アレルの空間に泊まったガジス。持てる技術を生かし、キッチンや風呂、洗面所をナルディア風に改造しながらもアレルの謎について考えていた。ガジスは世界情勢を探る為に他の大陸に調査にきている。アレルのことも、他の世界情勢のことも、考えることがたくさんあった。ガジスはあまり寝ていないが早く起きた。人間と魔族は身体の仕組みが違う。上級魔族であるガジスにとってはあまり寝不足など関係なかった。そして居間に出てアレルの使い魔ジジがあたふたしているのに気付いたのであった。
「ガジスさん! 大変です! アレルが悪夢にうなされてるんです!」
「何っ! 夜中にカップラーメンを食べたのがいけなかったのかああーーっ!」
「それは全然関係ないと思いますけど。アレルはお腹が痛くて苦しんでいるんじゃないんです。悪い夢を見てうなされているんですよ!」
 ガジスは早速アレルのことが心配になった。アレルがザファード人であると気づいて本人に教えたのはいいが、どうも辛い記憶まで引き出してしまったらしい。なんだか悪いことをしてしまった気分だ。アレルは悪夢にうなされ、非常に苦しそうであった。
「アレルくん! しっかり!」
 ガジスはアレルを揺さぶると強引に起こした。
「……ガジスか……」
「大丈夫かい? 悪い夢を見ていたようだったけど」
「そうだな。なんだかものすごく嫌な夢だった。夢の中で俺は王族の一人として国を平和に導いていかなければならなかった」
(過去の記憶の夢? アレルくんがザファード大陸の聖王家の王子だとすると合点がいくけど……いや、でもこの子はまだ子供のはずだ……)
「俺はできうる限りのことをした。自分なりに真面目に、誠実にやっていた。だけどそんな俺に人々は不満ばかり言うんだ。みんな俺に何もかも責任を押し付けて、自分達では何もしないで文句だけ言うんだ。どこまでも自分の都合のいいことばかり一方的に要求する、エゴに囚われた人間達。自分では何もせず、人の所為にばかりする。考えただけで胸が悪くなる。忘れてた。人間ってそういう生き物でもあるんだったな。俺は……人間のそんな一面を見るのが嫌だったから、今まで人と深く関わるのを避けてきたのかもしれない」
 ガジスは目を瞬いた。今しがたアレルが言ったことはとても八歳の子供の経験することではない。子供の夢に出るようなことでもない。
「夢の中で俺は間違ったことをしてしまった。今言ったような私利私欲にまみれた人間達なんか見捨ててしまえば良かったんだ。だけどそうしたらその人達は無残に殺されてしまう。だから助けてしまったんだ。俺のやったことは間違ってたんだ」
「いや、それは間違ってないだろう」
「だけどそれが何か俺にとって悪い結果になって返ってきたんだ。そこでおまえが俺を起こして夢から覚めた。詳しいことは思い出したくもないよ」
 アレルはびっしょりと汗をかいていたのでガジスは水を飲ませた。
「……俺は勇者の神託を受けているけど、今の夢みたいなことになったら嫌だな。人々があまりにも図々しくて身勝手な奴らばかりだったらこっちだって快く助けてやりたいとは思えない。それが心情ってもんだ。だけどそれで人々を見殺しにしたら勇者失格なんだろうな。例え私欲にまみれた人間がいて、個人的に気に食わないと思ったとしても、何も殺されるほどのことはしていないんだから、そいつが生命の危機に晒されていたらやっぱり助けてやらなくちゃいけないし」
「ふーむ」
 アレルはベッドから起きて立ち上がった。そして部屋の中を歩きながらぽつりぽつりと語りだす。
「俺は神託を受けた勇者の一人。勇者は世界に平和をもたらさなければならない。勇者の主な役割は魔王退治。だけど……勇者って何なんだろうな。魔王って何なんだろうな。中には勇者から魔王になった奴もいるって話を聞いたことがあるけど……」
「ふむ。そうだね。中には人間に絶望して魔王に身を転じた勇者もいるよ。数としてはそんなに多くないけど」
「そりゃそうだろう。多かったらそれはそれで問題だ。魔王になった勇者か……やっぱり多くの人々に裏切られて絶望したのかな……苦しみと絶望の果てに魔王になって、それで何の事情も知らない勇者が正義を振りかざしてお前は悪だって言ったりしてるのかな……」
「えーと……」
 ガジスの困惑など気にも留めずにアレルは語り続ける。
「勇者は世界に平和をもたらす使命を負っている。それに対して魔王は人々の平和を脅かす存在だ。だから勇者と魔王は対立する。魔王は善良な罪もない人々を殺す。だから悪と見做される。魔王は強大な力を持っているからそれに立ち向かうのは勇者と呼ばれる。だけどこれだけが世の中の真実なんだろうか。勇者は身を犠牲にして悪に立ち向かって平和な世界にしようと思っているけど、この世界は果たしてそこまでして守る価値のあるものなんだろうか。人間って言うのは自分勝手で簡単に他人を裏切ったり傷つけたりする生き物でもあるんだぜ。人間に絶望して魔王になった奴は人間の醜い一面を嫌というほど味わってるんだろう。それならこんな世界は壊してしまいたいと思うのも無理もない話だな」
「うう……(アレルくん、どうしたんだろう? なんか急に難しい事しゃべりだしたけど)」
「だけどそれは世の中の真実の一部に過ぎない。俺は人間の醜い一面に絶望しても、それでもまだ人間というものを信じたい。世の中にはちゃんといい人もいるんだってことを自分の目で実際に確認したい。あれ? だから俺は旅に出たんだっけ? ――って、ガジス?」
 ガジスは頭を抱えてぐったりとしていた。
「アレルくん、ボクはあまり頭が良くないんだよ。急にそんな難しいことを話されても困ってしまうよ~」
「大丈夫か? 俺を介抱しておいて今度はお前が倒れるなんて」
「ふーんだ、どうせボクは馬鹿ですよ~。どうせ、どうせ、どうせボクは三流大学出身さ~」
「え?」
「ううん、こっちの話。ところで君は一体どのくらい記憶が戻ってるわけ?」
「俺の記憶はまだぼんやりとしてるけど、はっきりと思い出したことが一つだけある。それは俺の生きる目的」
「えっ!?」
「自分が何の目的で生きているのか思い出したんだ」
「へ?」
「俺は世界中を旅して確かめなきゃいけないことがあるんだ。それは人間の本質。性善説も性悪説も、どっちも正しくてどっちも間違ってる。世界中を旅して様々な価値観の人に出会って、人間というものについて自分なりの答えを見出さなければならない。それによって俺が今後どう生きるべきなのかも。いつつの国の特定の場所で暮らしているだけでは見出すことのできない真実を手に入れたいんだ」
「ああ、また難しい話を……っていうか、やっぱり君は八歳じゃないんじゃ……」
「その辺がどうも自分でもよくわからないんだよな。まあ、とにかく気分も落ち着いたし、朝飯食って旅を続けようぜ!」
 ガジスは極めて混乱していた。アレルは急にどうしてしまったというのか。彼の夢の話、勇者や魔王についての話、彼が生きる目的。それは子供の考えることではないし、ガジスは今まで深く考えたことがなかった事柄だった。ガジスは何百年もの間、ナルディアという平和な国で楽しく暮らしていた。あまり深刻なことを考えることはなかったのでどうしていいかわからなかった。一方、ガジスを困惑させたことは気にも留めず、アレルは自分の心の闇から一旦抜け出した。気分を切り替え、明るく振る舞う。使い魔のジジはアレルが元気になったと単純に安心していたが、ガジスの方はそうはいかなかった。アレルの肉体年齢は間違いなく八歳である。しかし今しがたの話を聞く限り、到底八歳の子供の言うこととは思えない。一体どうなっているのか。ガジスはいずれザファード大陸にも調査に赴くつもりだ。あそこで一体何が起きたのか。アレルの謎についてずっと考えていた。

