大勢の注目を浴びて、ランドとリュシアンの手合せは始まった。アレルは二人の剣の上達ぶりを冷静に見ていた。リュシアンは初めの頃と比べればかなり腕が上がったが、やはりランドには後一歩劣る。力も体力も剣の腕そのものもランドの方が上なのだ。美貌の皇太子を劣勢に追いやる見事な腕前のランドを見て周囲から歓声が上がる。さすがはこのサイロニアに名を馳せた勇者だと。リュシアンの方は元々ランドの方が強いだろうと思っていたので悔しがるというわけではなかった。むしろ強いものと手合せできてとても嬉しそうだった。二人の練習試合はランドの勝ちに終わり、リュシアンは爽やかに礼を言った。
「さすがはサイロニアきっての勇者。あなたのような方と剣を交えることができて光栄です」
 相変わらずぎこちない態度のランド。相手が皇太子だということを考えると、同じ神託を受けた勇者同士友好的になろうとはなかなかいかなかった。
 試合が終わるとセーラ姫がやってきた。
「まあ! やはりランド様はお強いんですのね!」
 セーラ姫の目はランドを映している。うっとりと憧れるような眼差しを向けられたランドは危うくまた平常心を失うところだった。今の練習試合のおかげで愛しの姫の心を取り戻すことができたのである。
「う~ん、リュシアン皇太子が嫌な感じの美男子だったらざまあみろってところなんだけど、ああ爽やかじゃねえ」とティカ。
「まあ、何はともあれ、よかったじゃない。セーラ姫はまたランドのことばかり見てるわ」とローザ。
「全く、女性は色恋沙汰が好きだねえ」とウィリアム。

 その後、リュシアンは再びサイロニア王と外交的なやり取りに戻った。アレルは亡国フィレンのスコット王子に会いに行った。スコットは以前アレルと共にヴィランツ帝国を脱出した仲間であった。元はフィレン王国の王子である。だが、フィレンはヴィランツに滅ぼされてしまい、現在はサイロニアに保護されている。アレルのおかげでヴィランツから逃げることができたのもあり、スコットはアレルに対してかなり恩義を感じていた。スコットはアレルに会えて大喜びだった。
「アレル! 久しぶりだね!」
「スコット! だいぶ元気になったんじゃないか?」
「うん! ここの人達は皆いい人ばかりだし、傷もだいぶよくなったよ。剣術だって勇者様自ら稽古してくれるんだよ」
「ランドは人がいいからなあ。あ、俺は今回ちょっとだけこの国に滞在するけど、またしばらくしたら旅を続けるから。それまでの間、一緒に遊ぼうぜ!」
「うん!」
 アレルとスコットは子供らしくはしゃいでいた。その無邪気な様を見てセドリックは少し安心する。アレルは時々大人じみた発言をすることがあるので、年相応に見える時は大人として安心できるのだ。
「フッ、アレル君も子供の友達と遊んでいることだし、そろそろ本来の目的に移るか」
 セドリックは脈があると思われるローザを口説くことにしたのであった。ローザから見るとセドリックは紳士的な男性に映る。人生経験は豊富で雑学も詳しく、いろんなことを知っている。話しているとつい頬を染めてしまう。その純情な様を見てセドリックは今度こそうまくいくかもしれないと意気込んだ。

