだろうと言う事は分かっていた


拷問され、蜘蛛に必要な情報を奪われ、用がなくなったら捨てられるか殺されるかの存在だと思ってた


それでも彼らはその間だけでもあたしの渇きを癒してくれる




そう思っていた




ただ、それだけでもいいと思っていた




















でも、




返ってきた言葉は 仲間




あたしが仲間?


蜘蛛の仲間?


蜘蛛に入るの? いや、入れるの?



あなた達の中に入ってもいいの?



あなた達はあたしを嫌い、迫害しない?


あなた達はあたしの前からいなくならない?








答えは分かっている







答えはあたしの中にあるのだから


























蜘蛛は、仲間を裏切らない



























空虚な心に、妙な安心感と、高揚感と、驚き


ゼロのココロに微かな灯火が灯る

儚く消えてしまいそうな灯火

それでもあたしは、その灯火を大事にしていきたいと思った


その灯火がどんなものであったとしても…

























「目が覚めたか」


不意に横手から聞こえた男の声

軽やかでも、重圧的でもない中世的な声




一瞬先ほどの出来事があたしの頭を横切ったけど…

その声を聞いたらその記憶の恐怖は霧散した

今の彼の声に、あたしに何かをするような敵意は…ない



「クロロ…=ルシルフル」



「団長、右手はもういいの?」

「ああ、このくらいたいした事ない。、マチから話は聞いたか?」


横手から聞こえるクロロの顔を見ようと身体を起そうとするが、まったく力が入らない


痛い?

うん、でもそれ以上にあたしの状況は酷く滑稽に見えた

四肢を捻じ切られた人形


「っ…」


「無理に動かなくてもいい、そのままで答えてくれ」


そのクロロの声は今まで聞いてきたクロロのものとは違い…


絶対的な権限を持った声と、あたしを気遣ってくれるような声


ただの情報だけが必要な少女としての扱いじゃない


それは、仲間となるか否か、同類、仲間となるべきものへと送られる声調


「あたしが、蜘蛛に…入るって話?」


「そうだ、答えはイエスかノー。もしお前が断れば、またあの続きをするだけだ。
 だが、お前がオレ達と一緒に来ると言うのならば、蜘蛛はお前を仲間として迎え入れる。
 が蜘蛛の情報を何故持っているのかは気になるところだが、そこのところも深くは追求しない」


「あたしが蜘蛛に…」


「ああ、だが蜘蛛といっても基本は個人行動だ。頭のために蜘蛛は動く、蜘蛛という存在を維持するために蜘蛛は動き続ける。
 だが、それはお前が一人ということじゃない。が蜘蛛の中にあり続ける限り、孤独になる事なんかない」



なんで…

なんでこの男はあたしのココロの中を読んでいるような言葉を発するのだろうか


あたしが恐れるもの

孤独


あたしが欲するもの


人の温もり、あたしを必要としてくれる存在




それがどんな悪人だろうと、あたしに温もりをくれて、あたしを必要としてくれるのならば…













既に答えは決まっている




















「蜘蛛はあたしを必要としてくれる?」


「ああ、もしお前が蜘蛛に入ると言うのであれば、蜘蛛はを歓迎する」



これは間違った答え?


あたしは間違った事をしてる?



ううん、あたしは間違ってない


少なくとも今は間違ってない

あたしを必要としてくれる人達がいる


彼らはあたしに何を齎すのかは分からない



でも、あたしの孤独を、一人ぼっちを癒してくれるなら、あたしに温もりをくれると言うのなら




あたしの決意は鈍らない






























「うん、あたし…蜘蛛に入る。あたしを蜘蛛に入れ…て」


「わかった、蜘蛛はを受け入れる。その誓いとして団員ナンバー入りの刺青を入れるんだが…
 にはまだ早いな。 今刺青を入れたら身体が成長する時におかしくなっちまう
 とりあえずこれをつけとけ」