 アレルとガジスはルドネラ帝国へ向かっている。今は明るい日光が照らす緑豊かな森を歩いていた。森はアレルにとって懐かしさを感じさせる場所である。森の動物達と話をして楽しんだり、自然を操る力でそよ風を起こしたりして遊んでいた。自然と触れ合うと心が癒される。自分の中に眠っている闇がいかなるものか、はっきりとはわからないが、今は一人の子供として無邪気に振る舞うことにした。そしてそんなアレルを温かい目で見守るガジス。無邪気に元気いっぱいに動物達と遊んでいたアレルはふとガジスの方を振り向いた。そして顔を引きつらせるのであった。ガジスはガジスで動物達を撫でたり可愛がっている。上級魔族が動物達と戯れている光景はなんとも異様である。
「ん? アレルくん、どうかしたかい?」
「いや……あんたが動物達と遊んでるとすごく異様な光景に見えるな」
「そっ……そんな! ボクは動物園で働いていたこともあるんだぞー!」
「は?」
「ボクはナルディアの上級魔族! 魔族は人間と違って寿命が長い。長い人生の間にいろんな職業を経験してきたんだよ。コックさんもやったし大工さんもやったし、動物園でも働いてたし、他にも人間と同じ学校へ通って勉強したこともあるんだからね!」
「嘘……」
「ボクら魔族は寿命が長いから浪人し放題! 留年し放題!」
「その言い方からするとあんまり勉強は得意じゃなかったようだな」
「うぐっ……」
 ガジスはしゅんとしてしまった。一方でアレルは動物と戯れる魔族という受け入れがたい光景に頭を抱えていた。魔族が人間と同じ学校へ通って授業を受けている光景を思い描くだけでも頭痛がする。ナルディアにはもう一度行ってみたいという気持ちはあるが、自分の中の先入観が完全に壊れるであろうことも覚悟しておかなければならないと思った。

