アレルはワープ魔法を使い、一年前に師事したギルの元へ行った。ギルはちょうどペットのペグーと一緒にいた。ギル達の姿を見つけるとアレルは元気よく走っていった。アレルに気づいたギルも大喜びで駆け出す。
「おお! アレルくん! 遊びにきてくれたのかい? 嬉しいな。さあ、可愛い弟子よ! ボクの胸に飛び込んでおいで!」

すかっ

 アレルはギルの横を素通りしてペットのペグーの元に行った。
「ペグー! 元気にしてたか?」
「わーい! アレル、遊びにきてくれたんだねー!」
 無邪気に戯れるアレルとペグー。そして一人虚しく佇むギル。

ひゅうぅぅぅ~

「アレルくん……ひどいじゃないかあ~。お師匠さんであるボクに抱き付くんじゃなくてペグーのところへ行くなんて……」
 そんな光景をガジスはじっと見ていた。巨体の暗黒騎士の姿をしているガジス。当然ギルは気づく。
「おや、どちらさんですかいね」
「ボクはアレルくんの保護者だ。君が世界に数人しかいないと言われる賢人の一人かい?」
「そう! ボクはこの森に住むお茶目な魔法使い、ギルちゃんで~っす!」
 ギルがポーズを決めるとガジスも何かやらなければいけない気分になってきた。
「ボクはお茶目な暗黒騎士ガジスくんで~っす!」

・・・・・・・・・・

 ギルとガジスはお互い見つめ合った。そしてこの相手とギャグで競ってみたいという願望が湧いてきた。そこへアレルがやってくる。
「ギル師匠、久しぶり。あれからいろんなことがあったよ。積もる話もあるけど、まずはこの人の紹介が先だね。ギル師匠、どうか驚かないで落ち着いて聞いてくれよ。って言っても無理だけど。この人はガジス。以前に話した古代人の国ナルディアの人だよ」
「なっっっっっ何だってええええ!!!!!」
 ギルは素っ頓狂な声を上げた。あっさりとガジスの紹介をしてしまった後でアレルは慌てた。
「あ、しまった、ガジス、あんたのことはギル師匠に言ってもよかったかな?」
「別にいいよ。賢人は別格だからね。それに引きこもりだから他人に言いふらすこともないだろう」
「ナルディア~ナルディア~超古代文明の神秘~」
「ギル師匠、落ち着いて」

