アレルとガジスは大魔王ゼウダールの作り出した亜空間に取り込まれた。とは言ってもアレルは平然としていた。空間術の使い手である彼の力をもってすればこの亜空間から抜け出すことは充分可能であった。しかしまずは目の前の敵、大魔王ゼウダールを倒すことが先決である。濃い青に包まれた亜空間。そこでは大魔王のしもべが無尽蔵に増殖を繰り返していた。ガジスは暗黒剣を構えると大魔王のしもべ達の方へ向かった。
「アレルくん、大魔王のしもべ達はボクが相手をする。でも、ボスである大魔王ゼウダールを倒すまでは無限に増え続けるだろう。だから君はボクがしもべ達と戦っている間にゼウダールを倒してくれ」
「わかった」
 すると、ガジスは人間の暗黒騎士の姿から禍々しい上級魔族本来の姿へと変形した。六本の腕に六本の暗黒剣を携え、大魔王のしもべ達と対峙する。大魔王ゼウダールとしもべたちは驚いた。なんと勇者の味方と思われる人物が自分達と同じ魔族だったとは!
「なっ!? 貴様、どういうことだ! 魔族――それも上級魔族でありながら人間の勇者の味方をするなど!」とゼウダール。
「そうだそうだ! おまえ、おかしいぞ! 裏切り者ー! どういうことなのか説明しろー!」としもべ達。
「フッ、そんなことを知る必要はないだろう? 何故なら君達はここで死ぬのだから。いやあ~いかにも悪役然とした台詞でいい感じ~♪」とガジス。
「こ、こいつ、ふざけやがって!」
 大魔王のしもべ達はガジスに襲い掛かった。多勢に無勢のはずだが、六本の暗黒剣を持ったガジスは嬉々として応戦する。ガジスのまとう雰囲気が凶悪なものに変わり、巨大な暗黒の力をしもべ達にぶつけていく。獰猛な唸り声をあげ、しもべ達を次々と屠っていく。まさに一騎当千、鬼神のような戦いぶりだ。
「あれがガジスの本気!? 滅茶苦茶強いじゃねえか」とアレル。
 その時、アレルがガジスの戦いぶりを見ている隙を狙って大魔王ゼウダールは攻撃をしかけた。

ガキイィィッ!

 あっさりとガードされる。ゼウダールは舌打ちした。
「ちっ! 本当に隙のない奴だ!」
「まあ、そう怒るなよ。俺達は俺達でサシの勝負といこうぜ!」
 大魔王ゼウダールは巨大な不定形の魔物。普通にレイピアで攻撃するのはあまり得策ではない。アレルは幾つかの高等呪文を使って攻撃をしかける。魔法の詠唱の早いアレルが使うとあっという間にダメージを与えることができる。炎と冷気の相反する属性魔法を同時に放ち、他にも様々な属性魔法を次々と唱える。たった一人でどんどん魔法を連携させていき、巨大な爆撃が次々と巻き起こる。ゼウダールは苦戦した。ゼウダールの方から攻撃しようとしてもアレルは素早いのでなかなかダメージを与えられない。防御魔法でも簡単にガードされてしまう。そんなことをやっているうちにアレルは聖剣エクティオスを構え、聖なる光でゼウダールに向かって力を放った。一気に勝負をつけようというのである。
「クッ…! そ、そう簡単にやられてたまるか! いくら強くても人間には心という弱点がある。おまえの心の弱点をついてこの亜空間に取り込んで消滅させてやる!」
「俺の心の弱点?」
「そうだ! おまえは、見かけは子供の姿だが、本当に見た目通りの子供なのかは疑わしいぞ。実際はもっと長久の年月を生きてきたのではないのか? その圧倒的な力はどこで手に入れた?」
「そんなに長生きってわけじゃないけど……」
「わしは今まで多くの人間を惑わしてきた。人間は憎しみの感情を抱くと狂い始める。おまえがただの純粋な子供でなければこの高等邪術には反応するはずだ!」
「!!!!!」
 以前、ガジスからザファード大陸の人間なのではないかと言われた。そしてザファード大陸には聖王家というものがあるらしい。その話を聞いた瞬間にアレルはおかしくなってしまったのだった。一気に目の前が真っ暗になり、苦しくなってきた。何をどう表現していいのかもわからない、やるせない思い。それを見てゼウダールはほくそ笑む。
「よし! この隙をついて止めを刺してしまえ!」
 ゼウダールは攻撃をしかけようとした。その時、アレルのまとう雰囲気が変わった。静かな表情をしている。ゼウダールは思わず見入ってしまった。
「俺はかつてとても憎んでいた人々がいた。だがその人々はもういない。俺が憎んでいたのは世界のほんの一部。広大な世界の中の、たった一つの国で起きた出来事。俺は本気で人間に絶望した。本気で人間を憎んだ。だがそれで全てを憎もうとは思わなかった。俺は他のやつらよりほんのちょっとだけ近視眼的ではなかったから。世界は広い。本当に様々な人達がいる。まだ自分の知らない世界があるのだと思った。人生は取り返しのつかないこともあるけど、この広大な世界と多くの人々が存在することを思えば、いくらでもやり直しがきくと思った。だから俺は魔王の道は選ばなかったんだ」
 そう言うと、アレルは愛剣エクティオスで大魔王ゼウダールの中枢核を貫いた。静かな攻撃だった。気が付いた時には既に止めを刺されていたのだ。
(こ、こいつ……やはり子供ではないな……グフッ!)
 ゼウダールは絶叫を上げて消滅した。

