時はラピネス歴千八年。アレルが記憶喪失で目覚めてから一年が経った。様々な人々と出会い別れ、旅を続けていくアレル。彼の現在の連れはセドリックという青年である。いつまで行動を共にするかはわからないが、今のところアレルのパートナーであった。彼らはミドケニア帝国で起きた騒乱の結果、皇太子リュシアンと共にサイロニア王国にいる。ミドケニア帝国はヴィランツ帝国と戦争を始めるつもりなのである。それでサイロニア王国と同盟を結ぼうというのだ。皇太子のリュシアンは新たに神託を受け、勇者の一員となった。そのリュシアン自らサイロニア王国へ赴き、同盟を取り結ぶことになったのである。元はと言えば神託を受けた勇者同士を会わせてみたいと思ったアレルの案である。リュシアンが皇太子であることと、神託を受けた勇者であることで、同盟をかなり友好的に結ぶことができるのではないかと。そのようなわけでアレルはセドリックとリュシアンと共にワープ魔法でサイロニアへやってきた。ヴィランツ皇帝の動きが気になるものの、アレルとしてはワープ魔法で移動してしまえばいいだろうと考えていた。
「サイロニアは久しぶりだなあ。スコットは元気にしているだろうか」とアレル。
「スコットって誰だい?」とセドリック。
「友達だよ。フィレン王国の王子で、一緒にヴィランツ帝国から逃げたんだ」
「そうかそうか。一人旅してる君にもちゃんとお友達がいたんだねえ」
「思えばヴィランツ帝国って本当に酷い国だったよなあ。不健全なものをいっぱい見ちまったし。あの国にいた頃の俺はちょっととげとげしい性格だったんだぜ。あれからいい人にもいっぱい巡り会えて、俺もうすっかり健全モードだよ」
「ヴィランツというのはそんなに酷い国なのか」
「そりゃもう。皇帝なんて変態だし」
「うっ! アレル君、ヴィランツ皇帝の話はやめてくれ!」とリュシアン。
 リュシアンにとってヴィランツ皇帝というものは極力思い出したくない存在だった。即座に話題を変える。
「ところでこの国にいる勇者ランド一行はどのような人達なのだろうか」
「みんないい人だよ。ランドはかなり剣の腕が立つぜ。リュシアン殿下も一回手合せしてみなよ」
「勇者ランド一行。未婚のレディが二人」
「セドリック、何か言った?」
「いや、別に。それより早く城へ行こうぜ」

 一方、サイロニアにもミドケニア帝国の皇太子リュシアンと最年少の勇者アレルが訪れるという知らせは届いていた。サイロニアの勇者の名はランド・カヴァーディル。聖剣エスカリバーンの使い手である。彼には三人の仲間がいた。格闘家の女性ティカ、僧侶の女性ローザ、魔導士のウィリアムである。四人でパーティーを組み、数多くの魔族を退治していた。ランド達はアレルにまた会えるのと、ミドケニアの皇太子とはどのような人物なのかについて話をしていた。
「ミドケニアの皇太子がやってくるって?」とランド。
「このサイロニアと同盟を結んでヴィランツと戦争をしたいらしい。こちらとしても同盟国が増えるのは歓迎だが」とウィリアム。
「聞けばミドケニアの皇太子様は新たに勇者としての神託を受けたそうよ。それもあって皇太子自らこの国に来たんだわ」とローザ。
「きっとランドに会ってみたいのね。同じ神託を受けた勇者同士だもの。当然よね」とティカ。
「一緒にアレル君も来るらしいんだが」とランド。
「あの子に会うのも久しぶりね。スコット王子にも教えてあげなきゃ」とティカ。

 アレル達とランド達、それぞれ相手のことを気にかけながら、王の間に向かう。
 アレル達が王の間に入ると、真っ先に注目を浴びたのはリュシアンであった。皇太子ということもあるが、何よりその美貌が人々の注意を引いた。アレルは気にしていないがセドリックはひそかにやっかんでいた。リュシアン自身は自らの美貌には無頓着で自覚がなかった。一方、王の間の端で控えていたティカとローザは密かにため息をついた。
「まあ、すごい美男子ね」
「あれなら憧れる女性は後を絶たないんじゃないかしら」
 リュシアンはサイロニア王と外交的なやり取りを交わした後、王女のセーラ姫にも挨拶をした。セーラ姫はリュシアンにうっとりと見惚れている。その様子にいつもは鈍感で人の良いランドが血相を変える。
「セ、セーラ姫!」
「ランド落ち着いて!」
「あ、ああ、でも姫が!」
「場所をわきまえるんだ!」
 ティカ達は慌ててランドを取り押さえた。その後もサイロニア王とリュシアンの会話は続いていた。

