「ティカが攫われた?」

サイロニア王国の勇者の名はランドという。彼には三人の仲間がいた。相棒の女性格闘家のティカ、僧侶のローザ、魔導士のウィリアム。四人組で今まで魔族と戦ってきた。サイロニア王国は現在ヴィランツ帝国と敵対していた。ヴィランツ帝国は世界征服を企む悪の帝国。ありとあらゆる悪徳が栄える場所である。三つの国を攻め滅ぼし、領土を拡大したヴィランツにとっての障害はサイロニア王国であった。地理上の問題もあり、サイロニアをなんとかしなければこれ以上領土を拡大することはできない。

「今回ティカを攫ったのはヴィランツ皇帝の手の者らしいな。後で矢文が飛んできた。奴らは一体何を考えているんだ?人を弄ぶのが好きだという話だが…」とウィリアム。
「何故ティカなんだ?勇者として神託を受けたのは僕だぞ」とランド。
「一年前はセーラ姫が狙われたわ」とローザ。
「つまり女性ばかり狙ってるってことか?聞いた話じゃヴィランツ皇帝ってのは自分が滅ぼした国の女王や王妃を妾にしてるらしいし、他にもいっぱい美女を侍らせてハーレム作ってるらしいし、女性に暴力を振るうのを楽しんでいるという話だ。ティカさんも早く助けないとヤバいぜ」とセドリック。
「ティカがいくら格闘技を身に着けているといっても多勢に無勢だ。一刻も早く助けに行かなければならない。捕らえられた場所はルイーンの廃墟。元は神殿だったらしい。どんな罠が待ち受けているかわからない。皆、用心していこう」とランド。



ランドとローザとウィリアムは三人でティカを助けにいく準備をした。

「あら?セドリックさんは来ないのかしら?」

ローザは訝しんだ。セドリックはティカに気があるようである。この状況を放っておくとは思えないのだが…三人はセドリックを探したが見つからない。ティカの安全が気にかかるので仕方なくそのまま出発した。

その後ろから――

セドリックはこっそり後をつけていた。一人であればそれだけ身軽な動きが可能である。そしていつの間にか三人を追い抜き、一足先にルイーンの廃墟へ――



ここはルイーンの廃墟。ティカが攫われた場所である。見た目は廃墟のままだが、今ではヴィランツの手が入り、内部は増築・改造されていた。ティカはその中の一室に閉じ込められていた。外を見ると暗い淀んだ天候である。薄暗い雲が空を覆い尽くし、虚しい風が吹きすさぶ。

「寂しい場所ね…」
「お目覚めかな。レディ?」

ヴィランツ皇帝配下の魔物がやってきた。

「何故私を攫ったの?」
「なあに、簡単なことですよ。ちょっとしたゲームで遊ぼうというだけです。あなたは囚われの姫君。それを助けに来るナイト」
「私はお姫様じゃないし、ナイトなんていないわ。だいたい私が大人しく助けを待つ女だとでも思うの?」
「思っていませんよ。だからこそゲームは面白くなるというものです」

ティカは魔物を睨んだ。何を企んでいるかはわからないが、囚われた部屋で大人しくしているのも性分に合わない。

「私は格闘家よ。武器が無くても戦える。私をお姫様役として選ぶなんて間違ってるわね!行くわよ!」

ティカは魔物に拳を突き出した。魔物は気味の悪い笑みを残して消え去った。それならそれで部屋で大人しくしている理由はない。ティカは部屋の外に出た。途中で襲い掛かってくるモンスター達を次々と撃退し、どんどん先へ進んでいく。

「あら?この部屋は何かしら?」

廃墟の内部は入り組んだ作りになっていたが、その中に特別に豪華な装飾がなされている扉を発見した。いかにも敵のボスがいそうである。ティカは恐れずに中に入っていった。中は非常に禍々しい妖気が漂っている。そこには残虐な笑みを湛えた男が座っていた。男からは得体の知れぬ悪意と威圧感を感じる。ティカは悪寒を感じた。

「フフ、おまえが勇者ランドの相棒ティカか。なかなかいい女だな」
「あなたは誰?」
「余はヴィランツ帝国初代皇帝マヴィウス=ヴィランツ」
「あなたがヴィランツ皇帝!?」

ティカは驚愕した。まさか敵国の皇帝とたった一人で会いまみえるなどとは思っていなかったのだ。ヴィランツ皇帝は口角を上げた。

「女だてらに格闘家として名を馳せているそうだな。フン、女など男の慰みものになる為だけに存在していればよいものを」
「何ですって!」
「いくら男と張り合って生きようと所詮は女。男の暴力の前には為すすべもなく屈服するしかない。それはどのような気高き女王でも同じだ。女は脆い生き物だ。身体に傷ひとつつけることなく心に深い傷を負わせられるのだからな」

噂に聞くヴィランツ皇帝の嗜好を考えるとティカは怒りで身を震わせた。婦女子へ暴力を振るうことを何よりの楽しみにしているという話。ヴィランツでは女の人身売買も公認されているという話だ。そしてヴィランツ皇帝の嫌らしい笑みを見る限り、ティカもその犠牲者の一人に加えようとしているのがわかった。

「ティカとやら、おまえを屈服させるのはなかなか楽しめそうだ。思う存分もがき苦しむがいい。そして余の虜となるのだ」
「私はあなたの思い通りになんかならないわ!」

ヴィランツ皇帝は含み笑いを続けた。今まで女は一人残らず支配下に置いている。全て力で踏みにじってきた。どんなに気の強い女も。ティカはちょっとした気まぐれに選んだだけの、ただの小娘。ヴィランツ皇帝にとってはあくまでも遊びであった。

ティカは格闘技の構えをとった。

「おや、たった一人で余を倒すつもりかな?」

ヴィランツ皇帝はあくまでも余裕の笑みを見せる。彼の肉体は魔界の住人と契約を結んで強化されている。同時に強大な魔力も手にしている。魔王と名乗りは上げていないが、魔王と呼ぶに相応しいほどの魔力と実力を備えていた。ティカ一人をねじ伏せるなど訳もない。
ティカにとって迷う余地はなかった。ヴィランツ皇帝は戯れにティカを弄ぼうとしている。それに抵抗するには戦うしかない。他に何か罠があるかもしれないが考えている余裕はなかった。

「たった一人でも戦うわ!ヴィランツ皇帝、覚悟!」





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