〜誓〜









「……のう、清麿」
普段は薄い手袋に隠され見えない薬指の付け根についてる「もの」をガッシュはじぃと見つめていた。
「何でしょうか、国王?」
書類を渡そうとして、いきなりガッシュに左手を掴まれ普段からしている手袋まで取り払われた宰相は 一瞬驚きのため目を見張ったがすぐに冷静さを取り戻しその真意を問うた。
「清麿」
だが、ガッシュはそれには答えず、ただ瞳を上げてもう一度だけ王佐の名を呼ぶ。
たった一言なのに、その言葉に隠された意味を悟った清麿は 少しだけ顔をゆるめた。
「何だよ、一体?」
「ウヌ。そっちが良いのだ」
わざと口調を崩す。そう、昔のような口調で。
王にたいする態度としては大問題だが、
その王であるガッシュ自身が満足そうに笑っているのだから まぁ良いのだろう。
「で、何なんだ?」
話を戻そうと清麿はもう一度ガッシュに同じことを聞いた。
「前々から気になってはいたのが、これはどうしたのだ?」
左手を掴んだまま『これ』を見つめるガッシュ。
「あぁ…、指輪か」
清麿もつられるように
ガッシュが見つめている薬指の部分―――銀色の細いシンプルとしかいいようのない指輪に目をやった。
先日、視察のため城下に下りたさいに街の装飾店で見つけたもの。
最初はただ通り過ぎたが、少し思うところが あって買ったのだ。
値段としてはそう高くもないが安くもないといったところ。
「まさか、私というものがありながら他の誰かと結婚したのか!?はっ、まさかゼオンと…!!」
そこらへんを知らないガッシュは一人で勝手に想像力を逞しくしていく。
「おーい」
清麿の声にも反応しない。
「…………………」
清麿としては指輪を見つめブツクサ言う王など、これ以上見たくない。
それに今は自分しかいないから問題は無いが、ここに他の者が来たらこの国の信用問題にも関わってくる。
それは避けなければならないことだ。
清麿は頭の中で一気にここまで考え、指輪のみを見つめる王の頭めがけて、
空いている片方の手で拳をつくり勢いよく振りおろした。

「酷いではないか…」
「見るからに怪しい国王の行動を止めたんだ。むしろ誉められるべき行為だと思うが?」
ブツクサ言いながら頭をさする王から左手を奪還した清麿は再び薄い手袋をする。
「本っ当に結婚とかではないのだな?」
「くどいぞ、ガッシュ」
「では、一体何なのだー」
前は指輪は勿論、手袋だってしてなかった。
むーと頬を膨らまし、身を乗り出して聞いてくるその姿は、決して魔界の王として似つかわしいとは言えないもの。
心の底からここに第三者がいなくて良かったと思いながら清麿は溜息を吐いた。
「この間、視察のために城下へ下りたときにな、買ったんだよ」
「清麿がそういうものに興味を示すとは珍しいのぅ」
「……まぁ、な」
「しかし、それなら何も左の薬指でなくとも良いのでは  ないか?」
素直に、そう何の含みもなくただ思ったことを口にしたガッシュに
左手をつかまれた際、ばら撒かれた書類を集めていた清麿は一瞬だけ身体の動きを止めた。
だがすぐに動きを再開させ、集めた書類を机に二・三度打ち つけ整えたのでガッシュには気付かれなかった。
「まぁ、なんとなく。な」
改めて、書類をガッシュに渡す。
ガッシュが差し出された書類を受け取ったのを確認し
「それじゃ、失礼します」
一礼すると、そのまま執務室を出て行った。


ガッシュは清麿から渡された書類と睨めっこをもうかれこれ数十分もの間、続けていた。
別に書類が難しいというわけではない。
ただ書かれている内容に目を通して事務印を押せばすむだけ のものだ。
なのになぜこんなに時間がかかっているのか
それはガッシュが他のことを考えている所為だった。
「ヌゥ……」
何故清麿は指輪をはめるようになったのか。
昔からそういうものには興味が無かったはず。
何故指輪を隠すように手袋をしてるのか。
手袋をするようになったのは数週間前。そして視察のため 城下に下りたのもまた数週間前だった。
何故左手の薬指なのか。
他の指でも、鎖を通して首からかけても良いはず。
考えればキリがない。
いや、ますます疑問が出てきてわけが解らなくなってくる。
「ヌ?」
そういえば、あの指輪には何かが書いてあったような気がする。
………何だったか…
赤い字で魔界の文字だった。
「……う、…もに?」
覚えている文字を思い出すが、言葉にならない。
指輪をじぃと見つめてはいたが、どちらかというと清麿が指輪を嵌めていたという事実に驚いて文字まで 意識をまわしていなかったというのが正解。
「ウヌゥ」
清麿に聞いても答えてはくれないだろう。
「何だったかのう」


まさかガッシュから確信をついた質問をされるとは…。
全ての仕事を終え、自室に戻った清麿はマントを脱ぎ、ベッドに座った。
ギシリとスプリングが撥ねたが気にしない。
怪しまれては、いないはず。
まぁ、バレても構いはしないのだが
それはそれで少し恥ずかしいような気もするのでやはり黙っていよう。
薄い手袋越しに指輪を触る。
シンプルなそれには赤い字で文字が彫りこまれている。
補佐官として、そして『高嶺清麿』としての生涯、命尽きるまで共に生きるという意味の言葉が。
「……王と共に」
赤い色で彫りこまれた文字を清麿は小さく呟いた。








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 それだけが、唯一の、願い
 そして誓い。



『指輪』