アレルの深層意識内。まるで無重力状態だ。視界もはっきりせず、どこを目指して進んでいいかもわからない。そんな中、例の男はあっさりと見つかった。
「久しぶりだな、アレル。言っておくがおまえとギル師匠、ガジスの会話は私には筒抜けだからな。普段おまえが考えていること、やっていることは全て私には丸わかりだ」
「なんだよ。あっさりと現れたかと思えば……じゃあ俺が何の為に術を使ってあんたに会いにきたのかもわかってるんだな」
「ああ。だがおまえの秘密は教えるわけにはいかない。絶対に」
 アレルは喧嘩腰になって何か言おうとしたが思い留まった。まずは親しげに話しかけて相手が気を許したところでさりげなく自分の聞きたいことに話を誘導しなければ。そう思った矢先に男の方からしゃべりだした。
「人生というのは本当にわからないものだ。神々は人間の運命をあらかじめ定めているという話だが、本当にそうなのか? 世の中の出来事というのは神々でさえ予測がつかないことも多いのではないか? 例えばアレル、おまえの人生だ。上級魔族と共に旅をし、寝食を共にし、一緒に風呂に入り、あまつさえ共に大魔王と戦っただと? 全く、こんなことが予測つくものか。考えただけで理解不能で頭痛がする」

・・・・・・・・・・

 アレルは瞠目したが、気を取り直して話し出す。
「ガジスのことで困惑してるのか。まあ俺もそうだけどさ。だいたい魔族っていうのは神々の思い通りになんか行動しないんじゃないのか?」
「そ、そうだな……それにしても………理解に苦しむ……」
 しばらく沈黙が降りた。アレルは用件を切り出してみた。
「なあ、この一年に起きたこととガジスに教えてもらったことで俺のことがいくつかわかった。そしてザファード大陸の聖王家について聞いた瞬間、俺はおかしくなっちまった。あれから苦しいんだよ。大人達は俺のことを心配している。俺はあまり他人に心配はかけたくないし、俺自身もこの苦しみがどういうことなのかはっきり知りたい。なあ、あんたの知ってることを教えてくれよ」
「教えるわけにはいかないし、おまえには最早必要のない過去だ」
「俺に過去が必要ないだって?」
「そうだ。過去にとらわれず、ひたすら前を向いて生きていけばいい。明るい未来を己の手でつかみ取ればいい」
「過去にあったことばかりにとらわれているのは確かによくないさ。だけど人間は過去を捨てることはできない。どんなに苦しい過去でもちゃんと自分自身で受け止めて、自分の中で解決してからでなければ前へ進めないんじゃないか? 自分の都合の悪い過去から逃げてるだけじゃ駄目だろう?」
「仮にそうだとしても、まだその時期ではない。何せおまえはまだ八歳なのだからな」
 アレルは目をぱちくりとさせた。そもそも八歳という年齢は過去がどうのこうのという歳ではない。
「……え……? 俺……八歳……? 本当に?」
「ああ、確かに。おまえの年齢は私が保証しよう。おまえは今八歳だ」
「だ、だけど、俺――」
「仕方がないな。それではおまえに必要な過去を見せてやろうか。おまえの父親に関する記憶だ」
「!? 父さんの記憶!?」
 アレルは昨年ミドケニア帝国に滞在していた時に父親の夢を見たことがある。おぼろげにしか覚えてないが、豪放磊落な人物だった。
 すると、急に砂漠の世界に移った。確かに見覚えのある砂の海。辺りは暗い。ひんやりとした夜の砂漠。その中で隠れ家のような場所があり、明かりが漏れている。その場所では、もっと小さい頃のアレルが眠っていた。そしてその傍らにいるのは大柄でがっしりとした体格の男だった。砂漠地帯の服装をし、肌は日に焼けている。ざらざらとした濃い髭をしており、豪快なしゃべり方をする。アレルの父親は誰かと話しているようだった。
「例え血がつながっていなくても俺とアレルは親子だ。誰にも文句は言わせねえ。あ? 民族が違うだあ? 細けえことをいちいち気にするんじゃねえよ。この盗賊団には砂漠の民もいれば西洋人も東洋人もいる。民族なんざどうでもいいぜ。俺はアレルが気に入ったんだ。こいつは俺の何より大事な息子だよ」
 アレルの父親はぐびぐびと酒を飲んだ。一気に酒瓶を空にするとぷはーっと息を吐く。
「なあ、世の中には神託を受けた勇者様ってやつが何人かいるらしいじゃねえか。で、そいつらは世界を救う使命を負っている、と。でもな、俺は思うんだよ。神託を受けたから世界を救うのか、世界を救いたいと思ってたから神託を受けたのか。神託を受けてない奴は世界を救おうとしちゃいけないのか? 世界を救うことができる奴だけが神託を受けるのか? 神様が何を考えてやがるか知らねえが、神託なんざくそくらえだぜ。俺は神様だって間違うこともあるんじゃねえかって思うぜ。何せ人々に裏切られて魔王になった勇者もいるってんだからな。神託を受けた勇者に何もかも丸投げする国王もくそくらえだぜ。自分では何もしねえ。俺は思うんだ。何かおかしくねえかって。人間社会の平和ってのはたった一人の勇者の力で実現できるような生易しいものじゃねえ。多くの人間の複雑な事情が絡んでるんだ。そう簡単に勧善懲悪で片づけられるか」
 酒を飲んで饒舌になったアレルの父親はしゃべり続ける。
「国王って奴もふざけてやがるからよお、まともに政治もしやしねえ。仮にも王を名乗るからにはもうちっと自分でなんとかしやがれってんだ。かと言って他の奴らも政治の批判だけは言いたい放題言うが、自分では何もしねえ。全く困った世の中だぜ。なんか間違ってんじゃねえか。人の世に真の平和をもたらすのは勇者一人の力でもない。王や皇帝の力でもない。民一人一人が互いに歩み寄って、みんなで力を合わせて平和な世界を作り上げていくんだ。俺は神託なんか受けてねえ凡人だが、この砂漠を平和にする為にゃ何でもやるぜ。アレルはちっと変わった子供だが俺の大切な息子だ。いつかこいつと二人で、この砂漠地帯だけでも平和にしてみせるぜ!」
「お頭、あなたは王にならないのですか?」
「ああ? 王なんざくそくらえだぜ。けっ! あんな七面倒くせえもん誰がやるか。俺は俺の好きなように生きていくんだよ! ん? アレル、起こしちまったか? 悪い悪い」

