アレルはギルの住処の中で一人物思いにふけっていた。結局自分は何者なのだろう。子供なのか大人なのか、どうもはっきりしない。一体何が起こったらこんな状態になるのだろうか。暗い過去があるらしいとはいっても、八歳という年齢は過去がどうという歳ではない。ひたすら今まであったことを思い巡らす。何かとてもどす黒いものが意識の中に漂っているような感じがする。しかし、だいぶ落ち着いてきたのか、アレルの気分は、今はそれほど暗いものではなかった。過去は過去。今は違う。時々過去に囚われておかしくなることもあるだろうが、ひたすら前を向いて生きていきたい。

 気を取り直したアレルは外に出た。もう夜である。空では満月が眩しく輝いている。涼しい風がそよぎ、アレルの髪を揺らす。空を見上げ、一人感慨に耽っていると、どこからか妙な奇声が聞こえてきた。声の主はギルとガジス。二人で何かやっているようだ。何をしているのだろうと2人の元へ向かうと――
「さあ、見たまえ、夜になったらキャンプファイヤーだ。原始の踊り、ファイヤーダーンス! ファイヤーファイヤァァァー!」
「くっ……ギルさんなかなかやるな。ボクも負けないぞ! 宴会の一発芸を披露して進ぜよう!」
 ギルとガジスはなんだか妙な踊りや芸を必死になって披露していた。
「な……二人共一体何やってるんだ?」
 そこにギルのペット、ペグーがやってきた。
「ギャグ合戦だってさ。あのガジスという人にギャグで勝ったら古代人の国ナルディアにしかないものをくれるっていうからギルってば必死なんだよ」
 ギルとガジスは互いに競争心を煽られながらどんどん妙なことをやり始めた。踊りや芸、一発ギャグ。駄洒落。
「ガジスさん! なんとしてもナルディアのものを譲ってもらうぞ~!」
「フッ、この天才落語家ガジス様に勝とうなんざ百年早いっ!」
「落語!? 落語ならボクだって少しは知ってるよ~! とにかく負けないんだから!」
 二人のやっていることがだんだん正視に耐えかねてきたアレルはペグーを連れて先に寝ることにした。
 ギルとガジスのギャグ合戦は夜明けまで続く――

 翌朝アレルが様子を見に行くと嬉しそうにはしゃいでいるギルの姿があった。
「ギル師匠おはよう。話はペグーから聞いたよ。ギャグ合戦に勝ってナルディアのものをもらったんだって?」
「そうだよ。見たまえこのカップラーメンを!」
「……えっ?」
「これは古代人の高度な技術でしか作れない貴重なラーメンなのだそうだ! やったぞ! これでナルディアの神秘に一歩近づけた!」
「……………あのさ、ギル師匠、それで本当に満足なわけ?」
「もっちろんさー!」
「俺だったらあのパソコンとかいうやつについて教えてもらうけどなあ」

 一方ガジスは――
「へっ! 賢人なんてちょろいもんだね。フッフッフ、ボクは天~才~悪徳商人ガ~ジ~ス~。雨にも負けず、風にも負けず、クーリングオフにもめげず、ウィルス対策ソフトにもめげずに悪いことをし続ける悪徳商法の達人」
「何言ってるんだ?」
「ハッ! アレルくん、ボクの背後に立たないでくれよ。今のはほんの冗談だから。悪徳商法に引っかかったことはあるけど自分からひっかけたことはないんだよ」
 ガジスの言っていることがさっぱりわからないアレルは怪訝な顔をした。
「何でカップラーメンなの?」
「えっ? だってナルディアにしかないものには変わりがないじゃないか。いや、本当に賢人なんてちょろいもんだね~」
「俺だったらパソコンについて教えてもらうけど」
「おっ! アレルくん、パソコンに興味があるのかい? 簡単な使い方なら教えてあげてもいいよ」
 すると凄まじい勢いてギルがやってきた。
「パソコンについて教えてくれるってー! ナルディアの最重要機密を!」
「あ、君じゃなくてアレルくんにね」
「どうしてボクは駄目なのさ!」
「パソコンっていうのは小さい頃からやってないと駄目なんだよ。ギルさんみたいに年寄りになってからじゃ無理」
「ボクは年寄りじゃないよ~!」
 アレルは何故自分にだけナルディアについて教えてくれるのかと思った。ただ一度ナルディアにいたことがあるだけで? 他にも何か理由があるのだろうか。
「じゃあアレルくん、まずはクリックとダブルクリックから始めようね~」