 サイロニア王との外交的なやり取りが終わった後、リュシアンは改めて勇者ランド一行に会いにくることになっていた。もちろんアレルも一緒に。だが今ランドの頭の中はそれどころではなくなっていた。
「セーラ姫……ああいう美男子が好みなのか……」
「ランド落ち着くんだ! 大抵の女性はあのような美男子を見たら見惚れてしまうものだよ」とウィリアム。
「魔王バルザモスに攫われたセーラ姫を助けてから、あなた達いい感じだったものね。だから気持ちはわかるわ。だけど――」とローザ。
「慰めなんかいらない! 所詮僕は平民の出。姫様は高嶺の花さ」
「落ち着いて話を聞きなさいってば! ランド、リュシアン皇太子の左の薬指を見た?」とティカ。
「え?」
「指輪してたわよ。聞いたところによれば婚約者がいるんですって」
 ランドはぽかんとした。そして徐々に落ち着きを取り戻していく。リュシアンが婚約指輪をしていることはティカとローザは目ざとくチェックしていた。さすがは女性といったところか。
「あ、ああ、そうか。そうなんだね」
「安心した?」とローザ。
「あ、いや、その」
「ランド、男達が美人に弱いのと同じように女だって美男を見れば見惚れてしまうものよ」とティカ。
「そ、そうかい? それだけならいいんだけど」
「それにしてもリュシアン皇太子って本当に美男子ねえ」とローザ。
「あら、でも年下じゃないの。どんなに美男でも年下じゃね」とティカ。
「ティカは年上の男性が好みなの?」とローザ。
「違うわよ。私は同い年の男がいいのよ!」
「それは一体どういう理屈なんだい?」とウィリアム。
「私は男女対等の関係がいいの! だから恋愛も同い年じゃなきゃ駄目なの!」

 しばらくしてアレルと共にリュシアンがやってきた。セドリックも一緒にいる。
「ランド! ティカ姉さん! ローザ姉さん! ウィリアム! 久しぶりだな!」とアレル。
「アレル君、久しぶりだね。元気にしてたかい?」とランド。
「ああ。あれからいろいろあったけどな。今はすっかり元気だよ」
「アレル君、背が伸びたんじゃない? 前より大きくなったわ」とティカ。
「まだ子供だから当然だよ」
「アレル君、大人の人と一緒に旅してるみたいで安心したわ。子供の一人旅は危険だから心配してたのよ」とローザ。
「大丈夫だよ、ローザ姉さん」
「アレル君、旅の道中もちゃんとお勉強はしているかい?」とウィリアム。
「ああ! ミドケニアでも本を読んで勉強してたんだぜ!」
 アレルは一通りランド達と言葉を交わした後、リュシアンとセドリックを紹介した。リュシアンはランドに対し興味津々である。先に神託を受けた勇者であるランドがどのような人物なのか興味があるのだ。ランドとセーラ姫の関係など何も知らないリュシアンは極めて爽やかに挨拶をした。ランドは先程のことがあって少々ぎこちなく挨拶を返す。リュシアンはしばらくランドと話していた。一方、セドリックはティカとローザに愛想よく話しかける。極力紳士的に。そんなセドリックに対し、ティカは無反応だったが、ローザの方は仄かに頬を染めた。
(おおっ! このローザというレディは脈ありだぞ!)
 アレルはセドリックが何を考えているかだいたい予測がついたので、内心呆れていた。あんなことばかり考えているとまた碌でもないことになるのではないかと危惧していた。そしてリュシアンは――
「ランド・カヴァーディル殿! 是非一度お手合わせ願いたいのだが」
「あ、ええ、いいですよ」
 相手が皇太子なので遠慮がちにランドは答えた。身分が上の者は相手をしづらい。察しのいいリュシアンは困った顔のランドを見て言葉を続ける。
「私が他国の皇太子だということは全く気にしないで頂きたい。私は同じ神託を受けた勇者として、あなたと純粋な腕試しをしてみたいのです」
 ランドとリュシアン、二人の神託を受けた聖剣の使い手が手合せをすると聞いて、皆、集まってきた。サイロニア騎士団の練習場は騎士達でいっぱいになった。そして話を聞いたセーラ姫もやってくる。ランドの胸中は複雑になった。セーラ姫は少なくとも今のところランドに対しある程度の好意は持ってくれている。他の相手だったら迷わずランドを応援してくれただろう。が、しかし、現在リュシアンの美貌に見惚れている状態である。これはランドにとって絶対に負けられない試合になった。それはそれでリュシアンが同盟する国の皇太子だと思うとなんともやりにくい。爽やかな雰囲気と友好的な態度に満ちたリュシアンは決して嫌いになれるものではなかった。ランドは平常心を保つのに苦労した。
「ランドったら大丈夫かしらねえ」とティカ。
「僕らは仲間としてランドを応援するだけさ」とウィリアム。
 アレルはランドとセーラ姫、リュシアンを見比べ、そしてセドリックとローザを見比べ、水面下で起こっていることを察した。そして子供のアレルが口を出すべきことではないので黙って様子を見ることにした。
 果たしてランドとリュシアンの練習試合はどのような結果を生むのだろうか。そしてセドリックは今後どのような行動に出るのだろうか。
 聖剣の勇者ランドとリュシアン。ティカ達とセドリック。アレルを中心として神託を受けた者達が集う。



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