アレルはスコット王子に別れを告げに行った。
「アレル、もう行っちゃうんだね」
「ああ。ヴィランツ皇帝に気づかれないうちにな」
「サイロニアはヴィランツ帝国と戦う為の準備をしている。あれから軍を強化しているんだ」
「そうか。ヴィランツ皇帝が何か仕掛けてくるかもしれない。おまえも気をつけろよ」
「うん、ありがとう。アレル、またいつでもおいでよ」

 そしてランド達にも別れを告げる。
「あのガジスという暗黒騎士は随分変わった人のようだね。あの人と一緒に旅をするのかい?」とランド。
「そうだけど、何で変わった人だってわかったんだ?」
「昨夜、酒場で賑やかな曲に合わせて一人で変な踊りを踊っていたらしい。その後酔っぱらって変な歌を歌ってまた踊りだした。あの暗黒騎士の姿でだよ? 今朝から噂になってるんだ」とウィリアム。
「ガジスの奴、そんなことしてたのか……」
 アレルは呆れた。
「あんなに陽気な暗黒騎士さんは初めて見たわ。ちょっと変わってるけど悪い人ではなさそうね。旅のパートナーが出来てよかったじゃない?」とローザ。
「そうだね。ガジスと一緒にいると退屈しなさそうだ」
 そしてティカの方を向く。
「ティカ姉さん、あのさ……」
「セドリックさんとは別れるのね。その方がいいわ。あんな人、子供の保護者には相応しくないもの!」
「ティカ姉さん、セドリックのことが気になるの?」
「気になるわ。だってあんなにちゃらんぽらんで不真面目な人、見たことないもの!」
「セドリックはしばらくここに留まるから」
「あらそうなの? 今度は一体何を考えているのかしら?」
「セドリックのことだから女のことしか考えてないんじゃない?」
「まあっ! そんなのいけないわ! 女を弄ぶような真似は私の前では絶対にさせないんだから!」
「ティカ、落ち着いて」とローザ。
 ローザは穏やかでおっとりした性格である。セドリックに恋愛的な興味はなくなったが、そんなに悪くは思っていないようだ。一方ティカはセドリックの不誠実な面について語り、非常に息巻いている。アレルはセドリックとティカに関してあまり考えないようにした。子供の自分が口を挟むことではないからである。アレルはランド達に別れを告げるとリュシアンの元へ向かった。

 リュシアンはミドケニアの皇太子としてサイロニア王と対談を続けていた。その結果、サイロニア王国とミドケニア帝国は同盟を結び、共にヴィランツ帝国と戦うことになった。
「アレル君、しばらく会わなかったけれど、元気にしてたかい?」
「ああ。それよりそろそろこの国から出て行こうと思うんだ。殿下も帰る?」
「そうだね。一旦帰って父上に報告しないと」
「ミドケニアもサイロニアと一緒に戦争するんだ」
「父上はヴィランツ皇帝に対して相当腹を立てていたからね」
「ぎっくり腰になったから?」
「……アレル君、あまりそれについて触れてはいけないよ」
「殿下はこれから暗黒剣デセブランジェの使い手を探すんだよな」
「そうだ。その為に旅に出なければならない。そういえば今朝から変な暗黒騎士がいると話題になっているけれど」
「ああ、その人ならこの間俺が偶然会って連れてきたんだ。しばらく一緒に旅をすることになってる」
「ま、まさかその人がデセブランジェの使い手なんてことは……」
「いや、それはないと思うけど……殿下が神託を受けた時、ブラックダイアを貰ったよな。それが反応した相手がデセブランジェの使い手だって」
「そうだね。アレル君、その暗黒騎士に一度会わせてくれないか」