 旅を続けるうちに一つの集落を見つけた。入ってみると子供達ばかりである。そこは戦争で親を亡くした子供達が身を寄せ合って作った、小さな、小さな集落だった。家も家具も作りが拙い。今にも壊れそうだ。ガジスは気前よく森の木を伐り、家を建て直したりいろんな道具を作ったりした。アレルはその集落の子供達と一緒に遊んだり話をしたりした。子供達が健気に生活している場所。そこは魔物の気配が全く感じられない、平和な場所だった。アレルが神託を受けた勇者だとわかると、子供達はわっと声を上げた。
「へえ、君はこんなに小さいのに勇者なんだ。すごーい」
 子供達の中の一人がアレルの目の前にやってきた。
「勇者さま、僕はね、大人になったら世の中に出て世界を平和にしたいんだ」
「そりゃ立派だな」
「そこで勇者さまに質問があるんだ。ねえ、世界平和ってどうやったら実現すると思う?」

し~ん……………

「もちろん勇者さまだったらこれくらいのことはいつも考えてるよね?」
「………そうきたか」
「誰だって怒ってるよりはにこにこ笑ってた方がいい。喧嘩してるより仲良くしてた方がいい。そんなことはみんなわかってるはずだ。なのにどうして世の中は戦争ばかりで平和にならないの? どうしてみんな仲良くできないの?」
「他人を認めようとしないからさ。自分と違う考えの人を受け入れることができないんだよ」
「そんな……」
「人間はお互いが相手を理解しようとして歩み寄れば分かり合えることもある。でも決して分かり合えないこともあるんだ。人間の不和の最悪の形、それが戦争だ」
「どうしたら分かり合えるんだろう。どうしたらみんな仲良くできるんだろう」
「それは大人でも答えが出せない難しい問題さ。俺達もこれからゆっくり考えていくしかない」
 子供達は黙って考え込んでしまった。一方それを聞いていたガジスは――
(最近の子供っていうのはみんなあんな感じなのかあ? いや、そんなはずはない。しかしアレルくんはこの間悪夢を見た時にやけに難しいことばかり言うし、今度は何だ。世界平和だって? どうしたらみんな仲良くできるのかって? 今時の子供って……)
「ねえ、おじちゃん、何か言ってよー」
「はうっ!」
「おじちゃん、ガジスおじちゃん、お家を作ってくれるだけじゃなくて平和についての意見を教えてよー」
「ガジスおじちゃんは大人でしょー」
「うわあ! ガジスおじちゃんピ~ンチ!」
 ガジスは慌てて逃げ出す。アレルとしてはガジスの正体が魔族であることを知っているので何も言わない。平和について意見を述べる魔族というのも不気味である。
「ここの子供達は精神的にませてるな。それにもう平和について真剣に考えている」とアレル。
「勘弁してくれよ~ボクは難しい話は苦手なんだって。そりゃ確かに平和は好きだけどさ~」とガジス。
 ガジスは子供達の家を直したりあらゆる道具をそろえてやることはできたのでそれに専念した。その日はその集落に泊まった。翌日――
「ねえ、勇者さま、ガジスおじちゃん、二人共強いんでしょ? 旅立つ前に僕達の探検につきあってよ」
「どこを探検したいんだ?」とアレル。
「あのね、この近くにね、古代遺跡があるんだよ。今までは遠くから見ただけだったから、どんな遺跡なのかわからない。だから行ってみたいんだ」
「古代遺跡だって?」
 アレルはガジスの方を見た。
「ナルディアの超古代文明の遺跡かな。ボクが行けば何かわかるよ」
「よし、じゃあ行ってみるか」
 アレルとガジスは子供達の言う古代遺跡に行ってみることにした。



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