古代人の国ナルディアに住んでいる変わった魔族ガジス。彼としばらく旅をしていたアレルはサイロニアへやってきた。かねての約束通り一ヶ月経ったのでセドリックの様子を見に来たのである。

「よお、セドリック――って、わー!死にかけてる!」
「アレル君、丁度いいところへ来てくれた!早くセドリックさんを解毒してやってくれ!普通の解毒魔法では効かないんだ!」とランド。

詳しい事情は後で聞くとして、アレルはセドリックの治療に取り掛かった。脇腹の傷が気味の悪い紫色になっている。そこから猛毒がセドリックの身体を蝕んでいるのだ。このグラシアーナ大陸の解毒魔法では完全にこの毒を消すことはできなかったらしい。アレルがみたところ、即死性の高い猛毒ではなく、じわじわと身体全体を蝕んでいく種類の毒であった。どんなに手を尽くしても決して消えることなくじわじわと身体を弱らせ、長期間苦しんだ挙句に死ぬ。そんな性質を持った毒だった。アレルは自分の中の謎の記憶を引き出した。記憶喪失で目覚めた当初は魔法を使うことはできなかったが、自分が本来取得している魔法はたくさんあったのだと思う。それはこのグラシアーナ大陸の魔法ではなく、もっと高度な呪文だった。

アレルの口から神聖な響きの呪文が唱えられる。そしてアレルの手から清らかな光が放出し、セドリックが侵されている猛毒を完全に打ち消した。

「セドリック!よかったわ!」

ティカはセドリックに抱き付いた。それを見てアレルは目を丸くする。

「あれ?二人共いい感じになってる?」

猛毒から回復したばかりでセドリックはまだ弱っていたが、ティカが必死に介抱していた。とにかくセドリックが一命を取りとめたということで皆ほっとした。回復魔法の使い手であるローザは先程のアレルの魔法に興味があった。

「アレル君、さっきの魔法はどこで覚えたの?」
「う、う~ん、よく思い出せないんだ。ただ、俺はザファード大陸の出身らしい。多分ザファード大陸の魔法だと思う」
「まあ、すごいわ!私も覚えられないかしら?」
「ごめんよ、ローザ姉さん、あれは多分ザファード人しか覚えられないと思うよ」
「そうなの?残念だわ」

ガジスによると、アレルはザファード人であり、ザファード大陸の聖王家の人間が使う中でも最高位の聖職者が使う術を使えるらしい。死者を弔う術。今しがたの猛毒を完全に解毒する術。他にもグラシアーナ大陸の回復魔法では不可能なことも可能にする高等呪文があった。アレルはこれらの術を初めから覚えていた。記憶喪失で一旦忘れた状態にはなっていたが、取得していたのである。自分自身の謎について考えてもはっきりした答えが出ない。だが、今は人の命を救うことができたことを良しとしよう。



セドリックは幸せな心境だった。ティカは自分を必死に介抱してくれる。女性が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるこの幸せ。だが、彼は慎重にことに当たっていた。過去に失敗したことが山ほどあるからだ。怪我を負った時、自分を看護してくれた女性のお尻をさわって平手打ちを喰らい、見事に嫌われてしまったことがある。しかし至近距離に女性がいて世話を焼いてくれていると思うと、何故かお尻をさわりたくなってくるのである。さわったら嫌われるのがわかっていても、どうしてもさわりたくなる。自分は男として問題があるのだろうか。いや、そんなことはない。これは男なら皆同じはずだ。セドリックはそんな気持ちと必死に戦っていた。そして、これから先ティカとの仲を発展させるにはどうしたらいいかを考えていた。どんな風に口説いたら効果があるのだろう。とりあえず、さりげなく声をかけてみる。

「ティカさん、どうもありがとうございます」
「いいのよ」
「あ、あの、ティカさん」
「何?」
「ティカさんはどんな男が好みなんですか?」

(いきなり何言ってるんだ俺は!)

