「まったく、なんなのかしら、あのセドリックという人は」
 ティカはセドリックという男に対して苛立ちを感じていた。彼が受けた神託によれば、聖剣の勇者達とはまた別に役割があるらしい。ティカやローザ、ウィリアムと同じ勇者を補佐する役割のようなのだが。ティカは今まで真面目で誠実な人間を好んできた。下手な小細工が好きな人間は個人的に好感が持てない。あのセドリックという男は一体なんなのだろう。見るからに軽薄でチャラチャラしている。ローザを口説こうとしたり、ランドを女遊びに誘ったり。ティカは女として、男が女遊びをするのは到底許せない。せめて幼馴染みのランドやウィリアムだけはそんな男にならないよう気を付けて見ていたのだ。それを同じ神託を受けた仲間であるはずの人間が悪い道へ誘い込もうとしたのである。ティカはセドリックに対して警戒心が湧いた。これ以上妙な真似をしないようにしっかりと見張っていないと。
 ティカはさりげなくセドリックを監視し始めた。それに気づかないセドリックではなかったが、それならそれでサイロニア城の外に出ることにした。どこの国にも賭博場はある。彼にとって最大の楽しみは賭博をすることだ。ティカは賭博場の中までは入ってこなかったし、セドリックは思う存分遊ぶことにした。とことん懲りない性格の彼は賭博場にいる女性の一人を口説き始めた。
「レディ、今夜は俺と過ごさないかい?」
「とても嬉しいわ。だけど、私なんかでいいのかしら」
「何を言うんです。俺は今まであなたほど美しい女性に会ったことはありませんよ」
「あら、そう? じゃあ今夜一晩だけ。こ~んな私でよければ」
「―――――!!!!!」
 その女性はオカマであった。

「セドリックさん、一体何があったのかしら? 賭博場から出てきたと思ったら酒場でヤケ酒飲んでるわ」
 ティカは賭博場の外でセドリックが出てくるのを待っていたのだ。賭博に失敗したのだろうか。セドリックは強い酒を何杯も飲み続けている。ティカは、根はお人好しである。心配になってセドリックの元へ行った。
「セドリックさん、何があったのか知らないけれど、もうそれくらいにしておいたら? お酒飲み過ぎよ」
「おおおおお! 本物のレディーーーー!!!!!」
「きゃああああ!」
 セドリックは本当の女性であるティカを見た瞬間ティカに抱き付いた。
「何すんのよっ!」

ドゴッ!

「ああ。やはり女性はいい。例え殴り飛ばされても俺は女性が好きだああ」
「セドリック、あなた酔っぱらってるでしょ。もうそろそろお酒はやめて帰るわよ。ほら、抱き付かないの!」
 ティカはセドリックを介抱して連れて帰ろうとした。
「ティカさん、あなたには女にモテない俺の気持なんかわからないでしょうね……」
「そんなのわかるわけないじゃない。私は女なのよ」
「うっ……うっ……どうして俺はいつも……」
 そこへアレルがやってきた。
「あ、やっと見つけた。セドリック、こんなところにいたのかよ」
「アレル君! ここは子供が来るところじゃないわ!」とティカ。
「あー! こら、セドリック! 何ティカ姉さんに抱き付いてるんだよ!」

ポカッ!

「世間の女子供は俺に冷たい……」とセドリック。
「アレル君、セドリックさんはどうも酔っぱらってるみたいだから私が連れて帰るわ」とティカ。
「駄目だよ! ティカ姉さんに何するかわからないじゃないか! とにかく俺のワープ魔法で部屋まで戻ろう」