 ゼウダールを倒すとアレルはガジスの元へ向かった。ガジスの姿は凄まじかった。全身に返り血を浴び、鬼のような形相である。近づいたら自分も斬りつけられそうである。しかしガジスの方はアレルに気づくとにっこりと破顔した。
「やあ、アレルくん、無事大魔王を倒せたようだね。いやあ~それにしても久しぶりにいい汗かいちゃったな~。さ、この亜空間から出てシャワーでも浴びようよ♪」
「ガジス、見た目が怖すぎる」
「えっ? そんな怯えないで。ボクはいつも通りの優しいガジスおじさんだよ~」

 その後アレルが真っ先にやったこと。適当に川を見つけるとガジスを突き落して返り血を洗わせた。自分の空間に連れていこうにもこの姿では使い魔のジジが怯えるだろう。一通り血を洗い流した後、アレルの空間に行き、二人でシャワーを浴びてまた風呂に入ったのであった。
「いやあ~戦いの後の風呂は最高だね~あとで一杯お酒も飲みたいな~」とガジス。
「俺はまだ子供だから酒は持ってないよ」とアレル。
「アレルくん、いい子だね~。よしよし」
「うわ! 頭を撫でるなよ! 子ども扱いするな!」
「可愛い子供にはいい子いい子したくなるもんだよ~」
 相変わらずフレンドリーなガジスであった。空間の中ではガジスが作った洗濯機が二人の衣類を洗って動いている。
「ハッ! しまった! アイロン作るの忘れてた!」
「え? アイロンって」
「アレルくん、待ってて! ボクが超特急でアイロン作るから!」
 ガジスが作った全自動洗濯機は乾燥機の機能もついている。そこから取り出した衣類にガジスは丁寧にアイロンをかけていった。アレルと使い魔のジジは興味深そうに見ている。
「ナルディアって本当にいろんな機械があるんだな。一回ギル師匠のところへ帰って教えてやりたいよ」
「ギル師匠って?」
「俺に空間術を教えてくれた人だよ。世界に数人しかいない賢人で、とっても変な人なんだ」
「ふうん? ボクも一回会ってみたいなあ」
「ギル師匠はナルディアのことに興味津々だったんだ」
「その人にはナルディアのことを教えたのかい?」
「秘密にしておかなきゃいけなかったかな?」
「ナルディアのことはあまり教えるわけにはいかないし、仮に教えたとしても理解できないことが多いよ。アレルくんくらい小さい頃からナルディアの文明に接していれば別だけど」

 一息ついた後、アレルとガジスは先程立ち寄った集落の子供達に会いにいった。子供達の集落の近くにあった古代遺跡、そこでたまたま大魔王ゼウダールの僕と鉢合わせし、そのままゼウダールを倒したのであった。子供達はアレルが無事だったことと、あの時に襲い掛かってきた魔物のボス、大魔王ももう倒したのだと知って安心していた。子供達は無邪気にアレルと一緒に遊んだりガジスに懐いたりしていた。子供達の元で一晩泊まり、翌朝アレルとガジスは出発した。子供達に別れを告げながら旅立ち、適当なところでアレルは用件を切り出した。
「なあ、ガジス、おまえさえよければ一回ギル師匠のところへ行きたいんだけど」
「ん~、ボクは別に構わないよ。世界に数人しかいない賢人なんだってね。どれくらいナルディアのことを教えるかは実際に会って様子見てからにするよ」
「そうか、よかった。それにもう一度例の術を使ってみたいしなあ」
「例の術って?」
「実はさ、ギル師匠のところである魔道書を見つけたんだ。己の内面を探る術、己の頭の中に意識を投入する術、ありとあらゆる自分を見つけ出す術、そんなことが書かれていた。俺は何か記憶の手がかりが得られるかもしれないと思って試してみたんだ」
「ぬわんだってえええ! 何でそんな重要なことを早く言わないんだい!」
「俺はもう一度あの術を使ってみたいんだ。今度はギル師匠にもちゃんと相談してさ」
 アレルは急に物思いに耽るような表情になった。
「どうも俺の意識の中には誰かいるみたいなんだよな。で、そいつは俺の全てを知っている。そんなやつがいる」
「なぬっ!」
「何者なのかはさっぱりわからない。一回夢に出てきたこともあった。あれはミドケニア帝国に行く直前だったかな?」
「そいつは子供かい? 大人かい? 男かい? 女かい?」
「大人の男」
「アレルくんの意識の中に大人の男が? そんな重大な記憶の手がかりを何故今まで放っておいたんだあああー!」
「あの術はそう頻繁に使うわけにもいかないんだよ。だから今度はちゃんと相談していろいろ考えた上で使いたいんだ」
 ガジスは興奮冷めやらぬ状態だった。アレルの謎が解けるかもしれないのである。アレルは、見た目は子供だがどう考えても子供とは思えないところがある。アレルの意識内に大人の男が存在するというのであればそれが謎の手がかりであろう。一体何者なのか。
 アレルはワープ魔法でギルの元へ行くことにした。ギルならいつでも歓迎してくれるだろう。変人だが根はいい人である。そして自分の記憶を探る為にももう一度、あの術を使いたい。アレルの深層意識の中に存在する謎の人物。何を尋ねてもはぐらかされてばかりだった。それだけアレルにとっては都合の悪い真実があるのだろうと思われる。

 ギルとの再会、そして謎の人物と記憶の手がかりは果たして得られるのだろうか――



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