 ギルの興奮が一旦落ち着くと、アレル達はギルの空間内でお茶をした。ギルは世界最東端の国、倭が好きらしく、湯呑みに緑茶を入れて和菓子をたくさん出してくれた。
「倭はいいよね~ヘルシーで美味しい食べ物がいっぱいある」とギル。
「そうそう! 琴の音を聞きながら食べる会席料理とかもいいよね~正座してると足が痺れちゃうけど」とガジス。
「ぬ? ガジスさんと言ったかな。古代人は倭についてもご存じで」
「もっちろん! ナルディアは全ての大陸について知っているよ。ほとんど昔の情報だけどね。だからこっそり他の大陸の調査をしているのさ」
「ふむふむ。ガジスさん、ボクはあなたに聞きたいことが山ほどある。アレルくんから教えてもらったナルディアの機械は摩訶不思議なものばかりだ。是非仕組みを教えてもらいたいものだな」
 そこでアレルが口を出した。
「ガジス、あんたの正体について話さなくてもいいのか? ギル師匠にはいずれバレるぞ」
「ん? そうだねえ。じゃあ遠慮なく本来の姿に戻るとするか」
「ガジスさん? その暗黒騎士の姿は仮初めのものだというのかい?」
「そう! ボクの正体は――」
 ガジスは上級魔族本来の姿になった。腕も六本あり、巨大な肉体と強面をしている。それを見てギルは意味不明な叫び声を上げる。
「おにょーっ!? その姿はーっ!」
 アレルとガジスは二人で説明した。ナルディアという古代人の国では人間と魔族が共に平和に暮らしていること。その中で魔族であるガジスが他国の調査員として派遣されたのだということ。ギルは驚いたり唖然としたり様々な百面相を繰り広げ、落ち着くのにかなりの時間を要した。ナルディア、古代人の国。人間と魔族が共存するなんてそんなことが可能だとは。ギルはメモ用紙を準備した。ガジスからナルディアについてできる限り情報を引き出し、メモしようというのである。
 そんなギルを宥めながらアレルは用件を切り出した。
「あのさ、ギル師匠、ナルディアのことは後で好きなだけガジスに聞いてくれよ。今は俺の話を聞いて欲しいんだ」
 アレルはギルと別れてから起きた出来事を話した。一年前に大魔王ルラゾーマを倒したこと、その後、毒が効かない体質だとわかったこと、海賊達との旅の話、セドリックとの出会い、ミドケニア帝国での一騒動。そしてガジスとの出会い。ガジスによって新たにわかった事実。アレルがザファード人らしいということ。ザファード大陸の聖王家の話を聞いただけで取り乱してしまったこと。魅了眼の持ち主だということ。その後ガジスと大魔王ゼウダールを倒して現在に至る。
「ふ~む、アレルくん、やっぱり君は特別な星の元に生まれてるんだろうねえ。こんな小さい頃からそんなにいろんな経験をして」
「ギル師匠、毒が効かないっていうのはどういうことだろうか? ガジスによると魔界の住人と契約した者はそうなることもあるらしいんだけど。でも俺は聖剣の使い手だし魔族と契約した形跡もないって」
「仮説としては幼い頃から少量の毒を摂取して免疫を作るという方法があるらしいが……」
 そこでガジスが口を出す。
「そんなの駄目駄目! そういう仮説があるのは知ってるけど、逆に身体を壊してしまうよ。毒に免疫なんて、ナルディアの医学でもそんなことは証明されていない」
「俺、人間じゃないのかな……」とアレルは呟く。
「だけど普通に子供として成長してるように見えるけど。身長も伸びて体重も増えて、見たところ健康的に育ってるよ」
 次にザファード大陸の話になった。アレルはおそらくザファード人であろう。恋愛結婚に関するお堅い考え方はまさにザファード人そのものである。そしてアレル自身もザファードという名前に聞き覚えがある。しかしギルもガジスもザファード大陸について詳しいことは知らなかった。他の大陸と関わりを持たない、閉鎖的な場所なのである。
「アレルくんの出身地はザファード大陸なのか。それじゃあ最終的な目的地はそこかい?」
「う……うん……」
「あの時のアレルくんの取り乱しようは普通じゃなかった。無理して記憶を掘り起こそうとしない方がいいと思うんだけどね」とガジス。
「それに魅了眼の持ち主でもあるのか……厄介だなあ。そんなにいっぱいいろんな特徴を持っていたら苦労することも多いだろう」とギル。
「うん、なんだかミドケニア皇帝陛下は俺のせいでおかしくなっちゃったみたいだし」
「セドリックから聞いたところによると笑い話で済ませられる範囲だからそこまで気にしなくてもいいと思うよ」とガジス。
 ザファード大陸の聖王家について聞いた途端、アレルは取り乱してしまった。あれから苦しい状態が続いている。
「アレルくんには元気になってもらいたいなあ」とガジス。
「ボクもお師匠さんとして愛弟子が元気で明るく育っていって欲しいと願うよ。アレルくん、元気出して」とギル。
「単純に元気出してくれと言われただけじゃどうしようもないよ。一体何が原因でこうなったのかわからないままだし。原因を突き止めた上でどうすればいいのか解決策を見つけて初めて元気になれるんじゃないか?」
 そして本題である。ギル師匠の元で見つけた魔道書。己の頭の中に意識を投入する術、記憶の手がかりが得られるかもしれないと思って試してみたこと。そうしたら意識の中に謎の男を見つけたこと。その男はどうやらアレルの全てを知っているようなのだ。
「なんと! ボクの書斎の中にそんな魔道書が紛れ込んでいたのか! どうして言ってくれなかったんだい?」
「ギル師匠に黙ってたのは悪かったと思ってる。そして今回はもう一度その術を使いたいんだ。そして俺の中にいる謎の人物について正体を突き止めたい。俺自身の正体も」
「できればボク達も一緒にアレルくんの意識の中に入りたいな。だけどあの術はかなり高度なものだから他人が入ることはできなさそうだ」とギル。
「じゃあ外から応援するしかないのか?」とガジス。
「深層意識の中って思考も鈍るしうまく動けないし、なかなか奴と会話できないんだ。俺に教えたくないことがあるらしくて問い詰めてもうまくはぐらかされるし」
 アレルは意識内の謎の男についてギルとガジスに相談した。今度こそ何か記憶の手がかりを掴みたいのだが……
「ふ~む、最初から問い詰めようって意気込むのは逆効果じゃないのかな。相手も構えちゃうし。初めは親しげにフレンドリーに話しかけてどうということもない雑談をして、それからさりげなく自分の聞きたいことを聞いていく、そんな作戦はどうかな?」とギル。
「それはいいアイデアだね。さりげな~く自分の思う方向に話の流れを誘導していくんだよ」とガジス。
「そうか。うまくいけばいいけどな」
 術の注意点などをギルに確かめ、ギルとガジスに見守られながら、アレルはもう一度術を行使した。己の内面を探る術、己の頭の中に意識を投入する術、ありとあらゆる自分を見つけ出す術。自らの深層意識の中へ――



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