ここはサイロニア城の一室。アレルとセドリックが滞在している部屋のテラス。アレルは一人佇んでいると、ガジスが心配してやってくる。
「アレル君、元気出しておくれよ」とガジス。
「俺は大丈夫だよ。ガジス、あんたのおかげで俺のことがいくつかわかった。それだけでも礼を言うよ」
「う~ん、でも……ごめんよ。あまり君が喜ぶようなことは教えてあげられなかったね」
「俺、元々呪われた存在だから」
「そんなこと言うんじゃない! ボクだって、ジェーンさんだって、セドリックだって、他にもいっぱい君を大切に思ってくれる人はいるはずだ!」
「ありがとう」
 そう言ってアレルは微笑したが、どこか寂しげだった。アレルはそのままテラスで、一人でいた。時々小鳥達がやってくる。小鳥達を手に乗せて遊ぶ。動物達と遊んでいると心が癒される。アレルを部屋のテラスに残し、セドリックとガジスは室内で話し合っていた。二人共アレルを心配していたが、記憶喪失について何か言うとまたアレルが取り乱してしまうかもしれないのでそっとしておくことにした。
「ガジス、あんたが何者なのかは知らないが、おかげでアレル君についていくつかわかったことがあるな」
「そうだねえ。一番肝心なのはあの子がザファード人であるということだね。ザファード大陸に行けばあの子の素性がわかるはずだ」
「あんたの予想じゃあ、さぞかし貴い身分の王子様なんだろうな」
「うん。あの子が使った浄化の魔法はボクが見たところ最高位の聖職者の使うものだと思う。それにアレル君の愛剣エクティオス。位が高くなければ手にすることができないんじゃないのかな」
「あのエクティオスという聖剣はアレル君が記憶喪失で目覚めた時に既に持っていたらしい。記憶の唯一の手がかりと言っても過言ではないんだ」
「エクティオスかあ。きっとザファード大陸の聖王家に代々伝わる、由緒ある聖剣なんだろうな。ザファード大陸については今まで話したことしかボクも知らないんだ。あとは全部推測にすぎない。もっと詳しく知るにはやはり現地へ行くしかないなあ」
「その暗黒騎士の姿で聖王家なんて御大層なところへ行くつもりかい?」
「いや、それならそれで普通のおじさんに変装するだけだよ」
 アレルについて新たにわかったことは他にもある。魅了眼という厄介な性質を持つ瞳である。
「アレル君の内包している強大な暗黒の力、毒が効かない体質、魅了眼。これらをまとめると聖なるものというよりは魔に属する者に似た性質を持ってるんだよね」とガジス。
「しかしアレル君は聖剣の使い手だろう? 勇者としての神託を受けている」
「神託を受けた勇者でも人々に裏切られ、怒りと絶望で魔王になってしまった例もあるよ」
「ふーむ……魔族達はなんとかアレル君を味方につけたいらしい。あれだけの魔力に自然を操る力。あの子が魔王になれば魔族達の天下だ」
「ボクはアレル君が苦しむのは見たくないなあ。まだあんなに小さいうちから辛い思いをするなんて」
「とにかくまだ子供だからな。大人である俺達が何かと見守ってやらないと。親がいない子供というのは不安定だ。甘える相手も叱ってくれる存在もいないんだからな」

 その後、アレルとセドリックとガジスは今後のことについて話し合うことにした。
「俺はそろそろサイロニアを出て行こうと思うんだ。ヴィランツ皇帝に俺の存在を悟られないうちに」とアレル。
「アレル君はこれからどうするんだい? ザファード大陸を目指すのかい?」
「最終的には。まずはルドネラ帝国を目指そうと思っている。ルドネラ帝国の空間の間からダイシャール帝国へ行けるらしい。そしてダイシャールは唯一ザファード大陸とつながりのある国らしい。とにかく俺はそろそろサイロニアを出ていくよ。ヴィランツ皇帝が俺の存在に気づく前に立ち去りたいんだ」
「そうか。さて、俺はどうするかな」とセドリック。
「セドリックはティカ姉さんのことが気になるのか?」
「気にはなるが……しかしアレル君を放っておくわけにもいかない。君はまだ小さな子供だから保護者が必要だよ」
「俺は一人でも大丈夫だよ」
「駄目だ! 一人で放っておいたらまた変態に狙われるぞ!」
 そこへガジスが口を挟む。
「ちょっといいかい? ボクはしばらくアレル君と一緒に行動したいんだけど」
「え? 何で? 俺が神託を受けた勇者だから気になるのか?」
「うん、まあ、そうだね。それにさっきセドリックが言ったように子供の一人旅は危ないよ。ボクみたいな見た目が怖い暗黒騎士が一緒にいれば魔除けになると思うよ」
「魔除け……」
 ガジスの正体は上級魔族である。上級魔族が魔除けになるというのはおかしな話である。
(魔除けって……っていうかあんたが魔族なんじゃないか……)
「そんなわけでボクはしばらくアレル君の保護者に立候補しまーす!」
「保護者……」
「安心してね、アレル君。ボクと一緒にいれば孤独に飢えることもないよ。君のパパとママに代わってボクがあったかい愛情で包み込んであげるからね」
 これを聞いたアレルは思いっきり数メートル後ずさってしまった。
「アレル君! 何で逃げるんだい!」
「おい、ガジス、アレル君は嫌がってるぞ」とセドリック。
「ひどいよう!」