 急に暗転して元の深層意識内に戻った。傍らには例の謎の男がいる。
「どうだ? 今のがおまえの父親だ。興味深いことを言っていたので私の印象に残っていたのだ」
「あれが俺の父さん……だけど本当の親子じゃないみたいだな。あれ? じゃあ母さんは? 父さんって結婚してたっけ? ……うっ! 頭が痛い……だいたいそれじゃあ俺の本当の父さんと母さんは……?」
 アレルが記憶を巡らそうとした途端、苦しい感情が巻き起こってきた。
(父上……母上……うわああああっ!)
 アレルはばったりと倒れてしまった。
「本当の両親については思い出さなくていい。おまえには必要のない記憶だ。おまえには生みの親などいないという言い方もできないわけではないからな」
「ど、どういうことなんだ……」
「私は今のおまえに必要なことしか教えない。父親の元へ帰りたいだろう? ギル師匠に教えてもらった世界地図によると、確かユーレシア大陸に砂漠地帯があるのだったな。ザファード大陸へ行くよりまずは育ての親の元へ行ったらどうだ? 彼はおまえのことを息子として本当に可愛がっていた。今でもきっと心配しているだろう」
 なんだかもっともらしいことを言われてまたはぐらかされてしまった気がする。そもそも砂漠地帯にいたのが一体どうやって記憶を失ってナルディアで目覚めることになったのか。父親の記憶もまだあやふやなところがある。記憶を巡らすと頭痛がする。一度アレルは今後の目的地について考えた。今いるグラシアーナ大陸のルドネラ帝国まで行けば空間の間と呼ばれる場所からユーレシア大陸にワープできるのだそうだ。ザファード大陸へ行く手段はユーレシア大陸のダイシャール帝国へ行けばあるらしい。どのみちルドネラ帝国へ行きユーレシアに渡らなければならない。だがその後は? ザファード大陸へ行けば出生の秘密がわかるが、アレルにとっては何か耐え難い真実があるようだ。その前に育ての親の元へ行く方が得策なのではないか?
「それでは決まったな。ユーレシア大陸の砂漠地帯を目指すのだ。間違ってもザファードへは行くなよ」
 視界が揺らめき出す。謎の男の姿は消えようとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ聞きたいことが――」
「この深層意識内では私の方が優位にある。それだけは覚えていてもらおうか」
「なあ、ちょっと待ってくれよ、まだ他にも聞きたいことが――」
 目の前が暗転し、気が付くとギルとガジスに見守られていた。
「アレルくん、お帰り。父さん父さんっていっぱい叫んでたけど、まさか深層意識内にいたのがお父さんじゃないだろうね?」
「違う! あーっ! 結局また失敗した! 一応収穫はあったけど」
「収穫があったのならOKだ。また頃合いを見て術を試せばいいよ。それじゃあ聞くけど君は、本当は何歳なの?」
「八歳で間違いないって」
「嘘だあああーーー!!!!!」
 ギルとガジスは大声で叫んでしまった。確かに人間の子供として順調に育ってはいるのだが、明らかに子供とは思えない一面がある。
 アレルは今しがた起こった出来事をギルとガジスに説明した。
「ふむふむ。アレルくんの育ての親ねえ。ユーレシア大陸の砂漠地帯にいるのか。とっても豪放磊落なお父さん、と」とガジス。
「辛い記憶がありそうなザファード大陸へ行くよりまずはお父さんの元へ帰った方がいい、それについては賛成だね」とギル。
「しかし一体どうやったらあの場所からナルディアへ飛ぶんだろう?」とガジス。
「ナルディアって世界地図でいうとどの辺にあるんだい?」とギル。
 ガジスはGPS機能付き地球儀を取り出した。普段は小さい球だが指で擦ると大きくなる。グラシアーナ大陸やユーレシア大陸の反対側の南半球のある場所を指した。
「だいたいこの辺ね」
「そんな、地球の反対側じゃないか。空間の間みたいなのがあったのかなあ」
「神々なら何か知ってるんだろうが、ボクみたいな魔族に教えちゃくれないよ」
「ガジス、そんなにあっさりナルディアの場所を教えたりしていいのか?」とアレル。
「だいたいの場所さ。それに強力な結界が張ってあるから通常の手段では入れないよ」
「ガジスさん、その時にはボクも連れてって~。ボ~ク~も~」
「ダ~メ~よ~」
 ギルは必死になってガジスにまとわりついていた。高度な機械文明が発達し、人間と魔族が共存している国。聞いただけでも興味深い。是非とも行ってみたいのだが、ガジスには適当にかわされてしまった。

 アレルは目的地を整理した。とにかくまずはグラシアーナ大陸内でルドネラ帝国へ行かなければ。そして空間の間からユーレシア大陸に渡り、砂漠地帯を目指し、父との合流を果たそう。



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