「ここがティカさんが攫われたというルイーンの廃墟か」

勇者ランド一行を追い越して一足先にルイーンの廃墟に辿り着いたセドリック。だが彼は正面から入ろうとはしなかった。あちこち崩れた廃墟の目立たない入り口を見つけ、そこから内部に侵入する。あくまでも隠密行動を取ろうというのである。表向きはランド達が助けに来たことにし、様子を見てピンチになったらカッコよく登場してティカにいいところを見せる。あわよくばいいとこ取りするつもりなのである。

ルイーンの廃墟の内部は驚くほど増築・改造がされていた。そしてあちこちトラップだらけであった。横から槍が突き出てきて侵入者を串刺しにしようとしたり、天井から巨大な針が落下してきたり。そんな中セドリックはトラップをかわしながら進んでいった。

ある程度進むと広い部屋に出た。一見何もないように見えるが、落とし穴があった。落とし穴は吸引力があり、あっという間に下の階へ落ちてしまう。下の階には何もない。ただ上の階に続く階段があるだけである。上の階に戻って先へ進もうとするが、また落とし穴にはまり下の階へ落ちる。落とし穴に落ちては上の階へ戻るということを何回も繰り返す。上の階は特殊な床でできているらしく、どんなに目を凝らしても、どこに落とし穴があるのか区別がつかない。しかし、いたるところに穴があるようだ。下の階へ落ちてから上の階に戻るまでに穴は元通りになっており、どこが落とし穴かわからなくなっている。落とし穴を回避しようとしても吸引力によりあっという間に下の階へ落ちてしまうのだ。死の危険こそないが、いつまで経っても先へ進めない。

「くっそ~、何の嫌がらせだよ、これ。アレル君がいれば浮遊術で楽々進めるのに」

必死に落とし穴の配置を覚え、勘を巡らせ、なんとか突破するセドリック。

次の部屋も一見何もない広い部屋だった。しかし今度は床がつるつる滑りやすくなっていた。どんなに慎重に歩いても滑って転んでしまうのである。

つるっ! すてーん!

つるっ! すてーん!

つるっ! すてーん!

死の危険こそないが、なかなか先へ進めない。無駄に体力を消耗して苛立ちをつのらせるセドリック。

「くっそ~、また何の嫌がらせなんだよ、これは!浮遊術の魔法さえ使えれば…やっぱりアレル君と別れるんじゃなかった…」

滑って転びながらもなんとか先へ進むと人影が見えてきた。そこには――魔物に囚われたティカがいた。

「ティカさん!」

つるっ! すてーん!

セドリックはまた派手に転んだ。そして今までの間抜けなすってんころりんをティカに全て見られていたのだと思うと恥ずかしさでいっぱいになった。ああ、こんなはずじゃなかった。ティカがピンチの時に颯爽と現れていいところを見せるつもりだったのに。この気持ちをどこにぶつければいいのか。それは落とし穴や滑る床を作った者――セドリックはティカを捕らえている魔物を睨みつけた。

「くっ…おのれえええ!貴様、卑怯だぞ!こんな滑りやすい床にしやがって!カッコよく助けに来ようと思っても間抜けに見えるじゃねえかあああ!せっかくレディのハートを掴もうとしてもこれじゃ失敗だ!許さねえぞ!貴様!覚悟しろ!」
「くっくっく…どうやら君のナイトは愉快な男のようだね」
「べ、別にあんな人、ナイトなんかじゃないわ!」
「ティカさん!?そりゃないぜベイベ~!」

ティカにはそっぽを向かれてしまった。セドリックは気を取り直して槍を取り出し、魔物に向かって投げつけた。魔物は一瞬にして消える。

「どうなってるんだ?」
「幻影よ。さっきも幻影のヴィランツ皇帝が現れたわ。おかしいと思ったわ。本物がこんなところにいるわけないもの」

セドリックはつるつる滑る床からなんとか脱出し、ティカの元にたどり着いた。強がってはいるがティカは弱っていた。身体のあちこちに傷がある。足を挫いているようだった。

「ティカさん、大丈夫かい?奴らに何かされなかったかい?」
「…それは大丈夫よ。その前に侵入者のあなたが現れたってことでここまで引き摺られたの。もし私一人のままだったら…」

ティカは身を震わせた。腕っ節の強い格闘家として戦ってきた彼女にとっては、女性としての危機に遭うのは初めてだった。

「ティカさん、しっかり!俺が来たからにはあなたには指一本触れさせません!」(一回言って見たかったんだよな、この台詞)

「おや、なかなか面白い男が現れたな」

急に邪悪な気配がしたかと思うと、ヴィランツ皇帝が現れた。セドリックは昨年ミドケニア帝国で姿を見知っている。こういう輩に顔を覚えられるのは得策ではないが、ティカを助ける為なら仕方ない。

「セドリック、気を付けて。幻影よ」
「そう、余の姿は幻影だ。本体は我が国ヴィランツにある。だがおまえ達をここでいたぶることはできるぞ」
(まずいな…怪我をしたティカさんを守りつつ俺一人でこいつと戦うのは分が悪すぎる)

