翌日、アレルの容態はなんとか回復したが、セドリックもガジスも心配そうだった。
「しっかし、アレル君は随分と由緒ある家柄の王子様なんだろうなあ。聖王家だってよ、聖王家」とセドリック。
「確か聖王家の人間は武術に優れたものは聖騎士に、魔術に優れたものは僧侶になるんだ」とガジス。
「さぞかしお堅い家風なんだろうなあ」
「元々聖剣の使い手っていうのは特別なんだよ。神聖な力を持つんだから清い心の持ち主じゃなきゃ駄目なんだ。みんな基本的に真面目で誠実で堅実で清く正しい心の持ち主。間違っても女好きの遊び人なんていないよ。そう、例えばセドリック、君みたいな助平は駄目なの」
「失礼な! 助平のどこが悪い! これは男として健康な証拠だ!」
 その時、アレルがじろりと睨んだのでセドリックは黙ってしまった。
「アレル君、具合はどうだい?」とガジス。
「俺は大丈夫だけどさ、まったくセドリックには呆れるよ」
「すみませんねえ、王子様」
「王子様?」
「だって君は聖王家の王子か何かなんだろう?」
「……仮に俺が王子の生まれだったとしても、今となってはもう関係ないよ」
「えっ? それはどういうことだい?」
「…………………………」
「あーーーー!アレル君! 無理して思い出しちゃ駄目! セドリックもあんまり詮索しない!」
「ごめん、俺、しばらく一人になりたい」
 アレルは早々に部屋を出て行ってしまった。
「セドリックの馬鹿! 昨日アレル君がおかしくなっちゃったばかりじゃないか!」とガジス。
「悪かったよ。しかしアレル君は一体どこまで記憶を取り戻してるんだろう」
「元々一時的な記憶喪失なんだから本当は全部覚えてるはずだからねえ」
「ところでガジス、あんたは結局何者なんだ?何故閉鎖状態のザファード大陸に詳しいんだ」
「それは秘密。ボクの正体は他人に知られてはいけないのだよ。そう!ボクは謎のスーパーマン!この世の悪を滅ぼさんとやってきた正義の使者!」
「あんた、まともに答える気がないな」
「そんなっ! 嘘は言ってないのに!」
「それにしてもアレル君にはまだまだ謎が多いな」
「セドリック、君の知ってることで他に何かあるかい? ボクだったらもしかしたらわかるかもしれないよ」
「そうか。じゃあ言うけどよ、アレル君には深刻な問題があるんだ」
「どっ……どんな?」
「同性愛の概念が理解できないんだ」
「は?」
「これは深刻な話なんだぞ。アレル君の顔立ちを見たまえ。あんなに気品のある整った顔立ちじゃあ世の中の変態共に狙われること必須。だから俺は保護者として一緒にいるんだよ。そしてある日俺は同性愛好者についてアレル君に教えたんだ。世の中にはそういう趣味の奴らもいるから気を付けるようにって。だけどアレル君は全く信じなかったし理解できなかったみたいなんだ。あの容貌では男色家に狙われることも多い。なんとか理解させてやりたいんだが」
「ふうむ。ザファード人だということと関係あるだろうか? 創造主であるシャリスティーナはとにかくお堅いし考え方も古い。いかにも同性愛なんて認めないって感じだしなあ」
「認める奴なんているのか?」
「ボクの国ではそういう嗜好について理解が進んでいるから特に偏見はないけれど、他の国ではそうはいかないんだろうなあ」
 セドリックはガジスの正体を全く知らない。一体どこの人間なんだろうと怪訝に思った。
「とにかく! アレル君はいつ何時変態に狙われるかわかったものじゃないんだ! この間までいたミドケニア帝国だって、皇帝陛下がアレル君に夢中になってヤバかったんだぞ!」
「それはなんだい? 稚児趣味にでも目覚めたとか」
「皇帝陛下は否定してたが、なんだか様子がおかしかったんだ。アレル君が宮廷を訪れてから一切女と寝なくなったらしいし、すっかりアレル君に夢中で」
 セドリックはミドケニア帝国での出来事を詳しく説明した。
「も、もしかしてそれって……」
「ガジス? 何か心当たりがあるのか?」

「アレルくーん!」
 ガジスはアレルを探し出すと駆け寄った。後ろにはセドリックが続く。アレルの方は一体何事かと面食らう。
「アレル君、ちょっと君のお目めを見せてくれるかな?」
「目?」
「うん、ちょっとね」
 ガジスはアレルの目を調べた。
「あああああーーーーーっ!!!!! やっぱり!」
「なんだ? 俺の目が一体どうしたんだ?」
「アレルくん、君は稀にみる魅了眼の持ち主のようだね。それもかなり強力な」
「魅了眼?」
「他人を魅了する力を持った眼のことだ。瞳に特別な魔力が宿っていて、特に何もしなくても相手を魅了してしまう。普通の魅了術と違うのは意図的ではないってことだよ」
