アレルはひょんなことから古代人であるナルディア人を発見した。詳細はわからないが何やら調査をしていたようである。しかし、なんとその人物は古代ナルディア人と共に住んでいるという魔族だったのだ。ナルディアでは人間と魔族が平和に暮らしているのだという。あまりにも信じがたい話だがその魔族――ガジスはとても友好的な魔族だった。ガジスは人間の暗黒騎士に姿を変えるとアレルと共にサイロニアにやってきた。暗黒騎士の甲冑は非常に目立つ。サイロニアの城下町でもサイロニア城内でも人目を引いた。アレルの帰りを待っていたスコット王子も。
「アレル! 一体どこに行ってたのさ……って、その人は誰?」
 スコットはガジスを見て怯えた。アレルはガジスが魔族であることを知っているので内心複雑な心境だった。
「ちょっと遠出してたんだよ。そこで会った人。ガジスっていうんだ」
「坊や、怖がらなくていいよ。ボクは、見た目は怖い鎧兜をつけているけど心はとっても優しいおじさんなんだよ~」
 ガジスは怖がらせるまいと思って言ったのだが、この台詞によりアレルとスコットが思いっきり後ずさりしてしまったのにショックを受けた。
「ア、アレルくん! 君まで怯えるなんてひどいじゃないか! ボクが悪い人間じゃないってことは言っただろう?」
「そ、それはそうだけど……」
「アレル、この人は一体……」とスコット。
「スコット、悪い、また今度遊ぼうな!」

「なあ、ガジス、あんたは一体何の為にこのサイロニアへ来たんだ?」
「ナルディアはナルディアで独自の行動を取っているのさ。鎖国状態だからって世界の情勢に無関心なわけじゃない。だからこうして調査に乗り出しているんだ。具体的に何を調査しているのかは秘密。とにかく、この国をちょっと見学させてもらってもいいかな?」
 アレルは監視も兼ねてガジスを案内することにした。敵意がないのは明らかなのだが相手は魔族である。どうしても警戒心が解けなかった。その日は一日中ガジスを連れてサイロニアの国を回った。そして夜。
「アレルくん、ありがとう。君の寝泊まりしている部屋にボクも入れてくれるなんて」
「悪いけど魔族のあんたを野放しにしてはおけない。だからだよ」
「う~ん、そうか……他の国の人間にとって魔族が信用できないのは当然だな……ボクとしてはちょっと寂しいけど」
 ガジスはなんとかアレルの心を解きほぐそうと考えた。そして、アレルがナルディアにいた頃はジェーンという女性が面倒をみていたというのを思い出した。
「そうだ! ジェーンさんに君のことを伝えてあげよう!」
「ジェーンさん……元気にしてる?」
「もっちろんさ! 君があの後どうなったかとても心配していた。ジェーンさんは独身の一人暮らしだから君はまるで我が子のように可愛かったみたいなんだよ」
「そうか……俺はいろいろあったけどちゃんと元気にしてるって伝えてくれる?」
「ああ。元気だという証拠に写真を撮って送ってあげようかな」
「写真って何?」
「ああそうか。他の大陸にはなかったね。ええと、どうやって説明すればいいのかなあ。簡単に言うと君の姿をそのまま画像に映して保存するんだよ」
「? よくわからない」
「じゃあこれから実際に見せてあげるよ。ほら、これがナルディアの今現在最新の技術で作られたスマホだ」
「スマホ?」
「うん、これにはカメラ機能がついているんだよ」
「カメラ?」
「ああそうか。写真を知らないということはカメラも知らないってことになるね。とにかく、アレル君、ちょっとそこに座ってにっこり笑ってポーズとって」
「??」
「まばたきしちゃ駄目だよ。おめめぱっちりしててね~。はい、チーズ!」