幻影なら倒しても止めは刺せないし逃げるのも不可能だ。そんなセドリックの焦りも構わずヴィランツ皇帝は攻撃を仕掛けてきた。

その時である。勇者ランドが現れ、ヴィランツ皇帝の攻撃を受け止めた。後にローザとウィリアムが続く。

「ティカ!大丈夫か!」
「みんな!私は大丈夫よ」
「怪我をしているじゃない!回復しなきゃ!」とローザ。
「セドリックさん、やっぱりあなたもティカを助けに来たんですね。そうならそうと僕達と一緒に来ればよかったのに」
「あ、いや、それは、そのー…あんた達はあの地獄のトラップは平気だったんだな」
「ウィリアムの浮遊術で床のトラップは全て回避したよ」
(え?ってことは何?あの地獄トラップで死ぬほど消耗したのは俺だけ…?)

セドリックはやるせなさでいっぱいになった。そんな彼をよそにランドはヴィランツ皇帝の幻影に攻撃を仕掛けていく。セドリックは悲しくなってきた。自分はカッコ悪い醜態をさらし続け、勇者と名を馳せるランドはカッコよく皇帝に技を決めている。どうも単独行動をしたのは失敗だったらしい。そんなセドリックの心境をよそに勇者ランド一行とヴィランツ皇帝の戦いは続く。

「勇者ランド一行、おまえ達四人組のうち、一人は命をもらうぞ!」

ヴィランツ皇帝は即死攻撃を繰り出してきた。かわせなければ命はない。ティカは足を挫いたままだ。セドリックはティカを抱えて必死に即死攻撃をかわした。そしてこの状況を打開する方法を考える。ヴィランツ皇帝は幻影である。ここで倒しても意味がない。しかし、ひとまず撃退しなければこっちがやられてしまう。そこでこの建物のトラップに目を付けた。ギミックを滅茶苦茶に暴走させてヴィランツ皇帝の方へ向ける。ありとあらゆるトラップの攻撃を受けた皇帝はひかざるを得なかった。

「クッ…セドリックとやら、目障りな奴だ…」

ヴィランツ皇帝はセドリックに凶悪な刃を向けた。セドリックは慌てて避けるが、刃が脇腹に刺さり、血が噴き出す。手ごたえを感じた皇帝は満足げに笑い、姿を消した。

「セドリック!」
「大変!ティカ、動かしては駄目よ!まずは解毒しなきゃ!」とローザ。

ヴィランツ皇帝の刃には猛毒が塗られていた。ローザは必死に治療をする。なんとか一命は取りとめたがセドリックの顔は青ざめていた。

「そんな、セドリック!しっかりして!」
「ティカさん、俺は大丈夫ですよ…」
「セドリックさん、危険だわ!まだ猛毒が体内から消えてないはずよ!私の取得している回復魔法では完全に解毒ができないの。それくらい強力な毒なのよ!」とローザ。
「ローザさん、心配することはないですよ。アレル君が一度俺に会いにくる約束になっています。あの子ならこの毒を消す高等呪文も取得しているでしょう」
「そう?じゃあそれまでは安静にしていなきゃ駄目よ」

勇者ランド一行は皆心配そうだった。セドリックはできれば足を挫いたティカを抱きかかえて生還したかったのだが、そんなことをやれる余裕はなかった。代わりにランドがティカを抱きかかえた。そしてウィリアムのワープ魔法でサイロニアまで一気に戻る。



サイロニアではセーラ姫が心配そうに待っていた。が、ティカを抱きかかえたランドを見た瞬間、目をつり上げて怒り出した。

「まあっ!ランド様ったら!ティカとそんな関係になっていましたのね!」
「は?」
「王女の私よりも幼馴染みの方がいいということですのね!」
「あの、姫、何か誤解をしていらっしゃるんじゃあ…」
「ランド!その『お姫様抱っこ』がセーラ姫にあらぬ誤解を与えてるようだぞ!」とウィリアム。

それを聞いてランドは慌てて弁明し始めたがセーラ姫は怒って行ってしまった。

「やだ、冗談じゃないわ!子供の頃ならともかく、幼馴染みってだけでランドと変な誤解されるなんて!」とティカ。
「思うに、『おんぶ』と『抱っこ』では見た目の印象がかなり違うのでは?ランドがティカを背負っているのならセーラ姫もあんな風に怒ったりはしなかっただろう」とウィリアム。
「そ、そんな!姫ー!!!!!」
「ランド、落ち着いて!」



(…俺、忘れられてねえか…?)

勇者ランド一行とセーラ姫のいざこざを見ながら気が遠くなっているセドリックであった。体内の毒はまだ完全に消えていない。あまり動けない。この状態で存在を忘れられているのは虚し過ぎる。

バッターン!

「キャー!大変よー!セドリックさんがー!」

その後、慌てて介抱されるセドリックだった。





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