「じゃあ、まずは念の基礎からいくね」

シャルナーク先生の念能力講座

蜘蛛に入って2日目、あたしに与えられた最初の仕事




























小部屋でシャルナークさんと二人っきり


ふと記憶が頭を掠める


シャルナークさんはかっこいい

蜘蛛の中でも知的に見え、それでいて爽やかな印象

蜘蛛の中という範囲をとっても、かなりかっこいい部類に入ると思う

そんな人と二人っきり

もし、こんな状況じゃなければ素直にシャルナークさんと二人っきりって事を喜んだのかもしれない




でも、それは幻想


儚き夢、儚き空想




シャルナークさんが、蜘蛛が、あたしに求めるのはただ力のみ

蜘蛛にとって必要となる力のみ

蜘蛛に弱者はいらない、蜘蛛としていられるのは強者のみなのだから…


























「念能力っていうのは、身体から出てる生命エネルギーを自在に操る能力の事で、主にこれを操れる人のことを念能力者って言うね
 念能力を身につけていない人と、身につけている人じゃ、いくら身体能力の差があったとしても念能力を身につけている方が圧倒的に強い。
 だからには念能力を身につけてもらう。
 動けるようになり次第、身体能力のテストと格闘術の基本もやってもらうけどね。
 
 とりあえず、動かないでもやれる念からやっちゃうけど、、念のこと知ってた?」




念能力


あたしの頭の中の本棚から、記憶がまるでバックファイアをおこしたかのように勢いよく溢れ出す


頭の中から溢れ出してくる情報郡

−なぜそんな情報があるのかはわからないけれど

その中から必要な情報だけを抜き取り、また本棚にしまいこむ

−本棚がまた闇に沈む


「うん、知ってる。
4大行、纏を知り、絶を覚え、練を経て、発に至る。
纏とはオーラを肉体の周りに留める技術、絶はオーラを完全に閉ざし
練は爆発的にオーラを高め、発は念能力自体、つまり個人個人の能力の事。
…間違ってる?」

「うん、その通り。その年でよく知ってるね、は」

言葉が表すとおり感心したような表情でシャルナークさんが返す


「でも、あたしが知ってるのは知識だけ。能力は使えない」

「いや、は知らずに能力を使ってると思うよ。そうじゃないとオレ達から逃れられていたのが説明つかないしね。
 それに基本は知らなくても能力を使えてるなら、ちょっとした刺激を与えてあげればすぐに使えるようになるよ。こういう風にね」


