インタールード1






空は漆黒当たりも漆黒、すべてが闇に包まれた世界
時折彼方から流れ込んでくる風は、生暖かく血生臭い
月さえも恐ろしくて顔を出さないそんな新月の夜


「はあっはあっはぁ・・・」


ざざざざざっ

波打つように揺れる木々の中に異質な音源が一つ

それはまるではかなく消えうせてしまいそうな蝋燭の灯火


「なにがっ・・・おこったんだ・・・・・・」


少年の脳では先ほどまでの出来事の説明はつかない

いや、つきたくも無いというのが正解か


まるでその存在を訴え続けるかのように鼓動し続ける心臓

とめどなく吐き出される荒い呼吸

身体全体が酸素を求め続けるかのように脈動する



















擦れた足が痛い



吹き出した血が体力を奪っていく



あちこちにぶつけた傷跡が痛い




でも、そんなことよりも・・・






この胸にある痛みの方がもっと痛い













紅い瞳の男の子

















少年の故郷はひっそりとした山の中にあった
何者にも干渉しない、何者からも干渉されないそんな秘境の奥地

鳥が歌い、花が舞い降り、村中から喚起の歌声が聞こえる

少年にとってはそんな楽園だった




クルタ族…

少年の一族は世間からそう呼ばれていた

感情の起伏によって紅に輝く彼らの瞳は、緋の目と呼ばれ世界中のコレクターから狙われている

故にクルタ族は他人との干渉を避け、山の中にひっそりと暮らしている


そう、あの瞬間までは…










彼の記憶にあるのは、ただただ無残に引き裂かれていく同胞たちの姿と


朱く燃えていく自分の故郷と


大事な人たちの亡骸










そして、蜘蛛の刺青














彼の脳裏にはそれしか残っていない


思い起こされるは悲劇の惨劇、既に失ってしまった過去の楽園






大事な人、友人、家族




一瞬にして全てを彼は失った





人が生きる短い一生のうちで永劫に続くかと思われた緩やかな時



彼の日常、彼のタイセツナモノ






消え去ると思っていなかったものが、跡形も無く消え去るということ












彼にはそのことが理解できなかった





いや、理解しようとしなかった





ココロがそれを拒むから、ココロがそれを拒絶するから






ただ記憶としてあり続ける

























彼のココロと感情を揺るがし続ける感情





憎悪、悲哀






そして、蜘蛛の刺青



















崩れてしまった時は二度と動き出さない


新たに時間が形成されてしまったのだから


失ったもの、大事なものは二度と戻らない


彼の胸に焼き付いてしまったのだから


全てを失っても、彼の意思とは関係なく鼓動を続ける心臓


彼の刻はとまらない


その胸に重い枷を背負ったとしても…








































インタールード2



「ちぇっ、また負けちまったぜ」


舞い散る木の葉を避けながら、一人の少年が暗がりを進む
深夜とはいえ、月明かりが当たり一面を照らしているので視界に困ることは無い

闇夜にぽっかりと開いた空洞

そこだけ時が止まってしまっているかのような情景


深い黒、それでも彼の目には道筋が見えていた








白いコートの男の子










彼には夢があった

彼には辿り着きたい目標があった



「よぅ、遅かったな」


まるでそこに少年が来るのを知っていたかのように街灯に背を持たれかけている一人の青年

「ああ、ちょっとセリたちに捕まっちまってな」

「そうか、あいつらも好きだなぁ」


明るく照らす街灯の灯が彼らを照らす


一人は幼いながらも精悍な顔つきをした少年
肩までかかる髪を後ろで一纏めにしている


もう一人は、無精髭を生やした眼鏡の青年

長身でひょろっとした外見に見えるが、よく見てみるとその服の下に隠された精悍な身体つきが見て取れる



彼らに共通しているのは白のコート


夜の街にたなびくコートは、まるでマントを羽織っているよう


「今回の仕事は何だったっけ」


「ったく、お前忘れるなよな。ティスアの回収とそれを持ってる盗賊団の捕獲だろ?」


「ああ、ダゴステ盗賊団か」


「ラナ達が先に行って仕込をしてるから、俺たちもさっさと行くか」


「そうだな、ラナ怒らせると後が怖いし」


言葉が終わると同時に二人が頷き…


静かな宵闇を称える街を鋭敏な疾風が駆け抜ける














夜の街で彼らを見た街の人はどう思うだろう




怪しい奴

放浪者

人の姿に似た魔獣

ただの二人組み


答えは無限にある

















ただ、彼らを知るものが見たらこう答えるだろう


彼らの服装とその胸にある銀の装飾を知っているものが見ればこう答えるだろう




































『ACE』と








































インタールード3





あたしの右目は長いこと黒のみを写し続ける









黒い右目のオンナノコ












宵闇に染められた館の中

暗がりに何かが潜むような恐怖?

そんなものあたしには無い









黒が怖いという人が多い、なぜ黒が怖いのか闇が怖いのかわからない


それに、それは本当の黒じゃない




光があるからこそ、人はそこが黒だということを認識できる

光があるからこそ、人はそこが闇であるということを認識できる


じゃあ光が無かったら?


人はそれを黒だとは感じないだろう

人はそれが闇だとは感じないだろう


だって、何も感じないのだから



認識できる黒は、黒であって黒じゃない

闇であって本当の闇じゃない




認識できないからこそ黒


認識できないからこそ闇



そこが闇であるということも認識できない、そこが黒であるということも認識できない



ただそこに自分と黒が一体化する感じがして…


意識が同化するだけ



それが本当の黒、本当の闇 深遠の黒
















慟哭の叫びに釣られたかのように、森の中で獣たちが夜の歌声を鳴らす


不意に戻る意識


鳴り響く獣の合唱


森の奥から漫ろ来る暗い誘い


黒と闇が同化する感覚











あなたは本当に知っているかしら?


本当の黒を…






















黒はあたしのオーラ


黒はあたし自身


黒く灯った闇に照らされる、砕けたココロ











黒いフィルターのかかった視界


漆黒の右目は、ただ黒のみを映し続ける










































閑話休題