アレルはワープ魔法を使って、今までの中で一番ルドネラ帝国に近い場所へワープした。セドリックとは一旦別れ、今はガジスと一緒に旅をしている。ガジスはナルディア王国に住んでいる上級魔族である。古代人の隠れ住む島国であり、世界一平和なナルディア王国では人間と魔族が平和に暮らしているのだそうだ。信じがたいことだが、ガジスという魔族は非常に友好的な性格であった。
「なあガジス。一つ聞いていいか?」
「何だい? アレル君」
「ナルディア王国が他の大陸の調査にあんたを派遣したのはわかったけど、何であんたなんだ? 魔族であるあんたより人間の方が他の大陸で怪しまれずに済むじゃないか」
「んー……それはだね。人間は魔族と比べるととても優しくて繊細で傷つきやすい生き物だろう?人を殺すのに躊躇いがあったりする。戦争の経験がなく、平和な生活をしていた人間ほど人を殺すなんてとんでもないことだと思うらしいじゃないか。そして人を殺めることによって自分自身も心が傷つく。君だって最初はそうだったんじゃないのかい?」
「そうだな……」
 アレルは記憶喪失で目覚めた後、最初に人を殺めた時を思い出した。過去の苦い記憶。その後、戦いを余儀なくされることがあまりにも多かった為、そのうち人を殺すことに対する抵抗がなくなってしまった。戦いにおいて躊躇いは命取りになる。だからといって罪悪感もなくなってしまった自分の心も問題ではないかと思う。
「ナルディアは平和だけど他の国々は戦争ばかりだ。そんなところへ調査に行ったら人を殺さなければならないことになることもある。ナルディアで穏やかに暮らしている人達がそんなことに巻き込まれるのを見るのは忍びない。だから魔族であるボクが選ばれたんだ。ボクら魔族はそんなことへっちゃらだからね」
「そうなのか……それはいいけど、魔族であるあんたが戦いによって魔族の本能に目覚めることはないのか? 魔族っていうのは好戦的だし残虐な嗜好を持つものだし」
「それは大丈夫だよ。もう何百年も人間達と平和に暮らしてきたんだから。平和っていうのはいいもんだよ。みんな穏やかでにこにこして、毎日楽しく暮らしている。一度平和の良さを知ってしまうと戦争なんてとんでもないと思うね。そう思わない連中がいるとしたら、それは真の平和の良さを知らないんだよ、きっと」
「うん、とてもいい台詞だと思うけど上級魔族のあんたが言うと違和感ありまくりだね」
「ひどいよう!」
 空は真っ青な晴天である。気持ちの良い風が吹き、暖かな日光が地面を照らす。ガジスはうんと伸びをした。
「それにしてもいい天気だね~。お日様ぽかぽかで気持ちいいよ~」
「とても魔族の台詞とは思えないな」とアレル。
「アレルく~ん、そろそろお昼ご飯にしようよ~。ボク、お料理得意なんだ~。ナルディアの調理器具を出して何か美味しいものを作ってあげるよ」
「ますます魔族の台詞とは思えないな」
「あ、そうだ。ボクはお料理をする時、魔族本来の姿になるんだけど、怖がらないでくれるかな?」
「何で料理をするのに魔族本来の姿になるんだよ?」
「それはだね。実は、ボクは……」
 そう言いながらガジスは変形し始めた。人間の暗黒騎士の姿から魔物の姿に変形し、恐ろしげな形相になったかと思うと、腕がにょきにょきと生えて六本になった。
「ボクは本来腕が六本あるんだ。戦う時も二刀流じゃなくて六刀流。腕が六本もあると何かと便利だよ」
「それと料理と何か関係あるのか?」
「だって腕が六本あれば一度にいろんなことができるじゃないか。お料理だって効率的にできる。これでもボクはナルディアでコックさんとして働いていたことがあるんだよ。六本の腕を持つボクはコックさんとして重宝されたんだ。ほら、愛用のエプロンだってある」