ベッドに寝ているあたしの肩にそっとシャルナークさんの手が添えられる


「今からオレのオーラをに流し込む。自分の周りでオーラを留めるようなイメージで、纏を行うんだ。
 早く纏をしないと死に至るかもしれない。準備はいい?」


纏ができない…それは即ち生命エネルギーが際限なくもれていくという事

ただ漏れ続けるオーラは、あたしの身体を衰弱させ、やがて死に至らしめるだろう


それほど危険な事


でも、あたしには恐怖はない


念能力が使えないのならば、蜘蛛からも見放されてしまうだろう


それは即ち、孤独


今のあたしにとって、死と同義語

否、それ以上




ならば、あたしは能力を身につけてみせる

あたしが蜘蛛でいられるために




「うん、大丈夫。…お願い」


「じゃあ、行くよ!」


肩から、シャルナークさんの手から、凄い勢いであたしの中に流れ来る熱いものを感じる

それと同時にあたしの中から、なにか抑えきれない何かが迫りあがってくるような感じがして…




ブワッ




「うわっとと…」



あたしを中心に黒い渦が巻き起こる






























なんて、オーラ量…


ただ能力だけがその存在を誇示するかのように、無意識に発動していた少女

何をされても動かなかった彼女の精神

冷たくひえたカラダ




まるで何かから解き放たれたかのようにの身体からはオーラが出続けている

黒く、何物をも通さないような漆黒の渦



溢れ出していたオーラが、彼女の周りにゆっくりと収まり始め…




「纏でき…た?」



そう、彼女は呟いた



「もうできちゃったの!?」


まだオーラを開放してから1分も立ってないはずなのに…

の周りには安定したオーラがたゆたっていた





なんて才能だ

あれだけのオーラをあっさりと、それでいてここまで揺らぎなく留める事ができる能力者は早々いないだろう


それを先ほどまで纏もできなかった少女があっさりとするなんて…






団長命令だから

ただ念を教える、それだけのはずだったのに

この少女に、軽い不安感と、それに大幅に勝る興味を覚えていた


この黒いオーラと白い肌のコントラストを生み出す少女に…



























溢れ出すオーラ、黒いオーラ

まるであたしの中から、あたし自身の何かが飛び出すかのように、あたしの周りには黒い渦が巻いている


一瞬その勢いと、色に驚いたけど…


見ているうちに理解した、ああ、これはあたしなのだと、あたし自身なのだと




そう思った瞬間、辺りを縦横無尽に駆け巡っていたオーラがあたしの身体の周りに集まり、そっと留まる


「纏でき…た?」




えっ、と言う表情でシャルナークさんがあたしのほうを見る



オーラはあたしを包むように静かにたゆたっていた










「まさか、すぐ出来ちゃうとは思わなかったよ。これなら他のも覚えるの早いかもね」


あたしの周りにたゆたうオーラは、纏の完成を表していた


「他のって、絶とか凝?」


「そう、纏、絶、凝、練、発、周、流、硬、堅。まぁこのくらい使えるようになれば、そこそこ戦えるかな。
 まぁ今日は初日だし、とりあえずは纏の維持に努めるように。纏が寝ている状態でもできるようになれば合格だよ」