セドリックは慌てたが、ティカは落ち着いていた。

「そうね。私が好きになった男がいたら、その人が私の好みのタイプなんだわ」
「えっ?そんな…」
「私、恋愛にはあまり興味がないの。あんまり考えたことがないのよね。別に一生独身でも構わないと思ってるし」
「そっっっそんな!ティカさんのような美しい女性が一生独身なんて!」
「だって別にどっちでもいいのよ、そんなこと」
「そんなこと言わないで下さい!俺はティカさんのことが好きです!俺とお付き合いして下さい!」

(――ハッ!しまった!いきなり直球で告白してどうするんだ!)

そう思った時にはもう遅かった。ティカはこちらをじっと見ている。

「セドリック、しばらくあなたと一緒にいて、あなたのいいところも見つけたわ。今ではあなたのことは嫌いじゃない。でもあなたは結婚相手としては相応しくないのよね。だからお断りするわ」

ガーン!

セドリックはショックのあまりベッドに寝込んだ。病み上がりでまだ体力は完全に回復してない。なのにこの精神ダメージである。ティカは呆れた表情でこちらを見ていた。

「あなた、女性と本気で付き合ったことないでしょう?それに私が遊びで男と付き合う女に見えるの?」
「そ、それは…」
「いつも女の尻ばかり追っかけ回してるし、ちゃらんぽらんでお調子者だし、本当に、しょうがない人」

ティカは深いため息をつく。

「でもね、今回のあなた、ちょっとだけカッコよかったわよ」

そう言うとティカはセドリックの頬にキスをした。

(…!!!!!)

女性にキスをされたのは初めてだ。オカマではなく正真正銘の女性から。セドリックは天にも昇る気持ちだった。



「おい、セドリック、大丈夫か?」

セドリックはぽわわんと呆けたままだった。何を言っても反応が無い。アレルは困った。目を覚まさせる為に一発殴ってもいいのだが、何か余程いいことがあったようなのでそれをぶち壊しにするのも悪いと思ったのだ。仕方なしにティカの方へ行く。

「本当にしょうがない人ね。たったあれだけで呆けてしまうなんて」
「ティカ姉さん、結局セドリックのことはどうするの?」
「そうね。彼のこと、ちょっとだけカッコいいと思ったけど、恋してるって程でもないのよね。独身の頃は派手に女遊びしてたけど結婚したら一切やめたっていう人の話を聞いたことがあるけど、セドリックの場合それは信用できないの。彼が結婚してもいいと思わせるくらい誠実で堅実で真面目になってくれたら考えてもいいけどね」



「お~い、セドリック、おまえはこれからどうするんだ?」
「ん?ああ、あのガジスとかいう暗黒騎士はもういないのか?
「故郷に帰ったよ」
「そうか。それで君はまた旅を続けると」
「ああ、今の目的地はルドネラ帝国だ。おまえはどうする?ティカさんのことは?」
「フフ…アレル君、君には俺の気持ちはわかるまい。今までオカマにしかモテたことがなかった俺が生まれて初めて女性から熱い口づけをもらったんだぞ。ほっぺたにチュ、でもいいんだよ。もうそれだけで俺は幸せさ」
「それだけで満足?」

セドリックはまた幸せそうな表情で呆けてしまった。心ここにあらずといった状態でふわふわしている。

「で、結局どうするんだよ」
「ふられた代わりにほっぺにチュ、はもらったからな。俺はもう満足してる。またアレル君と旅をするよ。きみはまだ子供だからね。保護者が必要だ。そしてまた美しい美女達に出会うこともあるだろう」
「また一緒に来るのか。俺は別に一人でもいいけど」
「いいや!保護者は絶対に必要だ!」



結局アレルとセドリックはまた二人で旅をすることになり、勇者ランド一行とも別れを告げることになった。

「みんな!短い間だったけどセドリックをどうもありがとう。また機会があったら会いにくるからな!」とアレル。
「いつでもおいで」とランド。
「セドリック、変な女に引っかかったりするんじゃないわよ!」とティカ。
「ティ、ティカさん」

セドリックは戸惑った。

「あの、ティカさん、お別れのキスは――」
「じゃあ私、先に戻るわ。アレル君、またね!」

ティカは去って行ってしまった。

ランド達と別れを告げると、アレル達はまた旅を続けることにした。彼らの旅はまだ続く――





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