アレルはテントの主を探して外に出た。この近辺に人の気配はない。アレルはしばらくこの戦場跡を探索した。あのナルディア人と思われる者のテント。何か調査でもしているようだった。極秘の調査でもしているのだろうか。
 そのうち、何かの気配を感じた。アレルは一応警戒しながらもその気配のする方向へそっと近づいていく。誰かが遺体を埋葬している。アレルと同じことを考えているのだろうか。しかしこの戦場跡の遺体を全て埋葬するというのだろうか。一人一人地面に埋めて? 浄化の魔法で一気に行わない限り気の遠くなる作業である。とにかくアレルはその人物に声をかけようと思い、近づいていった。そして驚いて硬直した。遺体を埋めている人物。それは――人ではなかった。
 信じがたい光景にアレルは目を見張った。そこにいたのは上級魔族だったのである。上級魔族が死者を悼み、丁寧に遺体を埋葬している。あまりにも信じがたい異様な光景。
「まったく、ひどい有様だ。この子なんてまだ赤ん坊じゃないか。生まれたばかりでもう戦争に巻き込まれて死んでしまうなんて。これだから戦争は嫌なんだ。どんなことがあっても戦争だけは起こしてはならない。だけど常に世界のどこかで戦争が起きている。決してなくなることなんてないんだ」
 とても魔族とは思えない台詞である。アレルは自分の目を疑った。幻覚でも見ているのだろうか。それともあれは魔物の姿に変えられた人間なのだろうか。アレルはしばらく躊躇っていたが、思いきって声をかけた。
「おい、あんた」
「おわあっ!!!!!」
 その魔族は驚いて振り向いた。
「し、しまったっ! ボクの存在は秘密なのに! こんな小さな子に姿を見られてしまうとは!」
 その魔族は非常に慌てていた。そして急に意地悪い顔をする。
「見られてしまっては仕方がない。ひっひっひ、さあ坊や、いい子だからこっちへおいで。痛くないよ怖くないよ。ただ忘却術で君の記憶をババーッと消しちゃうだけだからね」
「冗談じゃねえよ。ただでさえ記憶喪失なのに、これ以上記憶を消されてたまるか」
「えっ? 君は記憶喪失だったの? それじゃあさらに記憶喪失にするのは可哀想だね。だけど困ったなあ。どうしよう」
「口封じに俺を殺すか?」
「いや、ボクは……」
 その魔族はアレルを殺すのを躊躇っているようだ。残虐な上級魔族とは思えない。これは一体どういうことなのか。
 その時、雲行きが怪しくなってきた。アレルにはわかった。間もなく激しい雷雨になるだろう。魔族も空を見上げている。
「ぬっ! 天候が荒れそうだ。いかにも雷がゴロゴロ鳴りそうな感じ。しまった! パソコン電源入れっぱなしだった!」
「えっ? 今、何て?」
「とにかく、君、ボクと一緒に来なさい!」
 魔族はあっという間にアレルを抱えると走り出した。アレルの頭の中は混乱していた。人の遺体を丁寧に弔う魔族、殺しを躊躇う魔族などというものが存在するものだろうか。さらにその魔族が今しがた『パソコン』という言葉を口にした。ナルディア王国にしかないはずの機械の名前である。ということはこの魔族はナルディアと関係があるのだろうか。
 そのうち天候が悪くなり、アレルが予想した通り激しい雷雨になった。魔族はアレルを抱えたままテントに入った。そこは先程アレルが見つけた、パソコンが置いてあるテント。魔族は慌ててパソコンの電源を落としている。そして大事にしまった。
「ふーっ。これで大丈夫。買ったばかりの新しいパソコンだから大切にしなきゃ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、あんたは……」
「ああ、君、落ち着いて。取って食べたりしないから。君の処遇はどうしようかなあ。ボクの存在はどうしても知られるわけにはいかないんだ」
「あのさ、そのパソコン、あんたのなの?」
「へ?」
「それ、パソコンだよね? ナルディアにしかないはずの機械」
「なぬっ! 何故ナルディアを知っている? 他の大陸の人間は誰も知らないはずなのに! 君は一体何者だね?」
「俺の名はアレル。一年前から記憶を取り戻す旅をしている。俺が一番最初に目が覚めた時、ナルディアにいたんだ。ジェーンという女の人に世話になった」
「ああっ! そういえば一年前、他の大陸の子供が紛れ込んできたって話題になったっけ? あの時ジェーンさんが面倒見てたっていう子供が君なのか!」
 アレルは黙って頷いた。すると魔族はすっかり安心したような顔になった。
「なあんだ、そうか~それなら君の記憶を消さなくてもいいね。もうナルディアのことは知ってるんだから」
「それより、あんたは一体……」
「ああ、自己紹介がまだだったね。ボクの名前はガジス。ナルディアに住んでいる魔族の一人さ」
「ナルディアにも魔族がいるのか!? どういうことなんだ?ジェーンさんはあの国は平和だって言ってたのに」
「もちろん平和だよ。ナルディアは世界で最も平和な国だ。人間と魔族が共に仲良く暮らしている」
「は!?」
「うん、だからね、ナルディアでは人間と魔族が一緒に暮らしているんだよ」
「な――何だって!?」
「他の大陸では残酷な殺し合いが行われているから信じられないのも無理はないけれど」
「なっ――そっ…そんな……」