「…ありがと」





手を振りながらシャルナークさんが部屋を出て行く

薄暗い灯りが灯った部屋には、ただあたしが一人

いや、あたしとあたしを取り囲むように漂い続ける黒いオーラのみ









ふよふよと漂うオーラ

それが珍しくて、いろいろ試してみる



自分の思うように動くんだこれ…


なんかおもしろい


ただふわふわとあたしの手足のように動くオーラが面白くて、あたしはあたしの中にある念の知識通りにいろいろ試していく




あたしの周りのオーラを、手足に集中させてみたり、一箇所に集中させてみたり、一気にあたしの周りに広げてみたり


その度にオーラはあたしの意思どおりに動き、あたしの思ったとおりになってくれる







ガチャ




突然開かれるドアの音



突然の音に、あたしはオーラを纏の状態に戻す


「よぉ、おまえ蜘蛛に入るんだってな」


扉を開けて入ってきたのは、もさっっとした格好をしたフィンクス


「レディの部屋にノックなしではいるのは、…マナーがなってない」


シャルナークさんはノックして入ってきたのに…

もし、あたしが着替え中だったらどうするんだ


「へっ、そんな見る場所もねー身体してるくせに何言うんだか」

なんか蔑むように、呆れるようにこちらを眺めるフィンクスが無性にむかつく


「ロリのくせに(ボソ」


「ってめー!まだ言うか!?」


扉の後ろからまるで見計らったかのようにシズクが顔を見せ、フィンクスに絡んでいる


二人で言い争っているように見えるが、一方的にフィンクスが負けてるみたい


ただ二人のその仕草に、あたしのもやもやは霧散した



「で、フィンクス 何かあたしに用?」


「ああ、ってめーシズク! あっちいってろ! っと、ただお前の様子を見にきただけだよ」


後ろからからかい続けるシズクをあしらう様に、フィンクスは部屋の中へと足を踏み入れてくる


「それだけ?」

「ああ。おまえ蜘蛛に入ったんだってな、蜘蛛の活動内容を知っての上で入ったのか?」



「あぁ?」

「だから、あたしの名前は。おまえじゃない」

「ちっ、ガキのくせにうるせーなー。 、これでいいんだろ?」

「うん それと蜘蛛には活動を知っての上で入団した。といってもまだ仮入団みたいなものだけど…」

「そっか、まぁがんばれよ。敵じゃなくなったのなら、おまえを襲う必要性はないからな」


「襲うだって、こわーい。 ルイに何するつもりなのかにゃ〜? フィンクスのロリキラ〜」

いつの間に扉の傍に戻っていたのか、またシズクがフィンクスの方を向いてからかっている


「…っ! 今度という今度はゆるさねーっ!!!」

シズクの思い通りのようにシズクを追いかけて、部屋を出て行くフィンクス

「きゃーきゃー、あたしも襲われる〜」

さして怖がってもいない様子で、ぱたぱたと逃げ続けるシズク








部屋にはまた静寂








ふわふわと舞う黒いオーラ




あたしの中から沸き立っている黒いオーラ










くろ


くろくろ黒……




一点の曇りもない黒、漆黒


ただそれが恐ろしく、それでいて綺麗





黒はあたしの色


空洞だったはずの右目に再生された漆黒の瞳


黒はあたし自身


銀の刃から変色したサウザンド


黒はあたしの空虚な心


ただ立ち上るこのオーラ










急激にあたしに襲い来る疲労感と、それ以上今の状態で続けたら何かが壊れてしまう恐怖感

ただの疲労じゃない、あたしの存在そのものが削られていくかのような略奪感



これが、念能力を酷使しすぎた代償…


生まれ出でたばかりのあたしの力に、あたし自身がついていかなかった





ただそれだけ





何の感慨もない、だってそれが当たり前なのだから







この自由に動く力、あたしが生きるために必要な力



漆黒の黒いオーラ、あたしの意思どおり動くオーラ




あたし自身の生命





黒…





漆黒はあたし自身












黒…








世界が黒に染まる





































纏がすぐ出来たのに驚いた、そのオーラ量の大きさにも驚いた

こんな小さな子供があっさりと念を使えるようになってしまうとは…

でもそれよりもっと驚いた事


オーラの質と色


ヒソカのように禍々しいオーラではなく、団長のように闇を背負っているような感じじゃない


ただ、漆黒

それが当たり前のように漆黒



何者をも映し出さない、何者もその先を見据える事ができない


まるでの存在そのものがオーラとして顕現している


いや、違うか


のオーラだからこそあんな色と質なんだ


に何があったのかはパクノダしか分からない

はその事を話そうともしないし、まるで何もなかったかのように振舞ってる




、君はその幼い身体にいったい何を抱えこんでいるんだ?

























が生きていくために必要なもの、念

が蜘蛛であるために必要なもの、念

が孤独な存在でないためのもの、念





という存在があり続けるためのもの、念








はただ強くなりたいだけじゃない、生きるために、その存在を保つために


ただ、念を欲した

彼女の存在があり続けるために念を欲した



ただそれに念が応え、彼女が類まれなる念の才能を持っていた


ただそれだけの話だった





思いは何よりも強い


それがどんなに間違った思いであったとしても…


彼女が心の底からそれを信じていて、それを欲しているのなら…


念はそれに応えるだろう


それが彼女の念、の念能力の根源だった




























1ヶ月が過ぎた


纏を覚えた次の日、同じくらいの時間に現れたシャルナークさんに、あたしがあの後に試した事を順に披露していったら、シャルナークさんが完全に固まった

途中までは驚きの声を上げてたのに、後半は無言でただ顔が引きつらせていた

でも、ただオーラを消すという絶だけはできなかった
理由はよくわからない

シャルナークさんは「ルイ自身の特質性の影響」と言っていた。



念の修行に、ウヴォやフィンクスによる格闘技術の訓練

マチによる身のこなしの訓練





…………


辛くなかったといえば嘘になる
                                                
オートマーター 
辛かった、容赦なく鍛えられるその様は、まるで電極を無理やりさして動かされる自動人形


傷もたくさん増えた、まだ治りきっていない傷も数多ある



それでも、


それでも、あたしは






幸せだった








常に傍に蜘蛛の団員達がいた


あたしを嫌っているものも警戒しているものもいる











それでも、





あたしの空虚な心は孤独に晒されることはなかった






それが今のあたしにとってもっとも幸せな事

















世界はあたしを拒んでいる


世界はあたしを嫌ってる



略奪し、迫害し、あたしの心をズタズタにし、壊し、犯し、侵し、破壊する





stray


あたしはstray


この世界ではイレギュラーな存在









蜘蛛はあたしの孤独を満たしてくれる


蜘蛛はあたしの傍にいてくれる


上滑りする空虚な心に、後悔の念など一筋もない










だけど、


なんで涙が頬を伝うのだろう


なぜ、悲しくないのに涙が溢れてくるのだろう









答える者は誰もいない


涙の雫は止まらない














より強く、より黒く




あたしの身体と心は成長を続ける