カシャッ

「ほ~ら、見てご覧。これが写真だよ」
「俺の姿がそのまま映ってる。一体どういう技術なんだろう。ナルディアって本当に高度な文明を持ってるんだな」
「そうだよ。それじゃあこの写真はナルディアに帰ったらジェーンさんに送っておくよ」
「ガジスはジェーンさんと知り合いなのか?」
「うん。簡単に説明するとメル友みたいなものだけど、他の大陸の人間に説明してもわからないだろうなあ」
「メル友?」
「う~ん、文通相手みたいなものだと思ってくれればいいよ」
「ふうん。じゃあジェーンおばさんによろしく言っておいてくれよ」
「お、おばさん!?」
 ガジスは急に慌てふためいた。アレルは何のことかわからず首を傾げる。
「アレル君、ジェーンさんは今三十一歳なんだけど」
「それがどうかした?」
「三十代のレディをおばさんと呼ぶとは何事だね。お姉様とお呼びっ!」
「はあ?」
「いいかい、アレル君、三十代というのは繊細な年頃なんだよ。20代まではお兄さん、お姉さんで通っていたのが中年に差し掛かり、もう自分は若くないんだと思い知らされる年なんだ。そんな彼らは『おじさん』『おばさん』と呼ばれることで酷く傷つく。年増のレディは『おばさん』と呼ばれると『お姉さん』って呼びなさいと言って怒るのを知らないのかい?」
「でもジェーンさんは別に怒らなかったよ」
「ああ、ジェーンさん……あなたはなんてすごい人なんだ……わずか三十一歳でおばさんと呼ばれる覚悟ができているなんて……」
「三十代っておじさんおばさんだと思うけどなあ」
「子供から見たらそうかもしれない。だけど自分が実際に大人になって三十歳になってみればわかるよ。三十代なんてまだまだ若い。若者なんだよ」
 アレルはどうも納得できないようだった。
「ところでアレルくん、君は記憶喪失なんだってね。よかったら今までわかった記憶の手がかりとか君自身についてわかったことをボクに教えてくれないかな? ボクは古代人と一緒に住んでる上級魔族。普通の人間が知らないようなことも知っている。ボクなら何か答えられることもあるかもしれない」
 それを聞いてアレルはしばらく考えていた。このガジスという魔族がどこまで信用できるのかよくわからない。慎重に、少しずつ話した。とても子供とは思えない戦闘能力を持っていること、自然を操る能力を持ち、動物とも話ができること、勇者の神託を受けていること、愛剣エクティオスは唯一の手がかりだということなど。そうして話をしているうちにアレルは自分が、毒が効かない体質だということを思い出した。自分が化け物なのではないかと思うと急に取り乱したくなる。以前は毒に詳しい薬屋の主人のおかげで一旦落ち着きを取り戻したものの、やはり不安である。自分は本当に人間なのか。急に顔色が悪くなったアレルを見てガジスは心配した。アレルは思い切って毒が効かない体質についてガジスに話してみた。古代人の知恵や上級魔族の知識なら何か別のことを知っているかもしれないと思ったのである。ガジスはアレルの話を落ち着いて聞いていた。
「毒が効かない体質かあ。魔族では珍しいことではないけれど……君の身体を探査の術で調べてもいいかな?」
「ガジスも探査の術を使えるのか?」
「うん、そうだよ。じゃあちょっとだけじっとしてて」
 ガジスは探査の術を使ってアレルの身体を調べた。なんだか医者の検査でも受けている気分である。術が終わるとガジスは黙りこくってしまった。
「どう? 何かわかった?」
「う~ん……魔界の住人と契約した人間は毒が効かない体質になることがあるんだ。身体が契約した魔族と同じような性質になるんだね。もしかしたら君もそうかもしれないと思ったんだけど、君には魔族と契約した痕跡がない」
「俺が魔族と契約!? 冗談はよしてくれよ。だいたい俺は聖剣の使い手だし神託を受けた勇者でもあるんだぞ! そんな俺が……だいたい魔族と契約するような人間は聖剣を使いこなすことなんてできないはずだ」
「それはそうなんだけどね」
 それっきりガジスは黙ってしまう。アレルはなんだか不安になってきた。自分が暗黒剣を手にした時に強い共鳴反応があったことを思い出したのである。
「なあ、聖剣と暗黒剣両方使いこなすことって可能だと思う?」
「君ならできるんじゃない?」
「何でわかるんだ」
「だって君はものすごい暗黒の力を内包しているもの。だけどそれと同じくらい神聖な力も感じるんだ」
「俺と同じような奴は他にいないのか?」
「聖なる力と暗黒の力両方を使いこなす者か……ナルディアに帰ったら過去の文献を調べてみよう。いずれにしても君は前代未聞の存在だと思うよ。聖なる力と暗黒の力、強大な魔力に加えて自然を操る力も持ってるんだろう」
「ああ。結局俺が何者なのかはわからないのか」
「君のこと全てはわからないけれど、ちょっと心当たりがあるんだ」
 その時、セドリックが部屋に入ってきた。
「全くティカさんは困ったもんだな。どうしたものか。ん? 何だお前は。何で暗黒騎士がこんなところに?」
「セドリック、この人はガジスっていうんだ。ちょっと遠出してたらそこで出会った人だよ」
「ボクの名前はガジス。よろしく」
「アレル君、こう言っちゃなんだがその男、本当に信用できるのか? 暗黒騎士ってどうも見た目が悪役然としてるからなあ」
「何をっ! ボクは決して怪しい者じゃないぞ! ちゃんと身分証明書だって持ってるんだからな!」
「身分証明書?」
「しまった車の免許なんて他の大陸では全く通用しないんだった」
「車の免許?」
「いや、こっちの話さ。とにかくボクは決して怪しい者ではないし悪人でもないっ!」
「一応この人なりに俺の相談に乗ってくれてるんだよ」
「アレル君の相談?」
「俺が、毒が効かない体質だってのは前に話しただろ? 俺の身体をちょっと調べてくれたんだ」
「な、何だとおっ! 身体を調べた!? 何かいかがわしいことされたんじゃないだろうな!」
「どうしてそうなるんだ! ひどいよお! ボクは変態じゃないっ!」
 なんだかよくわからないことで言い争いを始めたセドリックとガジスであった。アレルはとりあえず二人を宥めて話題を変えた。
「そういえばセドリックはまたティカ姉さんと喧嘩してたのか?」
「別に喧嘩なんかしてないが、あのレディは俺を見ると何かと突っかかってくるんだよなあ。全く参っちまうよ」
「へえ、そのティカというお姉さんはよっぽど君のことが気になるんだねえ。恋の始まりかな?」
「な、何っ!!!!!」
「ガジス! いきなり何を言い出すんだよ!」
「恋っていうのはいろんな形があるからねえ。何かと反発してしまう、その結果相手に恋をしていたなんてこともあったりして」
「ティカ姉さんがセドリックに? まさか」
「そ、そうだったのかあああーーー! あれは好きの裏返しなのかああーー! とうとう俺にも春が来た!」
「おい、落ち着けよ、セドリック。勘違いってことも――」
「しっ! アレルくん! そんなことはまだわからないだろう? 見たところ彼は相当恋に飢えている状態じゃないか。束の間でもいい夢見させてあげたらいいじゃないか」
「で、でも……」
 今まで女性に告白してうまくいった試しのないセドリックは自分に都合のいい想像でいっぱいになってしまったのであった。



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