 アレルはワープ魔法を使い、サイロニア城でセドリックが寝泊まりしている部屋まで送った。ティカとアレルでセドリックをベッドに寝かせる。セドリックはぐでんぐでんに酔っぱらっていた。
「この様子だとまたオカマに言い寄られたのかなあ」
「な、何故わかるっ!」
 セドリックは飛び起きた。
「どういうこと?」とティカ。
「セドリックは女好きの遊び人なんだ。俺はそんなのは不道徳だからやめろっていつも言ってるんだけど、でもさ、女の人と良い感じになったと思ったら相手はオカマだったんだよ。 毎回毎回そんなことばかり続いてると俺もなんともいえない心境になっちまってさ」とアレル。
「黙れええええ! オカマにしかモテたことがない俺の悲しみがおまえらにわかってたまるかあーー!!!!!」とセドリック。
 その後、アレルとティカはセドリックの愚痴を延々と聞かされる羽目になったのだった。セドリックは今まで女性に告白して振り向いてもらったことがないらしい。そして告白されたことがあるのは皆オカマばかりだったのだそうだ。その悲しみを訴える様は哀れである。
「セドリック、わかったからさ、今日はもう寝なよ。魔法かけてやるから」
 アレルは眠りの魔法をセドリックにかけた。
「セドリックさんにもいろいろ事情があるのね。でも――」とティカ。
「ティカ姉さん、どうかした?」とアレル。
「アレル君、こんな人はあなたの保護者には相応しくないわ!」
「うん、まあ、俺も成り行きで一緒にいるようなものだから」

 その後、ティカは何かとセドリックに突っかかるようになった。
「あなた、もっと真面目に生きようとは思わないの! 堅気できちんと働いて、奥さんを貰って家庭を持つとか!」
「いや、俺はそんな生き方はごめんだね」
「女遊びなんて絶対に駄目よ! 第一不潔だわ! 嫌らしいわ!」
「ティ、ティカさん、そんな…」
「アレル君と一緒に旅してるのなら、もっと子供の模範になるような人間になって頂戴!」
「いや、俺は十分人生経験豊富だから」
 セドリックは幼少の頃から悪い遊びを覚えて楽しむのが好きであった。ランドのように純朴な青年を見ると悪い道に引っ張り込みたくなる。逆にティカは人を更正するのが好きである。悪行を重ねた人間が反省して真面目に働くようになる話が好きだったし、自分でも人を良い方向に導くのが好きであった。そんなティカとセドリックは互いに反目しあった。

 一方、ランドとセーラ姫を巡る関係やセドリックとティカ、ローザの関係にほとんど関心のないウィリアム。彼の興味は常に魔法にあった。
「アレル君! スコット王子から聞いたよ。あれから高度な魔法を身に着けたんだって?」
「ああ、そうだよ。ちょっと変わった魔法使いのところで学んだ時期があってね」
「是非僕にも教えてくれないか!」
 ウィリアムの目は爛々と光り、新しい魔法を取得しようという気持ちでいっぱいである。以前師事したギルとアレルはかなり魔力が高い。それと比べるとウィリアムの魔力は低いが、彼にも取得可能な魔法を教えることにした。ランドやリュシアンの剣の相手もあるし、スコット王子の相手もあるし、ウィリアムには魔法関連で捕まり、アレルはあちこち引っ張りだこになった。
「参ったなあ。しばらく滞在するだけのつもりだったのに。でもあんまり長いこといるのはまずいな。俺がここにいることをヴィランツ皇帝に知られる前になんとか理由を付けて出ていかないと」
 あまりに引っ張りだこの状態が続いたアレルはたまに一人になりたいと思い、少しサイロニア付近を探索することにした。浮遊術で浮かび上がり、遥か高所からサイロニアの地を見渡すアレル。そのまま空中を飛び回るのも楽しかった。どこまで遠くに行ってもワープ魔法で一気に帰ればいいと思い、どんどん進んでいった。
 そのうち、サイロニアの国境で戦場の跡を見つけた。埋葬されていない遺体がそこかしこに転がっている。アレルはこういった光景を見た時、いつも浄化の魔法を使って弔うことにしていた。ヴィランツ帝国内ではよくやっていたことである。アレルは死者の埋葬を行おうと思ってその地に降り立った。見渡す限り遺体の山。痛々しい光景の中に違和感のあるものを発見した。真新しいテントである。
「何だろう、これ。誰かここにいるのか。何の為に?」
 テントの中は無人である。そっと中を覗くといくつか機械が置いてあった。そしてアレルはその機械に見覚えがあった。
「こ、これはナルディア王国の機械じゃないか! 確かにあそこで見たぞ! ジェーンさんが持ってた、パソコンだっけ? あれと同じものだ!」
 アレルは驚愕に満ちた表情で他の機械も見回す。アレルが記憶喪失で最初に目覚めた場所、ナルディア王国は鎖国状態の島国で、高度な文明があった。他の大陸からはずっと離れている。そのナルディア王国の機械がここに置いてあるというのは一体どういうことなのだろうか?
「ナルディア人がここにいる!? まさかそんなことが……?」



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