「イエーイ!」
 ガジスは、今度はサイロニア城の中で歌って踊っていた。
「ホップ ステップ ジャーンプ!」
 ガジスは変な歌を歌いながら飛び跳ねたりくるくる回ったり、変な踊りを踊っている。ミドケニア帝国の規律の厳しい暗黒騎士達しか知らないリュシアンは唖然としていた。そして手にしたブラックダイアを見る。何の反応も示さない。つまりこのガジスという暗黒騎士はデセブランジェの使い手ではないということだ。
「そう簡単には見つからないか……」
「デセブランジェの使い手は殿下と対になる存在なんだろ? もっとまともな人だよ、きっと」
 その時ガジスはアレル達に気づき、変な歌と踊りをやめた。
「やあ、アレル君、みんなにお別れは言ってきたかい?」
「ああ。それにしても一体何をやってるんだよ。変な暗黒騎士がいるってサイロニア中の話題になってるぜ」
「だって暗黒騎士って怖いイメージじゃないか。子供の遊びじゃ悪役にされるし。だからボクがよくないイメージを払拭しようと思って」
「なんかやり方が間違ってると思う……」
「ところでそちらの綺麗なお兄さんは?」
「この人はミドケニア帝国の皇太子リュシアン殿下。新しく神託を受けた勇者で聖剣ヴィブランジェの使い手だ」
「おや、お偉いさんだったのか」
 リュシアンは困惑をしながらもガジスと挨拶を交わした。
「ガジス、俺たちは元々ワープ魔法でこの国にやってきたんだ。そして殿下は一旦ミドケニア帝国に帰らなきゃいけない。殿下をミドケニアに送ってから旅をするからな」
「へえ、ボク達と一緒に旅はしないのかい?」
「私は私で旅をしようと思っているのだよ。このグラシアーナ大陸のどこかにデセブランジェの使い手がいる。まずはミドケニア周辺から探そうと思うのだ。何かあればすぐに国に帰らなければならないし。君たちはルドネラ帝国に向かうのだね。暗黒剣の使い手を見かけたら教えてくれ」
「わかったよ。ところで殿下一人で旅するの? 大丈夫?」とアレル。
「アレル君、私は大人だよ。一人旅でも平気さ。それに皇太子としてではなく、一人の人間として世の中を見て回りたいんだ」
「ふうん、そうなのか」
「デセブランジェの使い手を見つけ次第すぐにでも国に帰らなければならないな。父上も心配だし」
「デセブランジェの使い手って一体どんな人なんだろうな」

 アレルはリュシアンをミドケニア帝国に帰す為にワープ魔法を使おうとしていた。セドリックはリュシアンにも簡単に別れを告げる。
「セドリック殿、あなたはしばらくここに留まるのですか?」
「ああ。ちょっとした目的があってね」
「女が目的でね」とガジス。
「えっ?」とリュシアン。
「ガジス! 余計なことを言うんじゃない!」
 セドリックとガジスは言い合いを始めた。その内容を聞いてリュシアンはだいたいどういうことなのかわかったが、何も口を挟まずにおいた。リュシアン自身は考え方の堅い人間だが、女好きの父親を持つだけに男のそういった一面についてよくわかっていたのだ。
「セドリック殿、私は私で暗黒剣デセブランジェの使い手を探す旅に出ます。またいつか会うこともあるでしょう」
「そうですね。それでは殿下もお元気で」
「じゃあセドリック、一ヶ月後にまた様子を見に来るからな」とアレル。
「ああ」

 ワープ魔法によりミドケニア帝国。
「アレル君のワープ魔法は便利だね。どんな場所にもあっという間に行ける」とガジス。
「それでは私は一旦宮廷へ戻るよ。父上に報告しなければならないことがあるからね」とリュシアン。
 リュシアンの父、ミドケニア皇帝ヴァルドロスのことを考えてアレルは複雑な気分になった。ガジスによるとアレルは魅了眼の持ち主らしい。それによりヴァルドロスがおかしくなってしまったのだ。それについてリュシアンに言うべきかどうか。
「殿下、俺、ヴァルドロス陛下には会わずに行くよ。可愛がってもらったのは嬉しいけれど、俺がいるとなんだかおかしくなっちまうみたいだし」
「アレル君は悪くないよ。まあ、父上は君を引き留めたがるだろうから、また変なことにならないうちにこの国を去った方がいいかもしれないね」
「それじゃあ殿下、俺はこれからルドネラ帝国を目指して旅を続けるよ。デセブランジェの使い手、見つかるといいな」
「ありがとう」
 アレルとガジスがワープ魔法で消え去るとリュシアンは一人宮廷に向かった。父であるミドケニア皇帝に今までの報告を終えたら新たにデセブランジェの使い手を探さねばならない。それがミドケニア帝国の繁栄、世界の平和につながるのなら重大な使命である。ミドケニア帝国に代々伝わる二本の剣。一つは聖剣ヴィブランジェ。もう一つは暗黒剣デセブランジェという。この二本をそれぞれ使いこなす者を手中に治めれば世界を支配できるという。言い伝えがどこまで本当かはわからないが暗黒剣デセブランジェの使い手と共に世界を平和に導いていこうと考えているリュシアンであった。聖剣ヴィブランジェの使い手リュシアンと対になる存在。デセブランジェの使い手とは一体どのような人物なのか。

 アレルはガジスと旅を始めた。

 セドリックは勇者ランド一行と共にいる。

 リュシアンはリュシアンで新たに旅を始めようとしている。


 神託を受けた勇者達は一度集まったが、またそれぞれの道を歩もうとしていた。



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