時はラピネス歴千七年。アレルがグラシアーナ大陸を放浪している頃、別の大陸でも神託を受けた子供がいた。
 北ユーレシア大陸の大国、ルヴァネスティ王国第一王女アデリアス。
 グラシアーナ大陸は世界の最西端にあるのに対し、ユーレシア大陸は世界の最東端にある。ユーレシアは北半球から南半球まで続く非常に大きな大陸である。北半球はさらに東に大きく伸びており、東の方には東洋の異国情緒溢れる文化がいくつかあった。グラシアーナとは比べ物にならないほどの大きさを誇るユーレシア大陸の、北西部を支配している大国がルヴァネスティ王国である。アデリアスはそのルヴァネスティ王国の第一王位継承者として生まれた、まだ若干七歳の王女だった。
 ルヴァネスティは代々女王が国を治めているし、生まれる子供も全体的に女系だった。そんな国の第一王女が勇者としての神託を受けたことは人々を驚愕させた。いずれは女王として大国を支配していく立場の王女が神託を賜る、しかもまだ七歳である。それにアデリアス王女は剣士ではない。小さいながらに数多くの魔法をマスターした魔道士だった。勇者の神託を受けるのは剣士とは限らないとはいえ、アデリアス王女の歳の若さに皆驚きを隠せなかった。
「お父様、お母様、わたくしは勇者の神託を受けました。この世界を救う使命を負っています。これからはルヴァネスティ第一王女として、神託を受けた勇者として、この世界に平和をもたらす為尽力致します」
「まあ、アデリアス、おまえはまだ七歳だというのに」
 アデリアスの母親であり女王であるブリュンヒルデはため息をついた。愛娘を後継ぎとして大切に育てていた矢先に神託が下ったのである。
「お母様、心配いりませんわ。わたくし、この歳でもう全ての魔法をマスターしてしまいましたもの。それにこの大陸には他に神託を受けた勇者の噂は聞いておりません。わたくしがやらなければならないのですわ」
「おお、なんということでしょう。聞くところによると南半球にあるダイシャール帝国の皇帝は生まれた時に神託を賜わったとか。神は何故このように幼いうちから過酷な運命を強いるのでしょう!」
「ダイシャール皇帝の他に神託を受けた勇者の話は聞きませんわ。ダイシャール帝が大きくなるまでわたくしが身体を張ってこのユーレシア大陸を守らなければ」
「おまえだってまだ七歳じゃないの。まだまだ大人から守られるべき存在だわ」
「わたくしには魔法があります。自分の身は自分で守りますわ」
 ダイシャール帝国はユーレシアの南半球にある大国である。規模はルヴァネスティよりも大きい。現在ダイシャールが抱える問題は皇帝家の血筋だった。直系の血筋で残っているのが今の皇帝のみ。後はずっと遠縁の者しか残っていない。なので帝国はやむを得ず、先帝亡き後赤ん坊だった皇太子を皇帝の座につけたのである。現在のダイシャール皇帝はまだ二歳であった。国は重臣達が必死になって治めている。魔族と矛を交える状態ではなかった。
「それにしても年齢が低すぎるわ。まだ十歳にも満たない子供なのよ! アデリアスとダイシャール皇帝以外に神託を賜わった者は本当にいないのかしら。ただ名乗りを上げていないだけなのではなくって?」
「そうかもしれませんわね。同志を探す為にも、わたくし旅に出ますわ。もちろん供の者は連れて行きます」
「おお! アデリアス!」
 女王ブリュンヒルデは号泣した。
「お母様、わたくしに万が一のことがありましたら妹のイリナを王位に就かせて下さいませ。勇者と魔王の戦いはきっと激しいものになるでしょうから」
 そう言うと、アデリアスは、今度は父親の方に向き直った。アデリアスの父であり、女王の夫である男の名はラドヴァン。王国一の戦士である。
「お父様、旅につれていく供のことでご相談がありますわ」
「アデリアス、もちろん私が筆頭になって供をするぞ」
「えっ? でも」
「おまえは大事な娘だ。それに第一王位継承者なのだぞ。この国では女王の次に大切な存在なのだ」
 そう言うと、ラドヴァンは妻である女王ブリュンヒルデを宥めた。
「心配するな、ヒルデ。アデリアスは私達の大切な子供だ。絶対に守ってみせる」
「あなた、どうかアデリアスをよろしくお願いします」

「お父様、まずは魔族についてお聞きしたいですわ。現在この国でも魔族による被害は甚大、定期的にモンスター討伐が行われているものの魔物の数は一向に減らない。しかし魔王の話を聞かないのです。他の大陸では数多くの魔界の実力者が名乗りを上げ、人々を脅かしていると聞きますわ。この地の魔王は一体どこにいるのでしょう」
「アデリアス、この地の魔王は正体がつかめないのだ。他の大陸の魔王と違って公に名乗りを上げて人間の国を攻めてきたりはしない。モンスターを支配しているのは魔界軍の将校達だ。従ってまずは魔将校達を倒すのが当面の目的になるな」
「魔王の正体がわからないのですか?」
「そうだ。今までも数多くの勇者が魔王を倒す為に旅に出た。だが皆行方不明になっている。行方をくらました場所もバラバラで共通点がない。魔王の本拠地がどこにあるのか皆目見当がつかないのだ」
「わかりましたわ。それでは配下の魔将校達を倒して聞き出しましょう」
「未だ嘗てこの地の魔王を探して生還した者はいない。ことは慎重にあたらなければならないぞ」
「お父様がついているんですもの。きっと大丈夫ですわ」
「アデリアス、私はおまえの騎士だ。この命、おまえの為に捧げよう」
 まだ戦いの過酷さを知らぬ少女は自らに与えられた使命に対してひたむきであった。
「お姉様! 旅に出てしまいますの?」
「イリナ、わたくしとお父様がいない間、お母様をよろしくね。そしてわたくしの身に万が一のことがあったらあなたが次期女王となるのです」
「お姉様……」
「大丈夫。王国一の戦士であるお父様がついて下さるんですもの。必ずこの地に平和を取り戻してみせますわ」

 一方、ここは魔族が集う場所。魔王配下の将校達は今回の神託について話し合っていた。
「北ユーレシアの大国の第一王女が勇者の神託を受けたそうだな」
「神の神託の基準がわからないな。もっと成人している者達をたくさん選べばいいものを」
「しかし子供だと思って簡単に始末できるとは限らないぞ。現に南ユーレシアのダイシャール帝国は非常に強力な結界を張っている。我ら邪悪な者を一瞬で消し炭にしてしまう。おかげでダイシャール皇帝には何も危害が加えられない」
「それに比べるとアデリアス王女の方は全く無防備だな」
「だからと言って油断は禁物だ。グラシアーナ大陸にいる勇者アレルもそうだ。抹殺するのも魔族側に引き込むのも失敗しているそうだぞ」
「勇者アレルは七歳くらいの子供に見えるが実年齢はわからぬ。あの戦闘能力に加え様々な能力。正体が知れない。それに引きかえアデリアス王女は本当に七歳の少女だ。あんな小娘一人始末するのはわけもない」
「他の大人の勇者達と合流される前になんとしても消しておかなければ」
「そうだ。さっさと殺してしまえ」
「健気な少女に最悪の死を!」



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