 アレルとセドリックとリュシアンはしばらくサイロニアに滞在していた。アレルはスコットと遊びながらもランドとリュシアン、二人分の剣の相手をしていた。お互い聖剣の使い手同士、剣の腕を磨くことに邁進するのは非常に高揚感があった。一方、セドリックは順調にローザを口説いていた。そんな中、ティカとローザは二人で、部屋でお茶をしていた。女同士二人きりの会話なら本音が聞けるだろう。どこまでローザの心をとらえているか知りたかったセドリックは二人がいる部屋にこっそりと忍び込むことにした。セドリックは、身体は大きいが建物の隙間から侵入する隠密行動は得意だった。気配を殺し、部屋に近づき、聞き耳を立てる。
「あのセドリックという男の人、ちょっといい感じね」とローザ。
「そうかしら?」とティカ。
 ティカはあまり興味がないようだが、ローザの話を聞いているとかなり自分のアプローチは効果があるようだ。このままいけば――
 その時である。
「そこにいるのは誰!?」
 セドリックが隠れているところに思いきり蹴りが入った。ティカがセドリックの気配に気づいたのである。さすがは勇者ランド一行の一人である。セドリックは驚きながらも蹴りをもろに喰らってバランスを崩し、あっという間にティカに引き倒された。部屋の中に引き摺られ、ティカに睨まれる。
「まあ! あなたはセドリック! 女同士の会話を盗み聞きするなんて!」とティカ。
「あ、いや、これは違うんです! この城を探検していたらたまたま――誤解です! 信じて下さい!」
 セドリックは必死に弁明するが、ティカは聞き入れない。ローザの方は、初めは驚いていたが、黙ったまま徐々に表情が強張っていった。
「セドリックさん、あなたがそんなことをする人だとは思いませんでしたわ」
「いや、ちょっと待って下さい! 誤解ですってば!」
 その後、ローザからは無言の拒絶を受けた。どのみちローザのセドリックに対する印象はかなり悪くなってしまったようだ。ティカはご立腹である。
「セドリック、あなたもしかして他のところでも盗み聞きしたりするの? もしかして女性の着替えを覗いたりしてるんじゃないの?」とティカ。
「まあ、そうなんですの!?」とローザ。
「ティカさん! 勝手な濡れ衣を着せないで下さいーーーーー!!!!!」

「ああ、そんな馬鹿な……あれくらいのことで失敗するなんて。というか俺の気配に気づいたのはあのティカという女性が初めてだぞ」
「ティカ姉さんは勇者一行の一人なんだからな。他の奴らとは違うさ」
「うわっ!? アレル君いつの間に!」
「その様子だとローザ姉さんにふられたな」
「ちょっと待て! 何故そこまでわかる!」
「見てればなんとなくわかるよ。とにかく神託を受けた勇者の一員を恋愛対象に考えるのはやめなよ」
「そうはいくか! これをきっかけに関係が発展するかもしれないじゃないかあー!!!!!」
 神託によるとセドリックにはセドリック独特の役割があるらしい。だが今のところ全く真面目に考えていない。いかに女性と関係を築くかばかり熱中している。アレルは呆れた。

「おや? あなたはセドリックさんでしたね。こんなところでどうしたんですか?」
 ローザを落とすことに失敗してふてくされていたセドリックを見つけたのはランドだった。セドリックは改めてサイロニアの勇者ランドを見る。見るからに田舎出身の素朴さがある。今まで特別に悪いことなどしたことがないような純粋な目。
「ランド君、これから町に遊びに行かないか?」
「えっ? もう日が暮れますよ」
「だからだよ。夜は大人の時間。酒場で一杯飲まないかい?」
「僕、あまりお酒は飲まないんです」
「は?」
「酒の席以外で飲むことはないんです」
「ランド君、普段お酒飲はまないのかい?」
「はい」
「煙草は?」
「もちろん吸いません」
「真面目だねえ」
 セドリックは呆れた。賭博が趣味で今まで散々遊び歩いてきたセドリックはランドを享楽の道に引っ張り込みたくなった。
「ランド君、女遊びはしたことがあるかい?」
「ありません」
「は? じゃあ今まで女を抱いたことがないのか!?」
「なっ!? いきなり何を言うんですか!」
「それはいけない。男なら女遊びくらいしなきゃ。そっちの経験もない男は女性にモテないぞ」
「え、ええっ?」
「さあ、これから俺と夜の町へ繰り出そうじゃないか。君にめくるめく世界を教えてあげるよ」
「あなた達、何の話してるの?」
 セドリックがランドを連れていこうとした矢先、女性の鋭い声がした。振り向いてみるとティカである。
「ティ、ティカ! これは違うんだ!」
 ランドは真っ赤になって慌てて駆け出して行った。ティカは腰に拳を当ててセドリックを睨みつける。
「ちょっとあなた、私の幼馴染みに変なこと吹き込まないでくれる?」
「いや、ちょっと彼に大人の世界を教えてあげようと思っただけですよ。それに男の世界に女が口を出さないで下さいよ」
「あなた、男の方が偉いと思ってる?」
「いやいや、男性は女性を守るものだと思っていますよ」
「男尊女卑は嫌いよ。これからは男女平等の時代なんだから。そのうち女の方が男より偉くなるわ」
「そんな、女の尻に敷かれるなんて情けない男は駄目ですよ」
「あら、奥さんの方が強い家庭は平和なのよ。とにかく――」
 ティカは思いっきりセドリックを締め上げた。
「二度とこの国で変な真似しないで頂戴!!!!!」
「あぎゃあああああ!」



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