 そう言ってガジスは料理の準備を始めた。恐ろしい姿と顔をした六本の腕を持つ上級魔族がピンクのレースの入ったエプロンを可愛らしく蝶々結びにして鼻歌を歌いながら料理を始める。包丁で食材を切るとんとんという音が鳴り響く。
(ああ……俺の中の魔族のイメージがどんどん崩壊していく……)
 今まで魔族は敵だと思っていた。その魔族の中にこんなに友好的な者がいるとは信じがたい事実である。恐ろしげな外見をしていることを除けば人間とそんなに変わりはない。アレルはガジスが料理をする様を呆然と眺めていた。
「できたよーっ! さあ、アレルくん、ボクの手料理をお食べ」
 思いっきり後ずさるアレルであった。
「どうして逃げるんだい!」
「いや、だって……」
「大丈夫。ちゃんと人間好みの味付けにしてあるから」
 アレルは恐る恐るガジスの作った料理を食べてみた。それは非常に美味であった。今まで王宮の豪華な料理を食べたことがあるが、それに負けず劣らず美味い。
「……美味しい……」
「そうだろう、そうだろう! ボクは今まで何度も他のコックさんと料理対決をして勝利を手にしてきたのだ! その辺の素人とは一味も二味も違う。腕によりをかけて食材から調理の方法、味付けに至るまで綿密な計画を立て、料理対決で勝利を掴むことの喜び! そう、ボクは天才料理人ガ~ジ~ス~。フフ、フハハ、フハハハハハハ!」
「大丈夫か、あんた。大体それが上級魔族として誇るべきことなのかは疑問だぜ」
「別にいいじゃないか。ナルディアでは魔族もほとんど人間と同じように暮らしているんだよ」
 アレルがナルディアにいた頃は記憶喪失で目が覚めたばかりであった。アレルを助けてくれたジェーンという女性の家から外には出なかったのだ。まさか外に出たらこんな魔族が普通に徘徊している場所だなどとは思いもよらない。平和なのはわかったが、ナルディアとは一体どういう国なのだろうと思った。
 アレルとガジスはルドネラ帝国へ向けて旅を続けた。途中、モンスターが出るが、二人の敵ではなかった。ガジスは暗黒剣を手に敵を斬り伏せていく。剣の腕はなかなかのものだったし、魔法も使えた。だが、そんなガジスを見てアレルは非常に複雑な心境であった。これほどまでに友好的で戦闘能力も優れた上級魔族と一緒に旅をしているとは。
 その夜――
「今日はこの辺で野宿かな。たまにはシャワーでも浴びたいけど、ここではそんなことは無理だもんなあ」とガジス。
「そういえばシャワーってナルディアでしか見たことがないものだな」とアレル。
「中世レベルの文明ではまだシャワーはなかったかな」
「俺の空間にならあるよ」
「へ?」
 アレルは一年前ギルという名の賢人の元で空間術を学んだ。それにより自分の空間を所有している。そこはアレル個人の部屋の他にキッチンと風呂、その他金庫や宝物庫があった。その空間にはいつでも出入りでき、手に入れたものをしまったり出したりすることもできるのだ。それをガジスに話すとガジスは飛び上がって驚いた。
「ぬわあんだってえーーーーー!!!!! 世界に数人しかいないと言われる空間術の使い手だってえええええ!!!!!」
「一緒に旅をすることになったのも何かの縁だし、俺の空間に招待してやるよ」
「是非是非入れてくれ! どんなものか見てみたいよ!」
 アレルはぱちんと指を鳴らした。たちまち周囲が部屋の中に変わる。そしてアレルの使い魔である猫人間のジジが出迎えた。
「アレル、お帰りなさい。そっちの怖い人は誰ですか?」とジジ。
「ジジ、この人はガジス。見た目は怖いけど悪い人じゃないよ」
「これは失礼しました。ようこそ、ガジスさん」
「おおっ! これはなんとプリティーな! 可愛い猫ちゃんだねえ」とガジス。
 アレルはジジにガジスのことを説明した。ジジは目を飛び出さんばかりに驚いた。
「えええええーーーっ!!!!! そんな、人間と魔族が仲良く暮らしている国があるなんて!!!!!」