 アレルはあまりにも信じがたい驚愕の事実に瞠目した。殺戮と破壊を好む魔族達、残虐な嗜好を持つ魔族達。彼らは人間の敵である。彼らを滅ぼさない限り真の平和はない。そう思っていたのだ。ガジスと名乗った魔族は落ち着いて話を続けた。
「今から千年以上昔、世界大戦と呼ばれる大規模な戦争があった。文字通り世界中の国々が戦争をしていたんだ。その結果、世界は大崩壊の危機に見舞われた。なんとか滅亡は免れたけれど、それまであった高度な文明は失われてしまった。戦争の発端となったナルディア人達は小さな島国にひっそりと隠れ住むことにした。もう二度と同じ過ちを繰り返さないように。そして世界大戦の悲惨さを目の当たりにし、もう戦争はこりごりだと思った魔族達はナルディア人達と一緒に住むことにしたんだ」
「ナルディア人はよくあんたら魔族を受け入れてくれたな」
「戦争終結直後は本当に酷い有様だったんだよ。もう人間も魔族もない状態だった。その中で平和に生きていきたいと思った魔族だけがナルディア人一緒に暮らすことにした」
「人間と魔族が共存できるなんて……」
「そんなに意外なことかい? 人間だって仲良くしている人々と憎しみ合って戦争をしている人々といる。それと同じだよ。人間を憎み滅ぼそうとする魔族もいれば人間と共存しようとする魔族だっているんだ」
「そんな話は初めて聞いたな。人間と共存しようと思う魔族がいるなんて」
「そうだねえ。ボク達魔族もあの世界大戦で初めて殺し合いが嫌になったからねえ。あれだけ凄まじい戦争が起こらなければ平和なのがいいだなんて思わないかも」
「ナルディアっていうのは本当に変わった国なんだな」
 アレルは漠然とナルディアにいた頃を思い出していた。ほんのしばらくの間だったが平和な場所だったし、アレルの世話をしてくれたジェーンという女の人もとてもいい人だった。ナルディアという国にはいろいろ秘密があるようだったが、これもその一つのようだ。
「ちょっと待てよ。じゃあナルディアにも魔王はいるのか?」
「ナルディアは人間の王様が治めている。ボクら魔族は国民の一員なのさ。ナルディアで一番偉い魔族は村長さんだ」
「そっ…村長さん!?」
「うん。人間と比べて魔族の人口は少なくてね。ナルディア王国には魔族の村があるんだよ。」
(ま、魔族の村長さんってどんなんだろう……)
 アレルは頭を抱えた。そして思考を切り替え、本来の疑問をぶつけることにする。
「で、そのナルディアに住んでる魔族がどうしてこんなところへ?」
「ん? ああ、それは調査の為だよ。他の大陸が今どんな状態になっているか極秘で調査をしていたんだ」
「それでここの戦場跡の遺体を埋めていたのか」
「うん、そうだよ。あれだけたくさんの遺体を見ると、本当に痛ましいね」
「一人一人丁寧に埋葬するのはいいけど、あれだけの数じゃ大変だろう。俺が浄化の魔法を使って一気に弔ってやるよ」
「おお、それは助かる。ボクら魔族はそんな魔法は使えないからね」
 外は激しい雷雨だったが、アレルが天候を操るとまもなく豪雨は止み、晴天となった。
「おりょ? これは一体……」
「実は俺、自然を操ることができるんだ」
「ふーん、なるほどねえ。それはそれは……神々がボクらに秘密にしたがるわけだ」
「え?」
「いや、こっちの話」
「?」
 アレルは掌に浄化の光を集めてから一気に放った。神秘的な光が辺り一面に輝く。そしてアレルが天に向かって祈りを捧げると遺体は全て浄化され、天へと帰っていった。
「今の魔法は……」
「俺は、今は記憶喪失だけど、何故かこの魔法は初めから知っていたんだ。死者を悼むことにしか使えないけどな」
「…………………………」
 ガジスという魔族は何やら考え込んでいる。
「どうしたんだ?」
「いや、何でもないよ」
「そう?」
 アレルは怪訝な表情をしたが、何も聞かずにおいた。ガジスは自分の知識で今の魔法について考えていた。
(あの魔法は……ザファード大陸の聖職者が使うものだ……あの子が使ったのは最高位の聖職者のものじゃないのかな……そうなるとあの子の正体は……でも自然を操る力はどうなる? 神々はあの子について何も教えてくれなかった……)
「なあ、あんた、えっとガジスだっけ?」
「ん? ああ、遺体を埋葬してくれてありがとう。ところで君は今どこに住んでいるんだい?」
「俺は記憶を取り戻す旅をしているところだよ。今はサイロニア城に滞在している」
「そうか。じゃあボクをそこへ案内してくれるかな? 大丈夫、ちゃんと人間の姿に変えるから」
 そう言うと、ガジスは暗黒騎士の姿に変わった。
「ガジス!? あんた暗黒騎士なのか!」
「まあね。ボクの武器は暗黒剣。尤も人間の暗黒騎士が使うものとはちょっと違うけどね」
「まさかあんたが暗黒剣デセブランジェの使い手なんてことは……」
「デセブランジェ? それは人間の暗黒騎士用の剣じゃないかな」
「人間用と魔族用とあるのか?」
「人間と魔族は身体の仕組みが違うからね。それじゃあサイロニアという国へ案内してくれたまえ。念の為に言っておくけど人間に危害を加えることは絶対にしないからね」



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