「なんだよそれ。魅了眼だなんて聞いたことないぞ」とセドリック。
「それはそうだよ。滅多にいないから。さっき聞いた話によるとミドケニア皇帝はどうやらアレル君の魅了眼に囚われてしまったようだね」
「つまり皇帝陛下はアレル君に魅了されていたのか?」
「そうだね。だから女の人に対して色欲がなくなった。そしてアレル君に夢中になった。アレル君はまだ子供だから効力が弱い。だから魅了されてもそれほど深刻なことにはならなかったようだけど」
「怖い話だな。アレル君が成長して効力が強くなっていたらヤバかったんじゃないのか?」
 アレルは急に言われたことについて戸惑っていた。
「俺の目は普通じゃないのか?」
「うん、何もしなくても人を魅了してしまうことがあるんだよ。君の魅了眼はかなり強力だ。成長して大人になったら同性・異性を問わず魅了してしまうことになるよ」
「なんて能力を持ってるんだ。俺も魅了眼を持っていたら女の子とやりたい放題――いや、何でもない」とセドリック。
「魅了眼の持ち主はたいてい犯罪に走るんだ。相手を魅了して自分の言いなりにできるんだから無理もない。そして捕まったら刑罰として目を取られてしまうんだよ。目を取ってしまえば終わりだからね」とガジス。
「そりゃまた残酷な刑罰だな」とセドリック。
「俺……」
「あ、アレル君が悪いことをするだなんて言ってないよ。ただ、魅了眼の持ち主は悪いことをする人が多いってだけで」
 アレルはミドケニアでの出来事を思い出した。実の息子でもないのに夢中になって可愛がってくれたミドケニア皇帝。そして寵姫が媚薬を使っても魅了術を使っても効果がなかったのだ。
「俺が魅了眼の持ち主だったから、あの時ルジェネ姫が媚薬や魅了術を使っても陛下に効かなかったのか」
「魅了術っていうのは二重にかかることはないからね。君の魅了眼の方が強力だったら他の人間は何をやっても効果がないよ」とガジス。
「ガジス、あんたは本当にいろんなことを知ってるんだな」
「伊達に長生きしてないからね」
「ガジス? あんた一体いくつなんだ?」とセドリック。
「年齢不詳だよ~ん」
 さりげなく誤魔化すガジスをセドリックは睨んだ。まさか上級魔族として何百年も生きているなどとは思いもよらない。
「アレル君は本当にいくつも秘密を持っているな。しかしその魅了眼とかいうやつは放っておいたらまずいんじゃないのか? さっき同性・異性を問わず魅了してしまうと言っていたじゃないか。女の方はともかく男まで魅了するのはヤバいだろ。今までストレートだった奴が次々と男色に目覚めるなんてことになったら――」とセドリック。
「そっ――それは由々しき事態だ。アレル君のお目めをなんとかしないと」とガジス。
「俺の目……」
「アレル君、眼鏡をする気はないかい?」とガジス。
「視力が悪いわけでもないのに? それに戦いの邪魔だよ」
「じゃあコンタクトは?」
「コンタクト?」
「しまった他の大陸にコンタクトレンズなんてなかった。ああっ! とにかくこれは問題だ! 国に帰ったら眼科医に相談してみよう」とガジス。
 アレルは茫然としていた。
「俺って………いろいろ普通じゃないんだな………」
 今まで自分が普通の人間ではないと感じることがどれだけあっただろう。大人の戦士より強い、魔力も高い、自然を操る力を持っている。動物と話ができる。暗闇でも目が見える。毒が効かない。そして新たに判明したのが魅了眼の持ち主であるということだ。まるで世界で自分一人が異質なものに感じられる。
「アレル君、そんなに気を落とさないでおくれよ。調査が終わって国に帰ってまた調査にくる頃にはちゃんと対策を考えておくから」とガジス。
「調査? あんた他国のスパイか何かか?」とセドリック。
「いや、だからボクは謎のスーパーマンで――」
「それはもういい!」
 ガジスは自分の正体について適当に誤魔化している。アレルもガジスの正体をセドリックに伝える気はなかった。それよりも自分の存在について考える。
(魅了眼か…俺は…神託を受けた勇者だけど…世の中に平和をもたらすどころか平和を乱す存在なんじゃないのかな…魅了眼なんて悪用はできてもいいことに使えるものじゃないじゃないか…人を魅了して言いなりにする…そんな能力はいらない…俺は人と信頼関係を結びたいんだ…信頼…)
 ガジスによって自分のことがいくつか明らかになったが、アレルの気分は晴れなかった。



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