「そんなに驚くことかい?」とガジス。
「ガジス、あんたにとっては何でもないことでも俺達にとっては前代未聞だよ」とアレル。
「う~ん、そうか。ジジと言ったね。猫ちゃん、怖がらなくてもいいよ。ボクは強面だけどとってもフレンドリーなおじさんだからね」
 ジジの方は一体どういう態度を取ったらいいのかわからないようだった。
「アレル、随分と変わったお客さんを連れてきましたね」
「そうだな。とにかくこのガジスとはしばらく一緒にいるけど決して凶暴な魔族じゃない。その辺は安心していいぞ。ガジス、ここが俺の空間だ。適当にくつろいでくれ」
 ガジスとしては猫人間のジジを触ったりなでたりしてみたかったのだが、怖がられそうなのでやめておいた。そしてアレルの空間を見渡す。アレルの部屋は静かで落ち着いた雰囲気だった。本棚には魔道書が山積みになっている。少し離れたところにキッチンがあり、扉を見つけたと思ったらその奥は風呂だった。風呂はナルディアのものと同じ材質でできた浴槽とシャワーがついていた。
「アレルくん、このお風呂どうやって作ったの?」
「ナルディアでの記憶を手掛かりに空間術を使ったんだ」
「魔法でこんなことができるなんてすごいねえ。……ん? 待てよ? 君はナルディアの文明を知っている。ここなら何でもナルディアのものを持ち込んでもいいんだよね」
「俺は他の大陸の人間だぜ。そんなことをしていいのか? ナルディアは存在を秘密にしていなければならないんだろう」
「君になら教えてもいいよ。そもそも普通の人間はナルディアに入ることはできないはずなんだ。君は何か特別な存在なんじゃないのかなあ」
「そうなのか?」
 アレルは自分自身のことを考えると不安になってくる。外見は子供の姿だが、本当に子供なのかどうかわからない。かつて共に旅をしたスコット王子が言っていたように魔法か薬で小さくなってしまったのではないかとも考えられる。他にも人間離れした強さ、動物と話ができる、毒が効かないなど、謎が多い。強力な結界が張ってあるはずのナルディアに紛れ込んだのも何か理由があるのかもしれない。
「ってなわけで君の空間をナルディア風に改造してもいいかな?」
「え?」
「ボクはナルディアで古代人と何百年も暮らしてきた上級魔族。他の魔族と違って知能も高いんだぞ~。職歴も豊富だから今までいろんなことをやってきたんだ。大工さんもやったことあるし、工場で働いたこともある。機械いじりなんてお手の物」
「そ、それはわかったけど、俺の空間を改造してどうするんだ?」
「そりゃあ君、ナルディアのいろんな機械がここにあったら便利じゃないか。本当はテレビだって見れるようにしたいんだけどねえ。ボクはいろんな目的で他の大陸を調査している。どこもみんな文明レベルが遅れてるからナルディアの文明が恋しくなる時もあるだろう。そんな時この空間に入れてくれればいつでもリラックスできるってもんだよ。君達神託を受けた勇者が全世界に平和を取り戻すまで何年もかかるだろう。それまでボクもナルディアの調査員としてこっそり世界を奔走しなければならない。たまにはナルディア最新の文明に触れたいと思う時だってあるだろうよ。だけど他の大陸でナルディアの機械を使うわけにはいかない。だけど君の空間の中なら大丈夫だ」
「他の大陸にもそれぞれ神託を受けた勇者がいて、全世界に平和を取り戻すんだって?」
「そうだよ。それより君だってナルディアの最新技術には興味があるだろう? 他の大陸の人間では君だけに秘密を教えてあげるよ!」
 アレルとしては神託を受けた勇者についてもう少し聞きたかったが、ガジスの方は荷物から道具を取り出して作業に取り掛かってしまった。



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