 しばらく平穏な日々が過ぎた。アレルはパソコンの使い方はあまりよくわからなかった。そもそも中世の文明で育っている子供にパソコンは難しすぎる。何はともあれ、アレルの精神状態はだいぶ落ち着き、明るさを取り戻してきた。暗い気分になったとしてもギルとガジスが見事にぶち壊しにしてくれるのである。アレルの中の闇は一旦奥に引っ込んだようである。

 そして、ギルの元でしばらく滞在していたある日、何やらガジスの様子がおかしくなった。
「ガジス、どうしたんだ?」
「うおおおお! これ以上こんな生活に耐えられるか! テレビもない、スマホもない! パソコンもない! うお~ん! ナルディアが恋しいよ~う! こういうのをホームシックっていうんだな。あああ、ナルディアを出てからどれだけ経ったか。他の大陸じゃネットができないからメールチェックもできないし、ここしばらくで、また新しいアプリも出てるんだろうなー。やっぱりネットができないのは痛いや」
「ネット? 網がどうしたの?」
「網って……」
「ネットって網のことだよな?」
「そ、そうだねえ~ネットもWEBも網のことだねえ~あはははは。やっぱ他の大陸の人間にはわからないか。とにかくボクはホームシックになったので、調査報告も兼ねて一度故郷へ帰りまーす!」

「そういえばそろそろ一ヶ月経ったな。セドリックはどうしてるだろうか?」
 ガジスが帰国することになり、あれから一ヶ月経った今、アレルは一旦サイロニアへセドリックを迎えに行くことにした。セドリックとティカの関係がどうなったかはわからないが、どんな結果になってもありのままの事実を受け入れる気であった。また行ってしまうと聞いてギルは寂しそうだった。
「アレルくん、また行っちゃうのか。寂しいなあ」
「また何かあれば来るよ」
「ガジスさんもいつでもここに遊びに来て下さいね」
「そうだねえ、ギルさんとは気が合いそうだから。今度一緒に倭に観光でも行こうじゃないか」
「おおおおお! ナルディア人とお近づきに!!!!!」
 ギルはテンションが上がり過ぎてバタバタと暴れ出した。アレルはギルのペット、ペグーともお別れを言うと、ガジスと共にギルの元を後にした。
「アレルくんもガジスさんも、いつでも遊びにおいでよ~!!!!!」

 ここはサイロニアの城下町。
「ところでガジス、あんたは一体どうやってナルディアへ帰るんだ?」
「それは秘密。ここから先はボク一人で帰るから。アレル君はセドリックさんを迎えに行きなよ」
「ガジス、一旦ナルディアに帰ってもまたこっちに来るのか?」
「もちろん。今度は眼科医さんを連れてくるからね」
「は?」
「君の魅了眼を何とかする為だよ。あと一年くらいは待っててね」
 アレルの秘密の一つ、魅了眼について、ガジスはなんとか対策を打とうと思っていた。ナルディアに帰ったら今までの調査の分とアレルという謎の子供についてできるだけ調べるつもりである。
 アレルとガジスは別れを言うと、それぞれの目的に向かった。ガジスはナルディアへ。アレルは――
「セドリックのやつ、あれからどうなったかなあ」
 アレルはセドリックのところへ向かった。



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