「あのさ、ガジス、別に普通に接してくれればいいから」とアレル。
「そうかい?」
「俺はガジスと一緒に行動するのは構わないよ。こっちもガジスが何を目的にしているのか気になるし。だけどセドリックはどうするんだ?」
「う~ん、困ったなあ。暗黒騎士を本当に信用していいものか」セドリック。
「失礼な! 聖騎士と暗黒騎士のコンビは最強なんだぞ~!」
「セドリックはティカ姉さんが気になるんだよな」とアレル。
「まあな。ああいう勝気なレディも好きだ。」
「セドリックは女の人と恋がしたいんだね」とガジス。
「それはもちろんだ! どんなレディでもいい! 一度だけでも、束の間の愛でも恋を語ってみたい!」
「ふうん……でもティカ姉さんは誠実な男の人が好きそうだけど。付き合うなら結婚を前提に考えるタイプだと思うよ。だからセドリックも本当にティカ姉さんが好きならちゃんと真面目に考えなきゃいけないぞ。遊びじゃなくて」とアレル。
「うっ……」
 セドリックは改めてティカについて考えていた。彼にとって女性の方から興味を持たれるということは滅多にないことである。それだけでも彼の心は動揺していた。ティカの自分の対する興味が恋なのか、それとも全くの勘違いなのか、確かめる為にももう少しティカと接していたかった。ティカの自分に対する興味をなんとか恋愛の方向へ発展させたい。女好きで見境のないセドリック。例えどんなきっかけであっても、一度でいいから女性と両想いになってみたい。アレルの言うことはあまり聞いていなかった。セドリックにとっては、とにかくまず女性に振り向いてもらうことが第一で、それ以上のことは考えていなかったのである。
「よし! じゃあこうしよう! アレル君はワープ魔法が使えるからいつでもここに来れる! しばらくはこのガジスおじさんがアレル君の保護者になろう! その間にセドリックはティカさんに猛烈なアタックをかけるんだ! 健闘を祈るよ」
「それはどうも。だけど心配だな。本当にあんたがアレル君の保護者で大丈夫か?」
「ボクは大丈夫だよ! アレル君だって自分の身を守る術は得ているし。それにセドリック、君は女と子供の保護者、どっちを選ぶんだ?」
「それはもちろん―――レディの方だ!!!!!」
「じゃあ話は決まったね。アレル君、改めてよろしく!」
「ああ」
 セドリックはいつだって玉砕覚悟である。今までは文字通り玉砕していたが、懲りない性格の彼は今度こそと気合いを入れる。
 一方アレルは――
(保護者か…)
 アレルはセドリックとガジスを見て、昨年師事した賢人のギルを思い出した。
「俺の保護者を名乗る人って……どうして変な人ばかりなんだろう……思えばまともなのはルアークだけだったな」
「ルアークって誰だい?」
「記憶を失って旅に出て初めて一緒に旅した人だよ。まだヴィランツ帝国にいた頃の話だよ。もう死んでしまったけど……」
「失礼な。俺はまともじゃないと言いたいのかい?」とセドリック。
「堅気じゃないじゃん」
「失礼な。ボクはまともじゃないと言いたいのかい?」とガジス。
「えっ? だってガジス、あんたは――」
 セドリックはガジスの正体を知らない。アレルは口ごもってしまった。察しのいいセドリックはアレルが何か知っていると感づいた。
「アレル君、こいつの正体を俺に教えてくれるわけにはいかないのかい?」
「それはちょっと……セドリックを信頼していないわけじゃないんだけどさ」
「だから言ったじゃないか。ボクは謎のスーパーマン! 決して正体を知られてはいけないのだよ!」とガジス。
「つまりアレル君には知られたんだな?」とセドリック。
「うっ……!」
「それじゃあセドリック、俺はしばらくガジスと一緒に旅をするよ。今までで一番ルドネラ帝国に近いところまでワープして、そこから旅を続ける。一ヶ月経ったらワープ魔法でここに来て様子を見に来るからな」とアレル。
「一ヶ月か。それまでになんとかティカさんを俺のものに……」
「結婚するのか?」
「だからどうしていきなり話をそこまで持っていくんだ!」
「セドリック、ザファード人にとっては恋愛=結婚が当たり前だよ」とガジス。
「なんてお堅い民族なんだ!」
「仕方がないじゃないか。ザファード人っていうのは元々そういう民族なんだから」
 アレルの目が途端に厳しくなる。
「セドリック、ティカ姉さんを泣かせるような真似をしたら俺が絶対に許さないからな」
「いや、そんなことはしないよ。俺は未だ嘗てレディを泣かせたことはないんだ。失恋で泣いていたのはいつも俺の方さ」
「それならいいけどさ。俺は女の人を弄ぶような人って本来重罪人だと思うんだよね」
「うっ……アレル君、なんか目つきが怖いよ」
「不誠実なこと、絶対にしない?」
「しないしない! 約束する!」
「そっか。じゃあ健闘を祈るよ」
 大人の男女間のことは子供の自分が口を挟むことではないと思いつつも、セドリックのちゃらんぽらんな面が気がかりなアレルであった。
 話はまとまった。セドリックとは一時お別れである。アレルはサイロニアの面々に別れを告げに行った。



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