クロロが自分の首につけていた、ネックレスをはずしあたしの首につける


黒い紐状になっているネックレス

飾り部分は蜘蛛の形をしており、何か黒い鋼で作られているのか、その色合いは漆黒
蜘蛛の瞳の部分についた宝石は銀色を湛え、浪々ならぬ様相を醸し出している


ただその漆黒が美しくて、妙にあたしに合っている様な気がした




「これでも蜘蛛の一員だ。細かい説明は…シャル来てるんだろ?後を頼む」


扉の影から出てくるように、長身の爽やかそうな男、旅団員シャルナークが姿を見せる


「りょーかい。まずは仲間になった記念に握手っと」


すっと差し出される手にあたしはどうしようかと目を泳がせる


「この娘、手動かないよ?」

「あ、忘れてた。フェイタンに折られてたね」


呆れたという顔でシャルナークを眺めるマチ

そんなマチの様子など気にする様子もなく、握手の代わりと言わんばかりにシャルナークがあたしの髪を一撫でする





あ…


ふわっとあたしの髪を撫でる手が…







あったかい…

















「じゃ、話を続けるよ。
 まず、蜘蛛の活動内容だけど、盗み、殺し、たまにそれ以外の活動かな。
 あと、蜘蛛として絶対に守らなければいけない事。
 蜘蛛の存続を最優先とすること、団員同士のマジ切れはご法度、以上。
 あ、あと団長命令は絶対っと、これくらいだっけ」

「まぁルールなんてそのくらいじゃない?」

「そうだよねー、オレ達堅苦しいの苦手だし」


「ああ、それから、お前の念能力の指導はシャルに任せるから、シャルの言う事はよく聞くんだぞ?」


横手から読書をしていたクロロが口を挟んでくる

「なんか団長、その言い方父性愛が感じられるよね」


「おい、シャル!俺はまだそんな年じゃないぞ!?」

「そうそう、団長はまだ22だよ?まぁもうちょっとしたらおじさんだけどね」


「お前達なぁ…」


呆れたような、怒ったような表情



あたしの知ってるどのクロロの表情とも違う

無邪気そうな顔





「くす…」


自然に笑顔がこぼれる

ただ感情の表面を何かが通り過ぎて上滑りするように



、おまえも笑うんじゃないっ」

「ふふふっ」


笑いが止まらない、いや、止められない

壊れたはずの、あたしのココロは笑うのをやめられない


まるで表面のみを滑り続けるメビウスの輪

ただ永遠に感情なき感情が上滑りし続ける…




























「うん、やっぱりは笑ってる方がかわいいよ」

今まで見せてきた年相応と思えない表情や仕草が嘘のように、ころころと笑っている

ただ、その笑顔が酷く滑稽で歪に見えるのは何故だろう


まぁ、団長は横でむくれちゃってるし…、話を先に進めないとね


「で、団長。これからどうする?」


「ああ、旅団員が集まっているうちに挨拶だけさせておくかな。シャル頼めるか?」

「うん、よいしょっと」

「ありがとう…」

横手に寝そべっているの身体を抱える


うわっ、かる…

まるで何も持っていないような感触


先ほどからころころ笑う様子は温かい様子を醸し出してたけど…


身体が冷たい

まるで死んでいるように


彼女の身体は冷たくて、儚かった



「どうしたの?」

オレの異常に気づいたのか、横手にいたマチが尋ねてきた


「ん、いやー特になんでもないよ」

「まさかシャルもフィンクスと同じだったりしてね」

「なっ、違う。オレはロリキラーなんかじゃないって!」

「どうかしら?」


オレの腕の中でころころ笑うと、横手でニヤニヤ笑うマチ


「だから違うって!」


和気藹々と話し続ける団長とマチ

そしてネタにされるオレと…


それを見てころころと顔をほころばせる



あー、なんかこの先が思いやられるなぁ…
























シャルナークがを抱え、大広間へと到着する

薄く汚れた大きな扉、重圧感が感じられる大きな扉


その扉が開かれ…、薄暗い大広間が姿を現す



薄暗く埃のにおいのする広間には、そこ彼処に木材や何かの部品が置かれ部屋の半分を占めており、

彼方此方に浪々と灯りが湛えられる室内は、そこ彼処から人の気配がする

広間にはヒソカを除くほかの蜘蛛の団員達

クロロが到着するや否や、それまでトランプや読書をしていたほかの団員達の視線が一点に集中する



その後、流れるようにシャルナークに抱えられているに視線が集まり…





クロロが広間全体に響くかのように高らかに宣言する





「今日付けで=は蜘蛛に入団した」