アデリアスの外見は非常に目立つ。彼女はまるで太陽のような光り輝く髪をしていた。橙色に金の入り混じった髪。それを二つに分けて高く結い上げていた。幼い女子がよく好む、ツインテールと呼ばれる髪型である。
 アデリアスは旅に出る準備を進めていた。旅に適した動きやすい服装を用意させ、荷物をそろえる。父親のラドヴァンが同行してくれるというので心強い。そして肝心の戦いの武器を選ぶ為に武器庫へ行った。危険なのでもちろんラドヴァンがついていく。
「アデリアス、おまえは魔道士だ。何でも好きな杖やロッドを選ぶがいい」
「お父様、わたくし、もっと殺傷能力のある武器が欲しいですわ。もしたった一人で身を守らなければならない状況になったらどうしますの? 呪文を詠唱している時間はありませんわ。そんな時に杖やロッドではなんとも心もとないですわ」
「そんな状況は作らないから安心しろ。アデリアス、おまえは確かに魔法の才能があるが、まだ実戦経験がない。私や他の供達が前衛でしっかりとおまえを守るからおまえは後方で魔法を使えばいい」
「でも、わたくしは身体が弱いわけでもなければ運動が苦手なわけでもありませんわ。様々な状況に対応できるよう、武器も使えるようになっておきたいのです」
「そうか。このユーレシア大陸では魔戦士は珍しくない。おまえもそうなりたいというのなら敢えて反対はしない。どの武器を使いたいのだ?」
 アデリアスは武器庫を見て回った。僧侶が好むフレイルや魔道士が護身用に使うダガー、他にも大国ルヴァネスティには異国の武器も交じっていた。刀や手裏剣やヌンチャクなど。その中でアデリアスはある武器が目に止まった。
「お父様、わたくし、これがいいですわ」
「チャクラム!? それは扱いが難しいぞ! 自在に使いこなすにはかなりの熟練が必要となる」
「それでは今から練習します」
「待て! 怪我をするぞ!」
「チャクラムを使いこなすにはまず普通のブーメランから練習した方がよさそうですわね。投げて自分の方へ戻ってくるようにできないと」
「アデリアス、まずは他の武器を選べ」
「他に……そうですわね……それではこれにしますわ」
 アデリアスは鞭を選んだ。
「女王の武器は鞭だと聞いたことがありますわ」
「アデリアス、そんな話をどこで聞いた……」
「何か問題ありますの? 鞭もチャクラムも後方から攻撃できる強力な武器ですわ」
「いや……なんでもない」
「お父様は愛用の槍がありましたわね」
「ああ。私はどうも剣は苦手でな」
 ラドヴァンは慎重に慎重を重ねて共に連れていく者を選んでいた。その間アデリアスは鞭やブーメランの練習をしていた。

 その日もアデリアスは動きやすい恰好でいつものように武器の練習をしようとしていた。部屋で着替えて準備をする。その時、外から邪悪な気が漂ってきた。生まれて初めて感じる邪な気配。悪寒が走り背中がぞくぞくする。アデリアスは護身用のダガーを抜いて慎重に窓際に近づいた。窓の外に現れたのはワープ魔法と浮遊魔法を同時に駆使した魔族の一人。
「お初にお目にかかりますよ。ルヴァネスティ王国第一王女、勇者アデリアス」
「何者です!」
「名乗るほどの者ではありませんよ。高貴で気高い王女様。あなたのお命を頂戴しに参りました」
「何ですって!?」
 アデリアスは何か魔法を使おうと必死に考えた。だが頭の中が真っ白になって何も出てこない。生まれて初めて強大な悪意を前にし、怯んでしまう自分が情けない。目の前にいる不気味な来客に対し、恐怖で身がすくむ。震えながらもダガーを握り直した。
「おっと、実戦経験のない王女様が何をなさるおつもりですかな? 抵抗しても無駄ですよ。あなたはこれから死ぬのです。それも同じ人間の手にかかって」
「どういうことです?」
「あなたのような小娘一人始末するのにわざわざ自分の手を汚したりしませんよ。同じ人間、それもこの国の民の手にかかってあなたは死ぬのですよ。自らの民によってね。女子として最悪の死を迎えることになるでしょうが、そんなことは私共の知ったことではありませんからね」
 そう言うと、魔族は何かの術を詠唱した。アデリアスは何が起こったのかわからないまま意識を失った。意識を失う寸前に、初めて敵対する魔族に対し、怯んで何もできなかった自分を激しく責めた。ラドヴァンが異変を感じ取ってアデリアスの部屋に駆け付けた時はもう遅かった。アデリアスの姿は忽然として消え、まるで何事もなかったかのような静けさのみが残っていた。
「アデリアス!」

 宮廷内は大騒ぎになった。魔族は何の痕跡も残さずにアデリアスを連れ去ったのである。どこに連れ去られたのか皆目わからない。手掛かりが全くないのである。母親である女王ブリュンヒルデは卒倒しそうかねない状態である。
「なんということだ。魔族に先手を取られたか。歴戦の戦士をそろえてしっかりと護衛するつもりだったというのに」とラドヴァン。
「あなた、アデリアスは無事かしら? 供を連れているのならともかくたった一人魔族に攫われたのでは……ああ、あの子にもしものことがあったら!」
「落ち着け、ヒルデ! 私がなんとしても見つけて助け出す!」

 ここはルヴァネスティ王国の裏通り。非常に治安の悪い場所である。どこも薄暗くて汚い。そこでは娼婦が一人道を歩いていた。昼間に娼婦が歩いているのは珍しい。何やら袋を持っており、その中には生活に必要なものが入っている。通常の商売とは別に買い物をしていたようだ。
 女が歩いていると、橙色に光り輝くものが見えた。近づいていくとそれは太陽のような光り輝く髪だということがわかった。その髪の持ち主は僅か七歳の幼い少女。こんな薄汚い裏通りには決していないような気品のある顔立ちと身なりをしていた。見るからに高貴な身分とわかる。
「なっ!? ……………この子、一体どうやってこんな場所に迷い込んで来たんだい?」
 女は慌てて少女を抱き上げた。ここは犯罪者の巣窟である。明らかに高貴な出の少女がいたら真っ先に暴力の餌食になってしまう。女は気を失っている少女――アデリアスを抱き上げ、家に連れて帰ることにした。後のことはこれから考えるつもりであった。
 アデリアスをさらった魔族は遠くから様子を窺っていた。
「おやおや、娼婦の中にも人の良さそうな者がいたようですねえ。あんな治安の悪い裏通りに放り込めば幼い少女などずたずたにされるのがオチだと思っていたのですが。まあいいでしょう。女二人に何ができるものか。この裏通りだけ完全に外界から遮断してしまえばいいだけのこと」
 魔族は含み笑いをして消え去っていった。



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